「有象無象の群衆未来」
2009年の夏休みが始まった。こう、夏休みを意識するのは久方ぶりに感じる。智司が高校の頃以来? になるのかな。まあ、学生の身分あるいは子持ちの家庭の親でもなければ、まとまった〝夏休み〟概念を真正面から受け止めるのも、それほどないだろう。会社勤めなら同僚とズラして取ったり、お盆だけだったりするものだよな。
それもこれも
新年度が始まる手前に、玄関先に突っ立っていた謎の少年。組織の調べによると、各地で問題行動を起こしており、能力者ではないかと疑っていたらしいのだけど、突然風車家の前に姿を現した。風車家の前にいた詳しい事情はわからないし、本人も「気付いたらここにいた」などと申している。
組織に相談したところ「少年が一人増えたところで大した負担ではないでしょうよ」という(えらい他人任せな)作倉さんの一言のあと、正式な形で依頼を受けて、風車家の一員となった。中学校の手続きはクリスさんがなんとかしてくれて、ちゃんと通学している。義務教育は受けさせないと。
ただでさえも一般常識が足りていなくて、俺は小学校に行っていたかどうかも怪しく思っている。日本語は喋れるし、自分の名前を漢字のフルネームでは書けるが、他の漢字の習得率がイマイチ――風車と書かせようとしたらひらがなで書かれたぐらい――低いっぽい。なんだか、別の世界から来た異世界人を預かっているみたいな気分にさせられる。それでも独自基準の正義感が強くて、各地で起こしていたっていう例の問題行動というのも『社会通念上守らねばならないルールを破った大人に対する暴力行為』だっていうのだから、あべこべだ。
あの能力者発見装置が反応していないことから能力者ではないとされている。
ほんとか?
壊れちゃいないだろうな?
氷見野さんの技術力を疑っているわけでは(決して)ないけども、心配だなあ……。
「前から聞こうと思ってたけど、聞いていい?」
「いいよ」
明日くんは本棚の一部に飾ってある写真を指さして「この女の人、誰?」と聞いてきた。ちょいちょい気にしているようだったから、いつかは聞かれるだろうなとは思っていて、実際にそのときが来たわけだな。
「
「
「へあっ!?」
そう来たか。……びっくりしすぎて変な声が出てしまったわね。明日くんの脳内ではどういう思考ルートを辿ったんだろうか。まず俺と同じ苗字ってところから?
「彼女?」
離れた。そっち行くんだね。お姉さんのほうがまだ正解に近いのよな。肉親って点では。
「美咲さんは、俺と智司のおかあさんだよ」
正解を教えると、その写真と俺の顔とを見比べて「似てねぇな」と言ってくれた。作倉さんからは「似てますよ」って言われる。あの人曰く、俺が母親似で智司が父親似らしい。
「若くね?」
「それは……そうかも」
俺(風車総平)は今年で32歳になる。写真の中で微笑んでいる美咲さんの年齢と近い。このときいくつだったっけか。美咲さんが亡くなるちょい前ぐらいに撮ったやつ、のはず。まだ智司がお腹の中にいて、そろそろ弟が生まれるみたいな話をしたから、そう。1986年の12月、俺が冬休みに入る前ぐらい。
「なんでいねぇの?」
会話の流れでそう聞かれるだろうなってわかっちゃいたので「病気がちだったからなー」と答えて、明日くんにカルピスを作ってあげることにした。薄めるタイプのがスーパーで安売りしていたから。
美咲さん、ほぼほぼ病院が家みたいなものだった。お母さんと呼ばずに美咲さんだなんて他人行儀な言い方をしてしまいがちなのも、世間一般的な母親と息子という関係性とはちょっと違ったものだったからのような。間違いなく美咲さんの子ではあるが。
父親のほうは、美咲さんよりもさらに縁遠い存在。どっちかといえば画面の向こう側にいる姿を見ることが多かった。群衆を導く存在であって、家族ではない。彼の理想の『全員が幸福な世界』に、俺たちはいたんだろうかと考え始めると、だいぶ悩む。一週間ぐらいは。間違いなく父親ではあるが。
「
これは明日くんの家庭環境について聞けるチャンスかもしれない。過去が視える作倉さんの【予見】を以てしても、明日くんの過去が見られなかったらしい。俺の『明日くん、異世界からの来訪者説』を確かめる時が来た。
「明日くん家は?」
「覚えてない」
覚えていないらしい。けろりとした顔で言われてしまったので嘘は言っていないのだと思う。あの衝撃の「気付いたらここにいた」発言の時と同じ。
「そうかあ……」
思っていたよりも手こずりそうですよ作倉さん。
【デイドリーム、ビリーバー】
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