それでも生きてる

@toipptakosan11

それでも生きてる

8月の終わり。

出張が早めに終わったため、1日早く帰れることになった。家には同棲してもうすぐ2年の彼女が待っている。驚かすつもりはないが、きっと驚くだろう。23時過ぎに家に着いた。そっとドアを開ける。何やらAmazon Echoから音楽がなっていた。彼女が好きなアーティストの曲だ。普段はAmazon Echoなんて使わないのに。僕がいない時は意外と使ってたんだと新しい一面が知れて嬉しくなった。そっとドアを閉めて、ゆっくりリビングに行った。リビングの電気は常夜灯になっていた。これも珍しい。でも、また新しい一面と思い嬉しくなった。僕は彼女の寝顔が好きだ。なぜならずっと見られるくらい可愛いからだ。先に言っておくが、僕の彼女は本当に美人で可愛い。なんせ学生の頃からモデルをやっていてインスタのフォロワー数も10万人超えである。性格も意外とおっとりしていて、そこが人気な部分でもある。とにかく可愛いのだ。自慢はこのくらいにして寝顔を見に行く。


今日も幸せだと思った。


驚かすためにそっと寝室を開けようとした。

異変に気づく。

ノイズキャンセル付きのイヤホンのせいで気づかなかったが、彼女は起きているっぽい。僕はイヤホンを外す。すると、彼女の声ともう一人男の声が聞こえた。疑った。そんなわけがないと。でも、はっきり聞こえる。彼女と誰か知らない男の声だ。絶対に聞きたくない最悪の声だ。


なぜだろう。

怒りよりも悲しみのほうが大きかった。


信じたくなかった。確認もしたくない。それでも確認をしないわけにはいかない。恐る恐るノックをした。その途端、二人の声が消えた。ドアを開ける。信じたくない光景がそこにはあった。10秒ほどの沈黙があった。彼女の部屋は暗かったが、目も慣れて彼女と知らない男のシルエットがはっきり見えてきた。こういうのは修羅場と言うのだろう。普通は怒鳴る場面か。それとも男を殴る場面か。とりあえず怒るのが普通なのかもしれない。けれど、意外とそんなことはなかった。心は冷静だった。


「1時間後。1時間後に戻るから、二人で話したい。シャワーを浴びて話せるようにしといて。」


それだけ言って僕は家を出た。家を出るときに気づいた。見覚えのない靴があったことに。誰かと話したかった。よくわからないけど、タクシーを読んで1時間適当に走ってもらった。僕は今起きたことを運転手に話した。運転手の人は優しく、僕の話を聞いてくれた。涙が溢れてきた。タクシーの運転手は本当に凄い。スカイツリー、東京タワー、レインボーブリッジと僕の心が晴れるようにと定番のおすすめスポットを巡回してくれた。何度と見たそれらは僕を励ましてくれた。1時間後、時間ピッタリに家に戻ってきた。運転手には感謝しきれない。

さっきまで落ち着いていた心にまた緊張が走る。鼓動が速くなるのがわかる。それでも話さないといけない。そっとドアを開けた。玄関にあった男の靴はなくなっていた。リビングの電気は常夜灯のままだ。リビングに入ると彼女は俯いて座っている彼女と無数に使い捨てたティッシュがあった。シャワーも浴びたのだろうバスタオルを首にかけていた。少しほっとした。リビングの電気をつけ、席に着いた。10秒ほど心に整理する時間を設けて話し出した。

「あの人とはいつから?」

途端に彼女の涙が先程よりも大粒になった。それでも彼女は話してくれた。

「3ヶ月前から」

「どれくらいの頻度で会ってた?」

「週一くらい」

割と頻繁に会っていたんだと驚いた。

「今日のような関係はどれくらい?」

さすがにこの質問には少しの間あった。

「4回ほど」

「じゃあ、今日で5回目ってこと?」

「うん」と彼女は答えた。

僕は彼女を満足させることができなかったんだと後悔と反省をした。

そして僕は結論を述べた。

「別れよう」

彼女の肩が揺れるようになった。哀れに見えた。

そんなに悲しむならなんでこんなことを、と。

「おれはこの家を出る。あなたがどうするかは、今日中に決めて欲しい。」

そう伝えた。彼女はずっと震えているけれど、それでも頷いてくれた。

まだ好きだからなのか。それとも普通なのか。泣いている彼女が凄く心配になった。でも、抱きしめたりはもうできない。だから、お願いをした。

「こんなこと言うのは変かもしれないけど、反省はしてもしなくてもいい。ただ、反省する場合はそこまで自分を責めないで欲しい。それで自傷行為とかされても僕はそんなこと望んでいない。そんなことは考えてないかもしれないけど、人間どうなるかわかんないから。だから、約束して欲しい。自分を傷つけるようなことはしないで。」

別にいい人ぶっていない。生きて後悔しろ、苦しめなんても思っていない。ただ、彼女が起こしたことは事実なだけだ。この時思った。僕は別れる覚悟がしっかりできていたんだと。

「おっけー?」僕はよく仕事の後輩に使う言葉を使った。

彼女は頷いてくれた。

その後、彼女の言い分を聞く時間とかは取らなかった。といっても言い訳をするような彼女ではないとわかっていたからだ。僕はシャワーを浴びて、ベットに着いた。


 翌朝、仕事は休みだったけど家にはいられず会社に向かった。意外と僕は社長なのである。休日だから誰もいない。来週するつもりだった細かい仕事を気晴らし程度に片付ける。全部片付いたところで2年ぶりの一人カラオケに行った。やっぱり気晴らしには仕事よりもカラオケだった。朝よりもだいぶスッキリした。カラオケも終わり、家に帰る。夜ご飯は家で食べる予定だった。正直なところ彼女が凄く心配だった。家に入ると、リビングに灯りはなかった。靴を見ても外出してるようではなかった。それもそうか。リビングの電気を付けた。テーブルには彼女のスマホがあった。寝ているのだろうか。彼女の寝室に向かった。普段はノックをしないけど(昨日は例外)、昨日の今日だ。ノックをした。寝ているのか返事がない。ゆっくりドアを開けた。そっと枕元へ行くと目を晴らした彼女は寝ていた。昨日あんなことはあったにしても、やっぱり彼女は可愛い。この寝顔を見ると、凄く愛おしく、凄く幸せと感じるのだ。

そっとしておこう。彼女の寝室を後にしてキッチンへ向かった。何を作ろうかなと考えてキッチンや冷蔵庫を見る。そういえば、出張先で買った明太子があったことに気づく。パスタもあるし、明太子パスタを作ることにした。明太子パスタを作り終えると、彼女を起こそうかどうか考えた。正直、気まずいままなのも嫌だった。昨日の今日だけど、彼女にはいつも通りになってもらいたかった。僕は彼女を起こすことにした。もう一度、彼女の寝室にノックする。まだ寝ている。ドアを開けて枕元に行く。さっきと変わりなく、可愛い寝顔ですやすや眠っていた。起こすのが勿体無いなんて思っている自分を馬鹿だと思いながら、彼女を起こした。予想はしていたが、起きて僕を見た瞬間、彼女の目から涙が溢れだした。

「目、腫れてる。これ以上泣くと出目金になっちゃうよ」笑わせるつもりで言ったのだが、笑うはずもなく、むしろもっと泣いた。

「明太子パスタ作ったから顔洗って一緒に食べよう」

もう僕に怒りという感情はひとつもなかった。大好きな彼女が目の前にいるからだ。

彼女は頷いて洗面所に向かった。

食べる準備をして待っていると彼女が洗面所から戻ってきた。席に着くや否や

「目、やばい」とボソッと言った。僕は用意しておいた保冷剤にタオルを巻いて渡した。

彼女はまた泣いた。そして

「私もこの家を出ます」

その言葉を聞いた時、心にぽっかりと穴が開いた気がした。

「うん、わかった」

その後の食卓はぎこちなくも普段通りを努めた。


引っ越しは1ヶ月後にした。少しずつではあるが、二人の関係も事件が起こる前のようになっていった。


そして引っ越し当日。一人で最終チェックをする予定だったのだが、彼女も一緒すると言ってきたので二人ですることにした。すっかり物がなくなった家はやっぱり寂しい。2年も二人で住んでいたのだ。不動産の方に最終チェックをしてもらい、引っ越し作業は無事完了した。あとは彼女とのお別れだけだった。マンションには、タクシーを2台呼んだ。正直、寂しい。走馬灯のように彼女との思い出が頭を巡る。もし神様がいるのなら、あの事件を無かったことにして今まで通り彼女と一緒に暮らしたい。あんなことがあったというのにやっぱり僕は馬鹿なのかもしれない。


一台のタクシーが着いた。


「今までありがとう」

それを言うのが精一杯だった。


「こちらこそありがとう。本当にごめんなさい。」

彼女は涙を溢していた。


ああ、僕は本当に馬鹿なんだと、そっと彼女を抱きしめた。

「多分、わかんないけど。僕は当分あなたを忘れることはできない。本当に大好きだったから。」そう言って強く抱きしめた。

彼女の肩の震えが大きくなった。そんな彼女をゆっくり離してタクシーに乗せた。そしてタクシーは彼女を乗せて走って行った。彼女を乗せたタクシーはどこか寂しそうに見えた。


多くの思い出が溢れて、

心にぽっかり穴が空いた。

それでも生きてる。

この瞬間からまた変わらぬ1日が始まるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでも生きてる @toipptakosan11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る