その4:冥王を想う?


 <大魔王城>


 もう日が暮れようとしている時間だが、イザールは大魔王の城へと到着すると、人型に戻り、息を切らせながら衛兵に話かける。


 「す、すまぬ、大魔王様に火急でお伝えすることがある! 謁見を申し入れたい!」

 「む、イザール殿!? 屋敷から外に出られるとは珍しい……かしこまりました、どうぞお通りください」

 「かたじけない!」


 衛兵は門を開けて招き入れると、イザールはすぐに手続きを取るために大臣に声をかけ、数十分ほど経過してから謁見を許された。

 

 そして今、玉座の前に膝をついて大魔王メギストスの言葉を待つ。


 「珍しいねイザールがここに来るなんて。私に負けた腹いせにザガムが暴れでもしたかな? いや、真面目なあいつがお前にそんなことはしないか。私にばかり突っかかってくるからな」

 「そ、それについては諫めておりますが、なかなか聞き入れてもらえず……」

 「私も楽しいから構わないよ。それで急ぎの用とはなんだい?」


 メギストスは頬杖をついて笑みを浮かべながら酒の入ったグラスを手にイザールへ尋ねる。


 「それが――」


 イザールは冷や汗をかきながらことの経緯を話すと、メギストスは口の端に笑みを浮かべ、目を細めてメモを見ながら口を開いた。


 「ザガムが旅に、ねえ?」

 「はい……心当たりがまるで無く……あ、いや、お見合いを押し付けたのが嫌だったのかもしれません」

 「お見合い?」


 イザールの言葉に目を丸くして聞き返し、すぐに大声で笑い出す。


 「お見合いかあ! それは家出をしたくなるかもしれないね、私もそれは嫌だ! やはり恋愛だよ結婚はな! くっく……しかしそれならイザールに暇を出せばいいだけだけど――」

 「わたくしめから逃れるのと、書いている通り嫁を探しに行ったのでしょうか?」


 イザールが冷や汗を拭きながら尋ねると、目を細めて笑うメギストスはメモを指で弾いてから口を開いた。


 「……さて、どうかな? ザガムについては承知した。こちらでも【王】を集めてザガムの探索をしてもらえないか提案してみるとするよ」

 「申し訳ございません、大魔王様のお手を煩わせることになるとは……」

 「気にしなくていい。最初にザガムを拾って育てたのは私だしな。小さい頃は可愛かったんだけど、今じゃ反抗期真っ只中だ。……まあ、それが楽しいんだけどさ」

 「もう一緒には暮らさないのですか?」


 父の顔をするメギストスに、恐る恐る尋ねると少し考えた後に真顔で答えた。


 「魔王軍ナンバー2。それが今のザガムの肩書きだ、【王】として君臨する者が甘えることは許されない。それにあいつは私を嫌っている、どちらにしても関係の修復は無理だろう」

 「……」

 「報告、ご苦労だった。あいつのことはこっちでもなにか考えておく」


 寂し気な顔をするイザールにそう言って下がらせると、メギストスはグラスの酒を静かに飲み干して謁見の間を後にした――



 ◆ ◇ ◆



 「夜の散歩というのも悪くないな。さて、人間の領地に来たものの勇者はどこにいるか分からんな……」


 全速力で飛ばしたのでそろそろいいかと速度を緩めながら俺は一人呟く。

 大魔王なら追いつくだろうが、ヤツは領地から出ることは無いし、俺を越える速度の飛行ができるのは天王マルセルくらいだ。

 そして俺は初めて、自領地付近以外の人間の土地へ足を踏み入れた。

 人間は弱いと聞いているので恐れることは無いが、何事も慎重に行くべきだろう。


 「とりあえず山を六つ越えたこのあたりなら隠れるのは難しくないか。腹も減って来たし、眼下に見える町で腹ごなしと宿を取るか」


 山のふもとに町を見つけた俺は、周囲を気にしながらゆっくりと降下する。

 人間は空を飛べる者が少ないと聞いているので、夜とはいえ飛んでいるのを見られたら騒ぎになると危惧したからだ。

 

 「夕食くらいは食べて出ていくべきだったか……さて、まずは中へ入らないといけないか」


 町から離れたところで降り立り、見上げると魔物を遮るための高い壁が見え、正面の門から入るようになっているようだ。


 「さて、行くか。……む、そうだ」


 歩き出そうとした俺はそういえばと自分の体に目を向けた。


 「……流石にこの格好では魔族だと宣言しているようなものだな。もう少し人間のような服に変えておくか」


 俺は空中に手を掲げると、魔力で出来たマジックボックスを呼び出す。

 戦闘になるといちいちカバンなど持っていられないので、別空間に置いて管理できるマジックボックスの魔法を習得しているのだ。

 中から適当な服を取り出し、冥王としての黒衣の鎧やマントを収納。幸い俺は人間に近い姿をしているので服装を変えれば人間に見えるはず。


 「剣はこれでもいいだろう」


 俺の相棒である‟ブラッドロウ”はそのまま腰に下げ、旅人をアピールするため年季の入ったマントを羽織り今度こそ歩き出す。


 「おや、こんな夜更けにお疲れさんだなあ」

 「ははは、魔物が化けているんじゃないだろうな?」

 「……休みたい、町へ入れるだろうか?」


 やがて門に辿り着くと、衛兵二人に声をかけられ、俺は当たり障りのない返答をすると、衛兵の一人が笑顔で、俺にとっては目からドラゴンの鱗が落ちるような言葉を発した。


 「もちろんだ! ようこそキアンズの町へ。通行料として三百ルピになる」

 「む……」


 ――金


 そう、俺は人間達の通貨を持っていないことに気づかされた。

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