第一九回その3

 口述筆記は一日では終わらず、何日にもわたって続けられた。


「巳夜を包囲する十人近い野伏! 彼等が一斉に編み笠を投げ捨て、巳夜は驚きに息を呑む! そこにいるのは首から上が蝦蟇と化した蝦蟇の怪物、蝦蟇人間! 彼等は天圭斎の妖術をその身に受け入れたことにより生きながら魔道畜生道に堕ちたのである! おおブッダよ、寝ているのですか?!」


「『嗚呼、釈尊。汝午睡の最中也哉』……」


 達郎の口から語られるストーリーを左近が紙の上へと綴っていく。自分の物語に完全に入り込んだ達郎は立て膝となり、エキサイトのあまり講釈師よろしく自分の膝を何度も扇子でビシビシ!と叩いている。さらにその横には右京がいて、達郎と全く同じポーズで自分の膝を指でぴしぴし!と叩いていた。その姿があまりに面白可愛すぎて、左近はこみ上げる笑いを必死にこらえている。ここで笑ったら話の腰を折ってしまうと我慢しているのだが、笑いの衝動は耐えればその分強くなるものだった。

 話は巳夜が天圭斎の手下の蝦蟇人間に捕まってアジトに連れていかれてしまう場面で、達郎の中では一つの山場を迎えていた。気丈に振る舞いながらも怯える巳夜に、嫌らしく笑う蝦蟇人間が寄ってきて――さあここだ、と彼がにやりと笑う。

 達郎の執筆する七兵伝には八犬伝にはない特徴があった。「笑い」である。元ネタの「Fate/stay night」がそうであるように、多くのラノベもまたそうであるように、それらは本筋がどんなに深刻でドシリアスでもところどころで笑えるシーン、またはお茶の間大爆発な爆笑シーンがあるものだ。「そうでなければならない」理由は何もないのだが達郎は「ラノベはそういうものだ」と疑うことなく思っているし、何よりそういうラノベが大好きである。だから七兵伝にも笑えるシーンは、本筋の邪魔にならない範囲でなるべく入れていくつもりだった。

 なお忍殺語――ニンジャスレイヤーでよく使われる言い回しを使ったのは別に読者を笑わせるつもりではなく、単にエキサイトした結果である。二一世紀のラノベなら、シリアスなシーンでいきなり忍殺語が出てきたなら読者がつまずくだろうし、笑いを狙うとしてもよほど上手く使わなければ寒いだけだ。でもこの時代なら「けったいな物言いだ」と思われるくらいだろう。

 そう、この時代なら著作権もパクリの後ろ指も気にすることなく、好き勝手に使えるのだ。忍殺語だろうと、神坂一が「スレイヤーズ」の中で生み出した、伝説的なギャグだろうと!


『さあ、卵を産め』


 会心の一撃を食らった左近が硯やら文鎮やらをなぎ倒しながら文机に突っ伏す。左近は笑いすぎて窒息寸前となり、達郎は畳へと流れ落ちる墨汁をどうしようと右往左往するばかりだった。




参考文献

高木元「江戸読本の研究~十九世紀小説様式攷」ぺりかん社

中右瑛「浮世絵でみる!英雄豪傑図鑑」パイインターナショナル

佐藤至子「妖術使いの物語」国書刊行会

澤村修治「日本マンガ全史~『鳥獣戯画』から『鬼滅の刃』まで」平凡社新書

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