百二十年の終劇

「え……『はつせ』は」

「だから、沈んだよ。ミサイル艇の体当たりを受けて、艦尾に大損害を受けたんだ。人力操舵室やボイラーに浸水し、ボイラーと対空弾薬が爆発して艦尾が折れたから深度四十メートルの海底に沈んだ。死者は今のところいないから安心したまえ。それで、テラメル元帥及び反乱軍中心人物を一網打尽か。よくやったな」

 山口提督はそう言って、独房区画を出ていった。



 「くにさき」 一月三十日十二時五十八分

「そろそろ東京に入港します」

「『はつせ』が艦隊にいたらよかったんだがな」

 山口提督は鎌谷中佐にそう零した。鎌谷中佐はたしなめるように言う。

「死者なし、全体の負傷者二十一人だけで帰れたんですからよしとしましょう」

「それはそうと、隊員全員にマカスネシアからの表彰状と勲章が届いてるらしいな」

「そうらしいですね」

「で、軍令部長からはおそらく褒められてから叱られるんだろうな」

「まあ命令通りにやったんですから叱られはしないでしょう」

「馬鹿、命令通りにやったとしてもだ。本来負けた方が国としては良かったと思うぞ」

「負けたらマカスネシア連邦は崩壊したでしょうけどね」

「そうだな。崩壊を防げただけでもよしとしてもらえないかなとは正直なところ思うが……無理だろう」

「……そういえばなぜ叱られると思われるんですか?」

「まあ軍備増強の格好のチャンスを逃したからな、当然だろ」

「まあそう言われればそうかもしれませんね」

「さっきからまあまあ言ってるがなだめる必要はないからな」

「すみません」

「まあばかりだと語彙力を疑われるぞ」

「はい」

「まあいい」

「いま『まあ』と……」

「そうだな、くそ」

「しかし気分が良いものですな」

「……そうだな。日本海海戦に勝った東郷平八郎提督もこんな気分だったんだろうか」

「どうでしょうね。秋山参謀の気分は味わってませんけどね」

「君は参謀じゃないだろ」

 二人は大笑いして、「くにさき」の艦橋を沸かせた。



 マカスネシア連邦の要塞があった島、サンタ・ベルナージ島。ここの湾口には、かつて日本の別名を冠し、最後には古都を流れる川の名を冠した艦が沈んでいる。その名は、「扶桑」……いや、「はつせ」。流麗な船体は竣工時の姿をほぼとどめておらず、度重なる改装で延長された船体の上には竣工時の三十六センチ連装砲六基に代わって三十センチ半三連装砲が六基並んでいる。この旧式戦艦が歩んできた百二十年、その影の薄い生涯の終わりに一人の味方をも道連れにしなかったあたりに、「扶桑」の名に恥じないものを感じずにはいられないだろう。

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旧式戦艦はつせ 古井論理 @Robot10ShoHei

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