第16話 王族は鬼門


 大勢に見守られながら聖剣の柄を握る。

 なんとなく気分が悪い。深呼吸をしてから腕にゆっくりと力を込めていく。



 スッ……。



 手のひらの下で持ち上がりかけた感覚がして咄嗟に力を抜いた。



「……うーん、やっぱり抜けないみたいだわぁ」

「そうかそうか! にいちゃんたち、ナイスファイトだったぜ!」

「やっぱり当代の聖剣使いはウルバノ女王陛下なんだよなぁ」



 アッハッハと高笑いするギャラリーのオッサンたちに肩を叩かれる。

 存外に強い力のそれに苦笑いしながら、私は少し離れた位置で待機していたハーレム一行の元へ歩いていく。



 皇后になりたくなくて帝国から逃げて来たのに国王とか死んでもゴメンなんすわ……。


「ジョーでもダメだったかぁ」

「いやあれ、人が抜けるように出来てないって」

「マサキ様に無理なら、その可能性もありますわね」

「そんなインチキするわけないでしょ? 聖剣はエル・デルスター王国随一の魔術宝剣なのに……」



 パチパチ、パチパチ。


「うむ、見事な挑戦だったぞ。若者たちよ!

 だが、聖剣の在り方に疑問を抱くのは頂けんな!」


 文官たちに囲まれて執務を行っていたエル・デルスター王国の女王ウルバノ殿下が拍手をしながら登場した。

 どうやら話が聞こえていたらしい。結構距離があったはずなのに聴力はどうなっているのだろう。


 緩やかに腰まで流れる美しい金髪に宝石のように澄んだ青い瞳の美女だ。

 エンパイアスタイルで胸の大きく開いただけのシンプルなデザインのドレスだ。しかしそれが逆に背が高くスレンダーな体型の彼女の美しさをより鮮やかに際立たせている。


「ウルバノ女王陛下にご挨拶を申し上げます」

「え、あっ、ご、ご挨拶申し上げます……」

「ごきげんよう、女王陛下」

「ご、ごきげんよう……?」


 近づいて来る女王へ腹部に左腕を当て、右足を引く礼をする。

 続いてプリムラもワンピースの裾を持ち上げて優雅にカーツィを、困惑しながらもカツラギとアイリスも女王へと礼を行った。


「よいよい、楽にせよ。今は我が聖剣の挑戦者に絡みに参ったまでのこと。……ふむ? なるほどなぁ」


 顎に手を添えて、しみじみと女王が頷く。そのまま頭の先から爪先までじっくりと、全員が観察された。


「そなたらは冒険者だろう? 詳しい旅の話を聞きたい。今宵の晩餐に招待しよう!」


 なんと!?


 名案だと手のひらを叩く女王。流石に狼狽してしまう。

 ヤダヤダ断ろ。


「そなたにはとくに聞きたいことがあるぞ……聖剣について、な」


 断ろうと口を開きかけたとき、すぐ耳元で女王の声が囁いた。

 女王の口は開いていない。

 素直に喜ぶハーレム一行を微笑ましそうに見守っているだけだ。

 何らかの魔術である。

 私の知らない魔術だ。


 女王と目が合う。全てを見透かすような青い瞳だ。

 さっきの聖剣のこともお見通しだぞ、と言うような……冷たい汗が流れていくのを感じながら、とうとう断る機会を見失ってしまった。



 正装などは、城で用意するとのことで私とハーレム一行は約束の時間に宿屋から城へ再び赴いた。

 私はすっかり意欲が削がれ、アイリスに市場へ行こうと誘われても行く気になれなかった。


 やだなぁ……。



「お一人お一人に、衣装の用意がありますので、それぞれ使用人について行ってくださいませ」


 黒い髪に褐色の肌のメイドがそう案内をした。どうやら私の担当らしく、言われるままついていく。



「来たな? 新たな聖剣使い」



 案内された部屋の中で待っていたのはウルバノ女王陛下その人だった。

 うげっと、息を呑み来た道を戻ろうと振り返るけど、褐色メイドが後ろ手に扉を閉めて前に立ち塞がっていた。


 ハメられた!


「そう怖がるでないわ。何もとって食おうなどと考えてはおらんぞ?」


 ふふふ、と妖しい笑いを浮かべながら女王が近づいて来る。

 それと同時に女王の分厚い剣だこのついた手のひらが伸びて来る。


 女王の目的が分からなくて、怖い。

 いや、聖剣を抜く者が次の王となるなら、現女王の彼女にとって聖剣を抜いてしまう者は王位を危ぶむ邪魔者になるのだろう。

 最悪殺され、良くても投獄だろうか。

 なんで私はいつもこうして追い詰められてからじゃないと気づけないんだ。

 これじゃあ逆行した意味がないじゃないか。

 前と同じだ、こんなの……。


 実力行使と行きたいところだけど相手は他国の女王だ。無礼を働けば帝国に、ラウルスに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 どうすることも出来ず、後ずさろうとして背中をメイドにそっと押された。

 前門の女王、後門のメイド。逃げ場はない。



 ついに女王の両手が私の肩を、掴んだ。

 また殺されてしまう。その恐怖に目を瞑ってしまう。



「……」



 瞼の裏に浮かんだのは、ここにはいるはずもない私自身が捨てた人物で……。

 どうして今更と思わず目から涙が溢れた。

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