離してしまった手

「ここは色んな物が売ってますね」


 興味深そうに周囲を見回しながらフリューゲルは呟いた。


 大通りから外れたこの道は飲食物や遊興を提供している店は少ない。代わりに様々な物売りが集まったこの通りは巨大な一つの雑貨屋のようになっている。


 衣服等の日常用品や小物といった物から武器や美術品、得体の知れない発明品のような物まで売られている。


「気になる物があるのなら買えばいいんだぞ。そろそろ戦闘時の装備を見直してみる機会かもしれない」


「え、装備って、変えて良いんですか?」


「お前ももう明日には銀等級だろう。いつまでも俺の言う事に従おうとする必要は無い。どんなクエストを受けるのか、誰かと組むのか、何を装備するのか、どう戦うのか……全てお前次第だ」


「……」


「実力は元から、そして等級もお前の方が上になる。これからのお前の側に俺は居ない」


 等級差が離れている冒険者の同行は推奨される物じゃない。足手まといを連れて行くのは単純にクエスト受諾者の首を絞める。


 今の俺では、フリューゲルの戦いに付いて行く事が出来ない。


「……あそこに行ってみましょう」


 その指摘には返事をせず、フリューゲルは俺の手を引いて店の一つへと近づいた。


 その店はとにかく色々と集めたといった感じで、設置された台に所狭しと並べられている物にはまとまりがない。


「いっぱいありますね……それにどれもあんまり高くない……」


「安い物を多く売るのが狙いみたいだな。良く分からん物も多いが」


「……あの、オーウィンさんは何か欲しい物はありませんか」


「……特に無いな。どうした、急に」


「お礼がしたいんです。……私は、今の暮らしに満足しています。モンスターと戦うのにも慣れてきて、お金も段々稼げるようになって、好きな事が出来るようになりました」


 フリューゲルが俺の手を握る力が強くなる。剣をまともに握り始めてから厚くなった皮膚の感触が、今日までのフリューゲルの努力を示している。


「それも全部、オーウィンさんのお陰です。あの日、オーウィンさんに助けられてなかったら私は死んでました。最初に命を貰って、ご飯を食べさせて貰って、武器を貰って、住む場所まで貰いました。……貰いすぎです」


「俺が勝手にやった事だ。恩を着せるつもりはないと何度も言ったぞ」


「これは私の気持ちです。何か少しでも、返したい……」


「……なら、これを貰おうか」


 俺が手に取ったのは小さな木彫りの剣だ。周囲の純粋な美術品からは少し浮いていて、値段も安い。どこかの職人が戯れに作ったのだろう。


「えっ、そんなんじゃ――」


「これが良い。俺にはこれくらいがいい。あまり高くても持て余しそうだ」


「……分かりました」


「お前は?」


「え?」


「お前は何か無いのか?昇級祝いだ」


「も、貰いすぎだって言ったばかりじゃないですか!」


「俺がお前に何か物を贈るなんて、これで最後かもしれない。……ほら、これはどうだ」


「あ」


 適当に手に取ったのは加工された白い羽根……おそらくはモンスターの物だろう。抜け落ちた今でも生命力を感じさせる羽根だがこれもあまり高くない。気になっていたのか、フリューゲルが何度か見ていた物だった。


「……それくらいなら」


「良し、決まりだな」


 店主に金を渡し、木彫りの剣と羽根をそれぞれ手に持って俺達は店を離れる。辺りを見回すと人通りが少なくなってきていた。


 夜も段々と深まっている。朝方まで酒を飲むようなヤツも居るだろうが、祭りの賑わいは萎んでいくだろう。


「もう終わりの頃合いだな……。疲労もある。そろそろ帰るか」


「はい」


 手の中で木彫りの剣の感触を確かめる。フリューゲルは羽根をじっと見つめていた。


 再び大通りに戻った時、ここでもかなり人混みが薄くなっている事に気がついた。握られた手を放そうとすると、フリューゲルは立ち止まりそれを掴み返してきた。


「もう手は放しても良いだろう」


「まだ、ダメです。……さっき、これからは私の側には居ないとオーウィンさんは言いました」


「ああ」


「クエストの話なら、それでも良いんです。一人でも頑張れます。……ただ、それ以外は嫌です」


「……」


「一緒にご飯を食べたいです。朝の挨拶をしたいです。モンスターとの戦いもマナも扱い方も、まだまだ私は知らない事ばかりです。……さっきみたいに、何かを贈り合いたいです。これを最後にしたくありません」


 誰かと視線を交わす事を拒絶し、ただ怯えだけが浮かんでいたその両目が俺を捉えている。


「あの家の……あの部屋に居させてください。お金もちゃんと払えます。ずっと」


 いや違う。


「オーウィンさんはもう、冒険者を止めても良いんです。夢は私が叶えてみせます。暮らしていく為のお金も私が用意します。ああ、そうすればちゃんと、貰った物を返せますね」


 こいつの目には、俺映っていない。


「……オーウィンさん!わ、私のゆ――」


「フリューゲル」


「あっ」


 俺の手を強く握りすぎている事に気づき、フリューゲルは手を離した。


「少し落ち着け、酒が残ってるんじゃないか」


「……そうかもしれません」


「今日はもう、早く帰ってしっかりと睡眠を取れ。明日に響く。……俺は少しギルドに用がある、先に帰れ」


「え、あっ」


 何かを聞かれる前に俺は再び歩み出した。ひたすらに光の少ない方へ。


「お前の言った通りになりそうだ――フロイデ」


 手の中に残った木彫りの剣を、強く握り締めた。




 ☆




 オーウィンの姿はあっという間に闇夜に消えた。その背を呆然と見つめていたフリューゲルの手には確かな余熱が残っている。


「オーウィン、さん?」


 その夜を境に、オーウィンはフリューゲルの前から姿を消した。

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