第6話 後日談


「――いや、ガキの頃に結構色々習い事させられててさ。合気道もその内のひとつな。飽きてやめたけど」

「へぇ、そうなんですか。おかげで助かりました」

「先輩、マジパネェっす」


 横でズルズルとラーメンをすすりながら語る先輩。その先輩に適当に相槌を返しつつ、唐辛子まみれのチャーシューを口の中へ放り込む。俺は胃袋へのダメージなど全く考慮せず、脂身と辛味のコラボを堪能した。



 林堂さんを拘束した後、俺たちは警察へ連絡。安心したのも束の間、その後すぐに、不法侵入の件について口裏を合わせないといけないことに気が付いた。

 急遽、俺たちはこっそり「林堂さんに惚れている先輩がいて、彼女がフリーになったと知って会いたがったので、彼女がバイト中だということも忘れて会わせに来た。すると、たまたま拘束を抜けた鈴木が中から出てきて、彼が監禁されていたことを知った」という特に本当のことなど混ぜられていない嘘話を作り上げた。創作だろうがなんだろうが、他者にバレないのなら、それが真実になるのである。


 俺たちは緊張しながら警察を迎え入れ、その後十時間以上事情聴取で拘束された。びっくりするくらい何度も同じこと訊かれた。あともうひとつ驚いたのが、「お腹空いたでしょ。なんか食べる?」って訊いてきた刑事さんが、結局メニュー表ひとつ渡してくれなかったことである。なんで訊いた?


 そんなわけで、俺たちは警察から解放された後、食欲と睡眠欲のダブルパンチに襲われた。どっちを取るか俺たちは悩み、結果、食欲を取ってラーメン屋にいる。麺をすすっている間だけ、「またお話訊かせてもらうと思うんで」と警察に言われたことを忘れられた。


「にしても、田中と先輩が来てくれて助かった。俺、本当に殺されるところだったみたいだいし」

「三日間飼ってくれてたなら、機嫌とっとけば意外と今後も飼ってくれたかもしんねぇじゃん」

「勘弁してください……!」


 鈴木は音を鳴らしながら水を飲み込んだ後、拒絶を示すようにゆっくりと首を左右に振った。


「だいたい、後半はほとんど飯もくれてなくて、俺死にかけですよ。飼われてることになりませんって、あんなの」

「死にかけつっても、俺らから適当に飯もらって回復したじゃねぇか。だから病院も一瞬で終わって、警察に行かされてたくせに。食わなかったの一日だろ? なら、なんとかなるだろー」

「そんなぁ……!」

「……はぁ、そのことについてなんですが」


 俺はコップに残っている水を一気に飲み干す。そしてもう片方の手をあげ、二人の会話に口を挟んだ。


「なんで途中で林堂さんが鈴木に食事を与えるのを止めたのか? 逆に言えば、どうして途中までは食事を与えていたのか」

「おう、なんでだ」

「予想ですけど、単純に殺し方に迷っていたのでは?」

「は? 鈴木なんて隕石で潰せばいいだろ。迷う必要ねぇじゃん」

「迷ってくださいよ、そこは! もうちょっと幸せに死にてぇっす、俺!」


 先輩の隕石殺人計画に抗議する鈴木はさておき、俺は携帯でひとつの画面を見せる。

 それは川合恭輔さんという成人男性が殺害されたという、半年前のネットニュースだった。


「なにこれ?」

「ぬいぐるみに名前があったカワイキョウスケさん。刺殺され犯人不明。時期と死体発見場所が近いことから、この人のことだと思います。で、鈴木にも覚えている限りで他のぬいぐるみの名前教えてもらいました。その名前でネット検索してみると、撲殺、毒殺、絞殺、と。バライティに富んでると思いませんか?」

「ここまで富んでて嫌だと思うものも他にないけどな」

「まさか……」


 呑気にツッコミを入れる先輩に対し、鈴木の顔が青ざめる。


「そう。多分ですけど、殺害方法を分けたかったんですよ。同一犯であることを悟られたくなかったのか、殺人鬼である彼女のこだわりとしてなのかはわかりませんが。……とにかく、他の元カレたちにはしてない殺し方をしようと彼女は迷い、そして監禁三日目で決めた。人や動物を捕らえて殺すことを捕殺というそうです。ま、餓死させようとしてたんでしょうね。だから、食べ物を与えなくなった。放置しておけばいいだけなので、バイトにも行けます」

「は? こわ、きも」

「もう俺、彼女しばらく作れません……」


 危機を脱してなお恐怖にとりつかれる鈴木は、哀れにも微かに震えている。さすがにかわいそうだな、と思ったので俺の辛ウマ煮味玉を分けてやった。しかし鈴木は苛立った様子でそれを俺の器にリリースする。

 は? なんだよ、お前。人の親切受け取れよ。


「にしても、二人とも、よく俺が彼女の合鍵持ってるって気づきましたね。俺なんて、存在すら忘れてたのに」


 味玉に触れたために箸についた唐辛子パウダーを睨みつけながら、鈴木は思い出したようにそう言う。

 その発言に違和感を覚えて、俺と先輩は一度顔を見合わせた。


「いや、お前が椅子って言ったからじゃん。モールス信号で伝えてきたろ?」

「え…………。あ、ああ。あれ、ちゃんと伝わってたんすね! モールス信号で助けを呼んで、俺がいるって伝えたかったんすよ」


 先輩の確認に、鈴木は嬉しそうに応える。

 モールス信号で鈴木がメッセージを伝えた、というトンデモ推理はどうやら合っていたらしい。だが、なにか俺たちと鈴木の認識がずれているような気がする。


「お前、俺たちに自分の家の椅子に林堂さんの鍵があるって伝えたくて、モールスで椅子って伝えたかったんじゃないの?」

「え、違いますけど」

「は!?」

「もしかして、伝えたかったのは椅子じゃなかったのか?」


 まさかの否定に、先輩が大口を開けながら驚きの声を発し、俺は目を見開きながら問い詰めるように低い声で質問を投げた。


「いや、椅子って伝えようと思って」

「は?」

「だから、椅子に縛られてるから助けて、って言おうとした」


 せっかく美味いラーメンを食べて幸せだったというのに、突如豆鉄砲を食らわされたかのような気分になった。

 俺はパンッ、と心地の良い音を立てながら、鈴木の頭を叩く。


「いった! おま、なにすんだよ!」

「お前馬鹿か? 馬鹿なんだな? 椅子に縛られてます? だ・か・らなんだよ! それ以上に先に伝えなきゃいけないこと、他にもあったろ! ていうか、お前があの時、猿轡された状態でもおもっくそに叫んでたら、声こっちに届いてたかもしれねぇだろ! なんで余計な方法で余計なこと伝えようとしてんだよ!」

「あ、それもそうだ!」


 鈴木は目から鱗が落ちたかのように、箸からもやしを落とす。

 ふざけんなよ、こいつ。本当に死んでいたらどうするつもりだったんだ。


「なんだ、お前馬鹿だなぁ!」


 俺が腹を立てる一方で、先輩(ばか)が笑っている。

 彼の呑気な笑い声を聞きながら、俺は思う。


 もし先輩が鈴木の椅子というメッセージを「鈴木宅の椅子」と思わなれけば。

 もし、鈴木が椅子に偶々キーケースを忘れていなければ。

 今回の件、最悪の事態になっていたかもしれない。


 馬鹿の考えによって生み出された馬鹿なメッセージが馬鹿の先輩に伝わり、結果、馬鹿みたいな奇跡でそれが組み合わさって、上手いこといった。それが、鈴木が助かった今回の事件の経緯というものなのではないか。


 なんて馬鹿馬鹿しい。なにが人生一度きりの犯罪探偵だ。こんなこと、人生に二度もあってたまるか。そのときはこの馬鹿たちと縁を切ってやる。


「ま、とりあえず、マジ助かったってことで。礼に二人にはチャーシューあげます」


 俺の不機嫌を悟ったのか、鈴木が俺らの器にチャーシューを一枚ずつ乗せる。


 ……まぁ、これに免じて、縁切りは勘弁してやらないこともない。


 俺は唐辛子をチャーシューに山盛りにぶっかけて、それを口の中に放り込んだ。

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人生一度きりの犯罪探偵 葎屋敷 @Muguraya

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