第4話 欲の影には罠が潜んでいる

 フーちゃんはボストンバッグに手を入れる。

 中からタブレット端末のようなものが出てきた。


「ゲーム中、キミたちにはこれからこの専用端末『エア』を持ってもらうよ。またその代わりに、キミたちの持ってる携帯はゲーム終了までの間は預からせてもらうね」


 フーちゃんの言葉に、一部の参加者から「えー」という声が上がる。


「はっ、携帯を取られるくらいで何を嘆いているんだか。これがただのゲームじゃない以上、携帯が没収されるのは予想できていて当然だろ」


 そう言ったのは、短髪黒髪のイケメン男。

 声を上げた者を見てやれやれと首を左右に振る。

 言いたいことはわかるが、もう少しは穏便な言い方があっただろうに。

 おかげでバカにされた者たちはイケメン男を睨みつけている。


「おやおや、仲違いするのは早いんじゃないかな? キミたちはこれからチームとなって、他の3チームと戦わないといけないんだから」


 フーちゃんは面白がるようにイケメン男たちを見る。


「やはりチームか。幸先不安だね」


 イケメン男は露骨に俺と絵馬を含めた仲間を見てため息を吐く。


「それはどうかな? とにかくゲーム内容を説明するね。やることは簡単。ジョーカーを探し当てるだけだよっ」


 全員が怪訝な顔をする。


「今回40人の参加者の中に、一人だけジョーカーが紛れているよ。まずは皆、さっそくエアを起動して」


 言われた通りエアを起動。

 画面にはAから順にB、C、Dと時計回りに表示されている。


「ここにいる10人はAチームに該当するよ。同じように、10人で構成されているチームが他に3チーム。明日の9時、AチームはBチームの島に、CチームはDチームに『侵略』を開始するよ。侵略される側は自陣を『防衛』するのが目的だね」


 フーちゃんの説明に合わせて、画面上に矢印が引かれていく。


「島に上陸したら、それぞれ対抗戦を行ってもらうよ。制限時間はお昼の12時までで、それまでに全滅したチームが負け。エアで自チームの生存状況を確認することができるよ。もし終了時間までどちらのチームも全滅していなかった場合は、生存数の多い方が勝利って感じだね」


 フーちゃんは右手でVサインを作ってみせる。

 対抗戦とはすなわち、デザイアによる何でもありの戦闘を指すはずだ。


「ちなみに、基本何でもありの戦いだから、それ相応の痛みは覚悟してね? まあ、途中でゲームをリタイアして帰ることもできるけど。その場合、エアの中にあるメール機能を使ってワタシにリタイアする旨のメールを送ってくれるといいよ」


 フーちゃんの説明を聞き、俺はエアのメール画面を開いた。

 アドレス帳にはフーちゃんのアドレスだけが存在する。

 このエア自身のアドレスがなぜか見当たらないが、そういう連絡を取り合えない仕組みにでもしているんだろうか。

 ただそれよりも気になったのは、以前俺の携帯に送られてきた抽選結果のメール、それと全く同じ文面のメールがフォルダに存在していることだった。


「っと、話を戻すねっ。この対抗戦で侵略チームが勝利した場合、4つの権利から一つを選べるよ。権利についてはエアに載ってるから各自確認してね」


 再度エアに視線を落とす。

 権利は次のようなものだった。


 1、 自チームからメンバーを最大二人選び相手チームに送り出す

 2、 相手チームのメンバーを一人選び自チームに引き入れる

 3、 何もしない

 4、 相手チームのメンバーを一人指名し、ジョーカーであるかの是非を問う。その際、ジャッジによるものと違いリタイアは発生しないものとする。また、ジョーカーの暴露に成功した場合、ジョーカーである者はその時点で本ゲームからリタイアとなる。


 読み終えたところで、周りが動揺するのが伝わってきた。


「な、何か頭混乱してきたんだけど」


 絵馬がエアの画面を見ながら苦悶の表情を見せる。


「皆読んだかな? ちなみに、これは防衛チームが勝利した場合も同じだよ。後この権利だけど、行使できるのはチームのリーダーだけ。このリーダーについては今日までにチームから一人選出してもらうよ。途中で申請さえしてもらえればリーダーの変更も認められるから覚えておくように」


 権利行使がリーダーだけの特権。

 しかし、なぜリーダーの途中変更が可能なのか。

 先の権利一覧を思えば、何か意味がありそうだった。


「この対抗戦は翌日に今度はBからC、DからAへと行われる感じだね。この2日間のサイクルを1セットとし、合計4セット行ってもらうってわけ。ここまでで質問はあるかな?」

「はい。全滅になったら負けと言いましたが、個人が負けとなる判定はどのようにされるんですか?」


 イケメン男が質問する。


「見るからにヤバそうだったり意識を失った場合はワタシたちで判断するよ。他には自らギブアップ宣言をした時点でも負けになるよ。一度ギブアップ宣言をしたら撤回できないから、その後に動けるようになっても生存数にはカウントしない。エアもその間は使用不可になるから。もしその状態で参加しようものなら、すぐにこのゲームから追い出すよ」


 フーちゃんの説明を受けて、イケメン男は納得したのかお礼を言った。

 他に質問する人は出てこず、フーちゃんが次の説明に進む。


「ここまで聞いてそろそろ気になっている人もいると思うから、次に勝利条件について話すね。勝利条件の一つはまず、ジョーカーを自チームに引き入れないこと。見事ジョーカーのいない3チームには1チーム、最終の『残メンバー』に応じて1千万円の山分けとなるよっ」


 残メンバーの部分を強調して告げる。

 つまりはそういうこと。状況によっては蹴落とし合いが起きるだろうな。

 だが、フーちゃんの言った金額に異議を唱える人もいた。


「ちょっと待って。報酬は1億円じゃないの?」


 先程の眼鏡女子がその点を指摘する。


「安心して。報酬の種類は他にもあるんだよ」


 声を弾ませるフーちゃん。


「それが次のジョーカーによる一人勝ちだよ。ゲーム終了までにジョーカーがその正体を『ジャッジ』によって暴かれなかった場合、その者は賞金1億円を獲得できちゃうわけで、これは本ゲームの最大賞金だねっ」


 ここにきて明言された1億円という額に周囲がざわつく。


「この場合、文字通りの一人勝ちだから、ジョーカーのいない他の3チームも賞金ナシになるよ」


 同じチームの仲間すらも騙して一人賞金を得るルート。

 そうなってしまえば、チーム間に信頼関係を築くのは難しくなるだろう。


「そしてそろそろ皆も気になっていると思うけど、この『ジャッジ』っていうのは参加者の一人をジョーカーか否かの判断をする行為のことだよ。エアの中にジャッジできる機能があるから、この人がジョーカーだ! って判断した場合には、ジャッジでその真偽を確かめるってことだね」


 エアを見てみると、確かにジャッジと書かれたアプリのようなものがある。今はタッチしても反応しないが。


「ジャッジが行えるのは一度だけで、4セット目に入る前日までだよ。以後、ジャッジはできないし、変更もできない。集まったジャッジはワタシたちの方で集計し、ジョーカーを優先してそれ以外は順々にジャッジの結果を各参加者に反映していく。その後、最終的な結果が決まる流れだよ」


 そして、とフーちゃんは続ける。


「このジャッジで見事ジョーカーを言い当てた場合、その者にはボーナス賞金として1千万円を獲得できるよ! ただし、それは最終結果が出るまでにジャッジした相手がジョーカーであり続けた場合に限るけどね」

「あり続けた場合? 途中でジョーカーが入れ替わる可能性があると?」


 イケメン男はボーナス賞金に喜ぶのではなく、その点に引っかかりを覚える。


「当然あるよ。ジョーカー者がリタイアした場合だね。その場合、ジョーカーは再選定されるよ」

「ふむ……」


 イケメン男が顎に手を当てて何事か考え込む。

 一見すると、ボーナス賞金を獲得できるか否かの違いでしかない以上、ジョーカー以外の者にはメリットしかないように思える。

 が、そう上手い話でもないらしい。


「ボーナス賞金だから、ジャッジを行うかは自由だよ。けど、これはよく考えて判断してね。無鉄砲な采配はNG。ジャッジを外した場合にはペナルティ――本ゲームから強制リタイアになっちゃうから」


 欲をかいてボーナス賞金を狙おうとすれば、リタイアし賞金ナシになるリスクも負うことになるってわけか。

 確実な証拠を掴まない限り、軽はずみに行えるものじゃないな。

 それに、ジャッジの変更ができない以上、ラスト4セット目にジョーカーが入れ替わる可能性も十分ありえる。賭けとしてはかなり危険だ。

 とはいえ、誰もジャッジしなければジョーカーは安泰。そうなっても、結局賞金はナシという結果になってしまう。

 自ら行動を起こすか、他の人に任せて信じて待つかの二択になる。あるいは……


「そしてここからが一番重要。特にジョーカーに選ばれた者にはね」


 フーちゃんの声に少し真剣味が帯びる。


「ジョーカーには大金を獲得できる可能性を持つけど、同時に手痛いペナルティも負うことになっているんだよ。それこそが、正体を暴露されたまま最終結果を迎えた時、その者はペナルティ1億円の負債を背負うことになるよ」


 恐るべき事実にどよめきが起こる。

 真っ先に眼鏡女子が突っかかった。


「待って! そんなペナルティがあったら、一人勝ちすることくらいしか回避のしようがないじゃない!」

「そうだよ。ハイリスクでもありハイリターンでもあるんだよ。それが怖いなら、さっさとリタイアすることだね。それもペナルティを回避するための逃げ道だよ」


 フーちゃんは続けてリタイアの条件を伝える。


「このリタイアについて詳しく説明すると、大きく二種類に分けられるよ。一つが能動的で、自主的にリタイアを選ぶことだね。もう一つが受動的によるもので、これは権利4によるものやエアが破壊されちゃうこと、後は継続不可能なほどの大怪我を負った時に働く効力だね」


 エアが破壊されてもリタイアになってしまうのか。

 見たところ、普通の携帯機器に比べて強度はあるように思えるが、耐久のほどは人目じゃわからない。


「で、ここ一つ注意してほしいんだけど、この能動的リタイアとエアが破壊されることによるリタイアは、2セット目最後の対抗戦が終わるまでの間しか効力は働かないんだよね。だから、ペナルティを回避したいなら早目にってわけだね」


 フーちゃんの補足説明にどよめきが起こる。

 もし、今言った期限を過ぎてからジョーカーがバレた場合、自主リタイアができない以上ペナルティ回避の手段は限られてくる。そのため負けるリスクは一気に高まってしまう。


「説明は以上だよ。キミたちはこれからこの島で生活することになるけど、島にあるものは何でも使っていいからね。寝床を作るのも、食料を確保するのも自由。仲間同士で協力して、信頼関係を築いていこう!」


 フーちゃんによる意地悪なセリフ。

 ジョーカーのペナルティ回避の手段がリタイアか一人勝ちに限られている以上、ジョーカーである者は隠そうとするはずだ。それは当然他の参加者も理解している以上、仲間同士でも疑心暗鬼が起こりうる。

 信頼関係の構築はできないようなルール。

 とはいえ、対抗戦はチーム戦だ。権利のことも加味すると、全く協力しないワケにもいかない。


「それじゃあ、皆の健闘を祈るよ!」


 フーちゃんは大きく腕を振り、こちらに背を向けた。

 船に戻り際、チラッと俺の方を見てきた気がしたが、気づかないフリをした。

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