第12話 大杉と二人で 新しい有希の未来像を創造しよう

 真由子は、大杉の有希を思う愛情を感じ、思わず顔がほころんだ。

 それは、急死した有希に対する未練とは違い、これから新しい有希の像をつくっていこうとするかのような、ポジティブなものだった。

 大杉は、セカンドバックの定期入れから、有希のスナップ写真を取り出し、真由子に見せた。

「紅いりんごのほっぺには微笑みが似合う。有希さんはいつみてもほがらかね。  

できたら、私にも一枚ほしいな。なんだか、岡田有希子が蘇ったみたいね」

 大杉の顔が、パッと明るくなった。一抹の希望の光を、見出したようだった。

「僕は、来週の日曜日の七時、この店にいるよ。できたら、有希のことについて語り合いたいな」

「そうね。私も興味がわいてきちゃった。あっ、今日は私が払うわ。この前のお礼」

「いいよ。僕が払うよ。なんてったって、君は僕の大切な協力者であり、有希を探す同志なんだから」

 そう言って、大杉は伝票をつかんで立ち上がった。


 真由子と大杉は、ときどき「ありす」以外の場所でも、会うようになっていた。

 大杉の話はいつも、有希の話題ばかりだった。有希の得意料理、好きな花、好きなファッション、好きなテレビ番組、掃除の仕方、愛用の化粧品やシャンプーまで、話題は有希一色だった。

 少し身勝手だなと真由子は思う。

 大杉は、私の気持ちを知っているうえで、有希の話題オンリーなのか。私のことは、眼中にもないのだろうか。

 でもそれでもいい。有希のことを、聞かされるのは、けっして不愉快ではなかったし、真由子には新鮮な驚きの方が多かった。

 例えば、有希の手料理は、塩分と脂分を極力控え、さっぱりとしたそれでいて、うま味を活かしたコクのある味付けだという。真由子は大杉に、レシピを聞いてみた。

 フライパンにアルミホイルをしき、野菜類はオリーブオイルを入れて、蒸し焼きにするのだという。

 隠し味には、粉チーズとかつお節をいれると、どんな材料でも美味しくなり、また、煮物は少量の酢と炭酸水を入れると、型崩れしないで早く煮え、鉄の置物をいれると、保温効果があって、食材も柔らかくなるという。


 真由子も早速、真似してみた。たしかに素材の旨味が活かされている。

 これなら、カロリーも塩分も気にせず、安心して食べられる。

 有希は水回りを掃除するときは、匂いのする市販の洗剤よりも、重曹と漂白剤と酢を混ぜた専用の洗剤をふりかけ、一時間以上置くと汚れや匂いもとれて、ピカピカになるという。

 なるほど、これなら口に入っても、人畜無害だ。有希って発明家だったんだな。

 真由子は、有希の真似をするようになってから、自分が有希に似ていくような気がした。


 有希が亡くなってから、半年の月日が流れた。季節はもう早春、桜のつぼみが開こうとしている。

 真由子はふと、一年前、初めて大杉に出会った頃を思い出した。

 私が大杉に抱いていた感情ーそれは異性に対する恋の欲望? それとも、人間に対する愛と思いやり? 真由子は今、後者だということを確信していた。

 私が大杉を愛していた理由が、ようやく今わかりかけてきた。

 

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