第5話 アイスはいつも甘いけれど

 厳格なチョコミン党というわけでもないけれど、チョコミントアイスは好きだ。特にサーティワンのが。いつも混んでいるので頻繁には買えないけれど、今日のような暑い日にはアイスが食べたくなる。僕は砂漠で水を求める人のようにふらふらと列に並び、チョコミントアイスを買った。


 なんで僕は一人でアイスを食べているんだろう。


 そんな疑問が頭をよぎった。なんでってそれは僕が一人でフードコートに来たからなのだが。夏休みのフードコートは相変わらず混み合っていて、家族連れを尻目に一人腰掛けた。


 ママ友らしき女の人二人が、それぞれの子どもと一緒に話していた。ママ友って不思議な文化だと僕は思うのだけれど、僕の母親も僕が小学生くらいまではママ友ランチ会に出かけていたし、実のところ彼と仲良くなったのは、母親どうしが仲が良かったからでもある。それだけじゃないけど。そんなママ友文化を見ていた僕は、幼稚園や小学生のような同い年だけの集団が、大人になっても続くのだと勘違いしていた。だから母親と仲の良い女の人が、実は母親より十歳も年上だと知った時は物凄く驚いた。


 つまり幼い頃の僕は、幼稚園や小学生で過ごすように過ごしていれば、自動的に大人になれると勘違いしていたのである。僕は小学生の頃はクラスの中でも面白い奴というポジションを確保していた。ゲームが上手かったから。それとうちにはみんなで遊べる立派なゲーム機があったからである。僕の家で遊びたかったら、僕と仲良くなる必要がある。子どもって残酷で単純だ。


 中学生になる頃には、その幻想からは醒めつつあった。でもどうしてか、放っておいても大人になれるなんて、そんな妄想だけは続いていたのかもしれない。


 結論を言おう。僕は彼女のことが好きだった。彼女は告白を成功させて、彼と付き合うことになった。


 彼女を自習に誘った時、いやもっと前から彼女のことが好きだったんだと思う。気持ちを認めてしまえば今の関係が終わってしまうとわかっていたから、僕は僕の恋心を無視することにした。


 僕がこんなに拗れたのは、別に彼女のせいではないけれど、彼女が彼女でなかったら、こうはならなかったと思う。例えば彼女がクラスの人気者だったなら、僕は彼女をアイドルを推すように素直に好きになっていただろう。彼女があんなに気まぐれじゃなかったら、大して成績に差のない僕との自習なんて断られていたかもしれない。彼女があんなに大食いじゃなかったら、このフードコートに日参することもなかったかもしれない。彼女が僕のこと好きだったら……この仮定は悲しいからやめよう。


 彼女が僕のこと眼中にないことなんてわかっていた。いつかは、なんて思ってた。それに僕にだってなけなしのプライドがある。君が僕のこと好きじゃないならそれでいいさ。世界に女子が一人だけってわけじゃないんだし、君はものすごい美人ってわけじゃないんだし、頭がいいわけでもないんだし、お互い友達ってことにしておこう。僕はきっと君以外の女子を好きになるから。そう思った。


 僕は冷めてるわけじゃない。本当は欲しいものだってたくさんある。カノジョだって。でもここに至るまで得られないことの方が多かったから、最初から諦めることで自分を守ることにした。うちにゲーム機がなかったら、僕はひょっとしたらいじめられっ子だったかもしれない。そんなことに気づいてしまった中学時代、僕は期待値を下げる術を学んだ。その方が楽だ。


 だって僕は特別でもなんでもない。とんでもない努力をしたってスポーツ選手にはなれないし、目が悪いからパイロットも無理。そこそこ頑張れば大人になれるなんて幻想だけど、思い描くものが手に入らないかもしれないとしても、それでも頑張れる人なんて何人いるんだろう。


 いっぱいいるんだ。それもわかってる。なのにどうしても。


 どうして僕じゃないの、なんてそんなことを考えている。ルックスとか成績とかそういうものじゃないってこと理解してるのに。いっそそういうものであったら良かった。よくわからない何かじゃなくて、スキルとかレベルとかの数値だったら、頑張って上げられたのに。僕が先に好きだったんだよ、言わないけど。


 ため息を吐いてフードコートをでた。相変わらず混み合っている。僕がフラれても何も変わらないんだな、なんて馬鹿な感傷を抱きながら、僕は出口に向かって歩いた。

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相模原のでかいフードコート 刻露清秀 @kokuro-seisyu

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