続編「鉄屑機関車は過去を語る」

前編 2005年旅のはじまり

「哲郎、お前もか!この切り絵と…これ!これも没収だぞ!デザインナイフもあるなら出せ!学校にこんなもの持ってきちゃいかんだろう!五年生にもなって、お前ら三人そろいもそろって、学校をなんだと思ってるんだ!」

 太った教師がうつむいている生徒3人…哲朗てつろうとおるつとむに向かって怒鳴り散らしている。哲朗は教師の話の切れ間に言った。

「なぜですか?」

「なぜって、これは不要物だからだ!三人ともそれぐらい分かるだろう!」

「ちょっと待ってください。今後の参考のために聞いておきますが、不要物の定義とはなんですか?」

「はあ?授業や通学で使わないものに決まってるだろ!」

「ではランドセルのストラップは不要物ですか?」

 教師は黙り込んだ。哲郎は畳み掛ける。

「なら全教室を回って、全部没収してきてください」

 教師は黙って手に持っていた切り絵の型紙を返した。

「では、帰ります。行こうか」

 哲朗は教師の手から型紙をとると、ほかの二人といっしょに階段を降りていった。

「哲郎、すごかった。ありがとう」

「いや、それほどでも?切り絵の型紙が作れなくなったら暇だし当たり前だよ」

「じゃあ俺は委員会があるから、徹と哲郎は先に帰って」

 努は階段を上がっていった。


「徹、機関車見に行こうよ」

「そうだね」

 二人はいつもの鉄屑置き場に向かった。そこには、古びた蒸気機関車・ケ100が置かれているのだった。この日、哲郎はなんの気なしに、ケ100に話しかけた。

「どうしてこんなところにいるの?」

 すると、汽笛の音が響いた。二人が驚いていると、軽便列車が二人の脳内に鮮明に浮かび上がった。

「なんだ、今のは?」

「哲朗もか…この機関車かな?でも、この機関車が走っているのは見たことない…」

 考え込む二人の頭の中に、

「私は君たちの前の機関車よ。呼び捨てもどうかと思うから、…そうね、『ももさん』とでも呼んでね。」

と言う声が響いた。

「な、え?」

 慌てる二人に、ケ100がしゃべりかけた。

「私がさっきの幻を見せた。あと、話してるんじゃないから」

「えっと…意思のある機関車なんて童話の中にしかいないんじゃないんですか」

「いや、すべてのものに意思はあるの」

「じゃあ僕のカメラにも?」

「そう。哲郎君のデザインナイフも意思を持ってる」

「なんで僕の名前がわかったんですか?」

「この声も、君たちの答えている言葉も、心を通じてつながってるからよ。君たちは声を出してるけどね」

「デザインナイフとは話せないんですか?」

「私は、昔の整備士さんに会うために話してる。デザインナイフにはまだそこまでの霊験はないでしょ」

「霊験…妖怪ですかね」

「妖怪が恩返しのために能力を得ると思う?執念で能力を手に入れたけど、私は復讐のためにここにいるんじゃない。恩返しのためにここにいる」

「恩返しってなんです?まさか人力織機で反物でも織るわけではないですよね?」

「もちろん違うわよ!私の恩返しは、あの人を幸せにすること。私の力を使えば、人一人幸せにするなんて簡単よ。でも動くことはできない。だから、手伝ってほしいの」

「本当にそんな力、持ってるんですか?」

「なんなら、徹君に試してみるよ。10分後にちょっと幸せになるはず」

哲郎たちは10分間、五目並べをしてひまをつぶした。ちょうど十分経った時のことだった。

「徹君、これ食べる?」

 女子が徹にチョコレートを渡した。

「えっ」

「じゃあね」

 女子は徹にチョコレートを渡すと、去って行った。

「こんな風にその人が持っている幸せの種を増やしたり、それを育てたりできる」

「なるほど」

「あの子は徹君が好きみたいよ」

「え?」

「大事にしなさいよ、結構優しい子だから」

「えっと…ちょっと待ってください、僕たちに話しかけた理由って何でしたっけ」

「きみたちに力を貸してほしかったからよ。」

「内容によっては、引き受けます」

「加世田の郊外にいるハノーバー先輩に頼めば、機関士さんの居場所がわかるはずなの」

「連れてきてほしいと」

「そういうこと。ハノーバー先輩は未来を見ることもできる」

「じゃあうちの親に頼んできます。ところで百さんはどの鉄道会社出身ですか?軽便からさらに別のところに行ったみたいですね」

「牧村鉄道」

「牧村鉄道って、徹の叔父さんが経理をやってた会社?」

「あれも加世田にあったからたぶんそう」

「どれぐらい知ってるの?詳しいことは聞いたことないんだけど」

「たしかその会社は、一九八七年に倒産したとか聞いたぐらいかな」

「機関車が五両しかいなかったんだよね」

「そうそう、スチブンソン以下のタンクが四両」

「あ、スチさんとハノーバー先輩とコッペル先輩と私のことかな」

「タンクは、〝タンク機関車〟の略で、機関車本体に石炭と水を積む部分があるタイプの機関車のことだね。後ろになにもついてないからバックもできる」

「知ってるよ」

「で、ナンバー59632の九六君」

「この九六というのは…九六〇〇型テンダか。炭水車つまりテンダが車体本体とは別の車両にあるタイプの機関車。銀河鉄道999に出てくるスリーナイン号だね」

「たとえが古いな」

「あなたはどうやってここまでやってきたんですか?」

「近くの駅まで回されて、トラックで持ってこられた」

「ちなみに機関士さんは今何歳ですか?」

「今年で 65歳かな」

「じゃあ急がないと、ボケてきちゃうな」

「機関士さんはどこにいるかわかりますか?」

「名前が小樽で、加世田周辺に住んでるのはわかってる」

「加世田といえば…ここからなら新幹線に乗っても一泊しなきゃ往復できない距離だよな」

「そういえば中学校で部活するでしょ」

「話を無理矢理変えようとしないで。小樽さんに会いに来てほしいから、行って、探してきてくれない?」

「電車賃なんかの交通費を出してもらえるかどうか…」

「僕は親にかけあってみる」

「僕の親ではまず無理だね」

「できれば旅行と自由研究をかねて行く形にしたいなあ。自由研究のネタ、まだないし」

 徹は頭を抱えた。

「百さんの声、子供にしか聞こえないなんてことはないですよね」

「大丈夫。誰にでも聞こうと思えば聞けるわ」

「じゃあ頼んでみます。もうすぐ帰らないと」

 翌日の夕方、哲郎は両親を引っ張って鉄屑置き場に向かった。

「こんなガラクタがしゃべった?」

「まあ心を落ち着けて、機関車のことでも思い浮かべて」

「嘘はダメ」

 母がそろそろ怒ろうとする。

「君、本当に喋るのか?」

「真に受けてるの?」

 呆れ顔の母に、父は言った。

「こいつは賢い。嘘をつくならもっと意味のある嘘をつくはずだ」

「そう、その子は賢いわ」

 ケ100が話し始めた。

「本当だろ?…で、そのハノーバー先輩というのは?」

「私と同じように錆びた機関車よ」

 哲朗はニコニコしながら父とケ100の話を聞いていた。

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