第3話 月と社長と天空の大図書館


 大きな大きな満月。

 闇夜に浮かぶその姿は、生活するのに十分な光を世界に注ぎ込んでいた。外灯がなくてもここまで明るいと、今が夜だと言いきる自信がなくなってくる。空が黒いから夜、そう思っただけだ。


「いてて」


 僕は落下の拍子に打ち付けた腰をさすりながら、周囲を見渡す。

 舗装もされていないでこぼこの土の道が左右に伸びていた。右の道はその先に大きな町らしき多数の明かりが見える。左の道は──先が見えなかった。


 就職先のある世界に転移されると言われたけど、どこに行けばいいんだ。

 会社名は@(アット)、それしかわからない。

 僕は自分のポケットを探ってみたがスマホも財布もなかった。服装も変わっている。この世界の一般的な人が着る服だろうか……わからない。鏡もないから自分の顔すらわからない。


 途方に暮れていると、上空から微かに音がしているのに気がついた。

 空見ると、信じられないほど巨大な円柱状の物体が浮かんでいた。ブゥゥゥン、という重低音をさせてゆっくりと回転している。円柱には本の背表紙のようなものがギッシリと敷き詰められている。360度回転式の本棚──カタログで見た写真と同じものだ。

 

「なんなんだあれ」


「ライブラリよ」


「うわあああっ!」


 突然真横から声がして僕は飛び上がってしまう。


「魔法やスキルの根源、それらを格納する大図書館──私はあれをEXA(エグザ)と呼んでる。この世界の住人はたいてい『バベル』と呼ぶけれど」


 声の主は眼鏡の女性。

 カタログギフトの@(アット)のページの写真に映っていた人だった。写真ではあまり気にならなかったけど、実際に会ってみると超のつく美人だ。不敵な笑みも眼鏡も、その美しさの引き立て役となっている。でも、

 

「どうして作業服なんですか」


「第一声が悲鳴で、第二声がそれ?」


 僕は女性のことも気になったが、その背後の上空にあるエグザからも目を離せなかった。その姿は神秘的で圧倒的だ。


「あれがそんなに気になる?」


「はい」


 女性は一旦固まり、その後に大声で笑いだす。


「私の名前も聞かないで、エグザに釘付けなんてね。面白いわ、あなた」


「僕は村上良太です」


「どこから来たの?」


「たぶん、別の世界から」


「勘づいていると思うけど、私が@(アット)の社長──レジスタ。よろしく」


 握手を求められたので、その手を握る。

 するとそのままレジスタに抱き寄せられ、頬にキスをされた。


「よく来てくれたわ。ありがとう」


 なぜかレジスタからは草や土の匂いがした。でも悪い気はしない。強く押しつけられた胸から鼓動と体温が伝わってくる。ただ、僕は誰かにこんな風に抱きしめられた経験がないので恥ずかしかった。


 レジスタさんは僕からそっと離れ、


「うちの会社、私しか社員がいないから。頑張りましょう」


「え?」


「大丈夫。明日から、私が一から教えてあげるから」


 社長と二人……前の倒産した職場が頭をよぎる。ちゃんと休みがあって給与も支払われるのだろうか。少しブラック臭がする。


 でも。


「はい。頑張ります」


 神さまのカタログギフトで選んだ会社だ。きっといい会社に決まっている、と思うことにする。


「そうそう。あなたの名前だけど、改名しましょう」


「どうしてですか?」


「この世界の言葉で、あなたの名前って……その、卑猥な用語だから」


 と言って、レジスタは笑う。


「どんな意味か聞いてからにします」


「俺のケツを舐めろ」


「改名します」


 即答する。

 僕は一度死んだ。転生して少し見た目も変わっているらしいから、心機一転、名前を変えて再スタートするのもいいかもしれない。


「私がつけてもいい?」


 レジスタさんがうずうずした感じで言ってくる。

 とても命名したそうだ。


「たとえば、セクターとか」


 予想に反していい名前だった。


「いいですね」


 漢字から急にカタカナっぽい名前になって気持ちが悪い感じもするけれど、社長の名前はレジスタなのでこちらの方が一般的なのだろう。それに僕が自分で命名して変な意味を持つ言葉になったら困る。


 その時──


 ひゅーん、と、頭上から音がした。

 僕たちは空を見た。


「きゃああああああーーーーーーっ!!」


 叫び声とともに、ほぼ垂直に空から何かが落ちてくる。数はふたつ。


「あ」


 落ちた。

 どーん、という音が響く。地面が少し揺れた。

 僕は落下物に向かって駆け寄る。後ろを見ると、レジスタはのんびりと歩いてこちらに向かっていた。


「……」


 地面に人が突き刺さっていた。

 腰あたりまで地面に突き刺さった二人は、じたばたと暴れ始める。


 僕は一本目の人の両足首を掴んで引っこ抜く。

 綺麗な金髪が土まみれになっている。


「げほっ、げほっ! あ、ありがとう……ございます」


 もう一本も抜く。

 こちらは少し時間がかかったせいか、銀髪少女は、ぐったりして気を失っていた。二人は、ツキミとカスミだった。


「なんで私まで……ぐすっ」


 ツキミは涙目で地面に涙を落としている。


「あの、何があったんですか」


「あなたを見殺しにした罰と、神さまを冒涜した罰として、この世界であなたをサポートするようにとの御神託が……」


 一枚の紙をこちらに向けてくる。

 内容は読めなかったが、これはもしかして冥府の門の前で転生したときに上から降ってきた紙なのかもしれない。


「お二人も僕と一緒に働いてくれるんですか?」


「そんなわけないじゃない! 私たちはあくまでサポート役だから!」


 気絶していたカスミが復活したが、ボロボロで服やさらさらした銀髪は土で汚れてしまい悲惨な状態だ。


「まずはお風呂よツキミ!」


「うん、そうだね。では村上良太さん、また会いましょう」


 どろんという効果音が鳴りそうな宙返りとともに二人は狐になって、僕のもとから走り去っていった。


「狐?」


 レジスタがようやく僕に追いつく。

 二人のことを説明をするのは難しいので、


「はい。狐みたいなのが二匹いて、僕が来たら逃げていきました」


「魔物の類かしら」


「魔物!? この世界にはそんなものがいるんですか?」


「ええ。この国には魔法もあるし、海の果てには魔王が統治している国も」

 

 魔法……見てみたい!

 まるでゲームみたいだ。


「もしかして人間以外の種族も?」


「エルフとかのこと? 私はあまり交流がないけれど、この世界では亜人も普通に生活しているわ」


「最後にひとついいですか。レジスタさんも別の世界から?」


「いいえ。でも私の祖父が転移者なの。私がまだ小さかった頃、その世界のことを色々と教えてもらった。だから、あなたのことを簡単に受け入れられるのかもしれないわね」


 レジスタさんはツキミとカスミが空けた地面の穴を見つめ、


「私の夢はこの世界をセキュアなネットワークで繋ぐこと。世界を繋ぎ、距離の概念を消失させ、情報化社会を構築する──情報を新たな資源として、国の経済や文化を発展させたいの。といってもまだ社外とのネットワークすら組めてないし、多くの課題を抱えてるから先は長いけれど……」


「僕、頑張ります」


「期待してるわ。私からも質問いい?」


「はい」


「あなた、どんなスキルを持っているの?」


「スキル? スキルって何ですか?」


「……そっか。別の世界の住人だったんじゃ、仕方ないわね。そのあたりのことは明日にしましょう、セクター」


 セクター?

 ああ、僕のことか。

 生まれてからずっと村上良太で呼ばれていたから、まだしっくりこない。

 僕はセクター。この名前には何か意味があるのだろうか、今度レジスタに聞いてみよう。


 翌日、僕は自分のステータスとスキルを知ることになる。

 神さまからのギフトは蘇生と再就職先──それだけでも十分だったのに、僕は誰にもない希少なスキルを4つも持っていた。


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