その3:冥王の出奔
「元気そうだな、差し入れだ」」
「あ、冥王様! こんな下っ端にまで声をかけてくださるとはありがたいことです、ハイ」
「気にするな、実際に体を張ってまず前線に立つのはお前達だからな。人間どもの様子はどうだ?」
翌日、魔力の回復した俺は哨戒を兼ねて管轄の領地をめぐっていた。
最後に一番人間の土地に近い砦で現在の状況を確認すべく、砦の隊長へ食料をもって声をかける。
「変化なし、ですねえ。魔族の土地に侵入してくる人間はほぼゼロ。迷い込んでくる旅人なんかが目に入るくらいでしょうか」
「捕獲は?」
「捕まえたところで使い道も無いですし眠らせてからそれとなく帰らせていますよ。魔物に襲われたときは知りませんがね? それに奴隷にしても労働力は足りている……むしろ同族の働き口の心配をしたいくらいです。……あ、女は連れて帰ってますけどね。最近、口説くのが流行ってい……痛っ!?」
「大魔王のようなことを言うな」
昨日もサキュバスとデートをするなどと口走っていたことを思い出して腹が立ったので、隊長の頭を小突いておく。
労働力は足りているが土地が足りないから
「いてて……冥王様、まだ大魔王様に不満があるんですか?」
「ああ、早く人間達を蹂躙して土地を奪えばいいと思っているからな。かといって俺一人と部下が暴れたところで全世界を蹂躙するのは不可能だからな。大魔王が静観すると決めた以上【王】達は従うしかない」
「……勝手に軍を動かして大魔王様に締められたって話」
「忘れろ」
不愉快だと最後に告げて俺は砦を後にする。
人間に動きが無いのはやはり勇者が出現するまで、魔族に対抗しうる力が無いからだろうか?
どちらにせよ人間に動きがないなら、俺の計画を進めるにはちょうどいいと城へ戻る。
◆ ◇ ◆
「戻ったぞ」
「お帰りなさいませザガム様。先日お話ししたお見合いの件ですが、目だけでも通してもらえませんでしょうか? お断りを入れるのはそれからでも……」
「……戻った早々に頭の痛い話だな……分かった、貸してくれ。食事の時間まで部屋にいる。時間になるまで近寄ることはならんぞ」
「はい、ありがとうございます」
恐縮するイザールから見合い写真と書類を受け取り早足で部屋に急ぐ。
物凄く気乗りしないが、イザールは俺が冥王を名乗るようになる前からずっと俺の世話をしてくれている祖父のような存在だから無下にもできない。
……親が居ない俺にはありがたかったな。親代わりはいたが……あいつのことは考えたくない。
「……ラミアの姫にオーガの娘、ヴァンパイアロードの女は貴族だったか? 確かに見た目は美しいが……」
女性は苦手だ。
なぜそう思うのかは俺自身にも分かっていないが、触れられると鼓動が高くなり脈拍も上がる。なにかの病気かもしれないので近づけさせないようにしているのだ。
ユースリアのように長いこと生きていたり、年寄りならそうならないんだが……
「さて、イザールには悪いが一応『目を通す』義理は果たした。そろそろ出るとするか」
黙って出ていくのは気が引けるが、勇者を探しに行くと馬鹿正直に言えるはずもないので、しばらく家に帰らない旨を書置きしておくくらいでいいだろう。
‟イザールへ。少し旅に出てくる。危ないことをするつもりはないから探さなくていい。それほど長く出るつもりはない、以上だ”
「……これでいいか。いや、安心させておくか」
‟追記:嫁は自分で探すからお見合いは断れ”
「よし、それでは行くとしよう。待っていろ勇者、すぐにお前の目的を果たさせてやる」
俺は窓から飛び、人間の町を目指して空を舞うのだった。
◆ ◇ ◆
「ザガム様、お食事の用意ができました。今日はシタビラメのムニエルとなっていますぞ」
イザールがザガムの部屋をノックしながら献立を口にするが、中から返事が無く、寝ているのかもしれないとそっと扉を開ける。
「失礼します……ザガム様、お食事の用意が――」
しかし部屋には人の気配が無く、寝室を覗いても姿が見えないことを不審に思ったイザールが机に目を向けた時、その目が大きく見開かれた。
「ザガム様が家出!? な、なんと……だ、大魔王様に報告せねば!!」
イザールは屋敷を出ると、銀色の狼へと姿を変えて大魔王城へ向かった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます