一人の男、三人の女

 フェリエラ邸の敷地内。その庭にて三人の男の内の二人が、残る一人を鍛え上げる補佐をしている。


「……クソっ!動きが乱れた!」


「マナの操作が遅れてるな。……俺も軽くやってみて分かったけどよ、この動きを基本として使えるまで慣れるのは相当時間がかかるだろ。本当に厄災までに間に合わせる気か」


「未知の動きだとしても要は応用だ。完璧じゃなくても良い、少しでも精度を高めるんだ」


「……思ったんだがよ、武器はどうするんだ?」


「あ、そうじゃん。お前、この動きでまともに武器使えんのか?」


「それは思いついた時点で気がついていた。今、ダンゴロに特注の剣を作らせている」


「特注?どんなのだ?」


「――だ」


「……お前、本当大真面目にそういう事するよな。どういう絵面で戦うつもりなんだよ」


「風足の時点で俺達には理解しきれんのがコイツだろう。今更だ」


「さあ、無駄口は終わりだ。もう一度頼む」


「へーい、てかこれ俺らの方が大変――うおっ。……あっちもやってんな」


「……」





 ☆





 その男達の隣では、泥と擦り傷で汚れた女が常人には目で捉える事すら出来ない速度で駆け回っている。


「三っ、五っ、四っ、一っ――ぐっ!……全然ダメだっ。この程度で躓いてたら、オーウィンさんは私を見てくれもしない……!私が……私が絶対に死なせない……!」



 その目は常に執念の炎を浮かべ、たった一人の男の姿だけを映している。




 ☆




 ブルームの森、北端。数多くのモンスターの侵入が確認されたその地で、三人の女冒険者達が戦っていた。


「ぐっ!コイツ硬い!代わって、シェリル!」


「りょう、かいっ」


「――よし、こっちは私、が……」


「アイラーこいつもう死んでるー」


「はあ!?……フリューゲル、貴女――」


「時間が惜しいです。緊急クエストまでに出来る限り周辺のモンスターを減らす……もっと手際良くやらないと」


「あ!ちょっ!……な、なんかあの子、おかしな強さになってない?金等級でもあんな動きが出来る人なんて居ないような……」


「クエスト外ではずっと訓練してるらしいよ。誇張抜きで、ずっとだって」


「……そりゃやつれ始めてる筈よ。身だしなみも滅茶苦茶だし。オーウィン探しも辞めちゃったし、それだけ強さに拘る理由は良く分からないけど、せめてご飯だけでも食べさせないと……」


「……でも、それが原因で確実に強くなり続けてる。私ちょっと怖いよ、あの子」





 ☆





「どい、てっ!」


 その特徴的な黒髪を振り乱し、その女は数多くのモンスターを次々と肉片へと変えていく。


「……っ」


 少しばかりこけた頬と目元の隈、わずかに出来た傷が、女の体調が万全ではない事を物語っている。それが生み出した僅かな隙をモンスター達は見逃さない。


 しかし、女を仕留める事は出来ない。


「――ああああっ!!」


 その女は止まらない。ひたすらに強くあり続ける事こそが、自分の望む未来を実現出来る唯一の手段である事に賭けた。


 女がその手に持つ物はもう、一つしかない。





 ☆




 コスタ川上流付近の支流。浅瀬になっているその場所の上で、その女は一滴の水滴も無く佇んでいた。


 付近には既に息絶えたモンスター達が川を埋めるように倒れている。


「ふう、全部やったかな。掃除の方が面倒なんだよね、こういう状況」


 女はモンスター達の死体の上を渡り、近場の木の枝へと着地した。


「……オー君」


 女は自らが確認した厄災が迫る方向を眺めている。小さな迷いと諦観を隠しきれない、微笑の消えた表情で。


「私はただ待つだけで良い。……良いんだ」


 誰よりも男の過去を知り、誰よりも男と時間を過ごした女は、きっとそれが最適解であると信じている。





 ☆




 フロイデがギルドへと厄災襲来の報を持ち帰ったその日から十二日後の夕方頃、外壁へと侵攻するモンスター達の先端が高台より視認された。


 フロイデの目利きは正確であり、規模は前回厄災時の三倍程。ギルドの訴えが正しいという事を判断した中央により、撃退準備はさらに加速していった。


 そして、様々な人間達の動きの外で、もう一度立ち上がる事を決めた男はただひたすらに修練を重ねていた。


「刻み……込ませる」


 男は自らの再起と夢に殉じる事を求めている。

 男にとってのが、目前に迫っていた。

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