暗い瞳

「うわー、ホントに居る……」


 銀等級冒険者であり、茶色の髪を一まとめにした髪型が特徴的なアイラが感嘆を込めながら呟いた。


 未踏区域方面へ広がる平原、そこにその湖はある。小さな森に囲まれた湖であり、モンスターの侵入例も多い。


 しかし、今回の討伐対象になったモンスターは特別だった。


「グリフォン……ギルドが直々に頭数揃えたのも分かるわ」


 鋭いクチバシと翼を持ちつつ、通常の獣のような四足をも持った巨大なモンスター。それが今、茂みに身を隠したアイラ達の目の前で寝そべっている。


「この位置が丁度良い、構えて」


「了解」


「はい」


 それを好機と捉えたアイラは同じく銀等級であり、良く行動を共にしているシェリルと数人の冒険者と共に弓を構えた。


「……どこ狙うんだっけ?」


「首元!じゃないと当たらないし、薬が回らないって言ったでしょ!」


「ごめんごめん」


「……皆、合図と同時にって」


 シェリルが気の抜けた謝罪をするのと対照的に、アイラと数人の冒険者はその緊張感から息を呑んだ。


「……今!」


 アイラの合図と共に何本もの矢がグリフォンへと放たれた。その全ては頭部と胴体を繋ぐ首元へと向かっている。それぞれの狙いは完璧に近い。


「ああっ!」


 冒険者の一人が声を上げた。首元へと一直線に向かっていた筈の矢の軌道が乱れ、数本が見当違いの方向へと弾かれたのが原因だ。


 結果、狙い通りに首元に突き刺さったのは一本のみだった。


「ふふん、私の矢だね」


「まずい、一本だけじゃむしろ――」


 グリフォンの甲高い悲鳴が響いた。突如として矢が突き刺さった事による痛みと驚愕の悲鳴。


 すぐさま立ち上がったグリフォンは威嚇の声を上げながら周囲を見回している。


「……逃げなかったのは運が良かった。でもあれ、相当怒ってる」


「ど、どうするんですか?」


「多分薬はあれじゃ足りない。ああなったら弓ももう使えない。それに、このまま街の方まで飛んで行ったりしたら目も当てられないわ」


「元々捕獲は望み薄だから遠慮無く倒しても良いってお達しだよね。倒しちゃえば?」


「今のあの状態で戦うのは危険よ!薬が少しでも効いてくれれば落ち着くと思うんだけど……それまでに飛ばれたら追いつけないし……」


「捕獲の方が報酬の桁が違うって欲張ったのにねー。薬も用意してもらって」


「もー!シェリルうるさい!」


「あの、私達はどうすれば……」


 アイラを含んだ集団が混乱する中でも、グリフォンの怒りは徐々に増していく。アイラは落ち着きを取り戻すように息を吐く。


「……しょうがない。とりあえずは――って何してるの?」


「……」


 冒険者の一人がアイラの矢筒を取り外し、自分の腰に取り付けた。その冒険者は元々弓を持っておらず、先程の射撃にも参加していない。


 アイラからは矢筒を、他の冒険者からは矢尻に捕獲用の薬が塗ってある矢だけを取り、矢筒に納めていく。


「ちょ、ちょっと」


「――私が行きます」


「あっ!」


 それだけを言い残し、その冒険者は駆け出した。それを察知したグリフォンが怒りの声を上げ、冒険者に向かって羽ばたくように翼を広げた。


「そいつは超常種!銀等級とはいえ、そこらのモンスターとは訳が違うと言った筈よ!」


 超常種。通常のモンスターとは違い、不可思議な現象を発生させるモンスター。


 グリフォンの場合、翼を中心に常に風が渦巻いており、先程の射撃の多くが失敗した理由がそれだ。


 そして、グリフォンの羽ばたきは斬撃を伴う暴風を発生させる。


「いくら貴女でもっ!」


 一直線に走る冒険者に向かって、グリフォンの繰り出した暴風が襲う。アイラはその冒険者が斬り刻まれ、吹き飛ばされる景色を幻視した。


「あ、あれ?」


 冒険者は風を受けつつも、特に気にした様子も無く突き進んでいく。衣服が所々に裂かれ、アイラ達の元にまで届く風は暴風である事は間違いない。


 そのまま、なおも羽ばたき続けるグリフォンに接近する。グリフォンは怒りのままに目の前の存在を吹き飛ばす事に躍起になっている。


 冒険者はその場で跳躍し、最後の接近を空中から行った。


「え」


 冒険者は矢筒から取り出した弓を手に、勢いをそのままグリフォンの首へと突き刺した。再び悲鳴が響く。


「ちょ、ちょっと」


 グリフォンは嘴により抵抗を試みるが、既に冒険者は首元には居ない。流れるように胴体へと矢を突き立てていく。


「えー……」


 急速に多量の薬を体内に取り込む事になったグリフォンの動きは徐々に弛緩し、最後には小さく声を上げ地面へと倒れた。


「いやあ、本当に凄いね」


「……超常種も関係無し、か」


 シェリルは純粋な感心を、アイラは半ば呆れながら、自分達の元へと戻って来たその冒険者を迎えた。


「つくづく規格外ね――フリューゲル。でも、ちょっとは意思疎通をしてくれないと」


「終わりました。帰りましょう」


「……ああ、早く帰りたかったのね」


 その特徴的な黒の髪を靡かせ、その冒険者――フリューゲルはさほど息を乱した様子も無く、帰路の先を見つめている。伸びた前髪の毛先が前を覆っているせいか、その双眼は暗い。


「……」


 オーウィンが姿を消したあの日から、既に一ヵ月以上が経過していた。

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