02 足利家、暗躍

 源氏の家柄とはいえ、さして目立たず、むしろにされている傾向の強い新田家であるが、新田義貞の活躍のゆえで、足利家と双璧という印象を後世に与えている。

 だがこの時は飽くまで一御家人であり、多少目端めはしの利く男、という外聞である。

 その新田義貞が千早城攻囲陣の陣中にいる際、おとないがあった。

 足利家の執事、高師直こうのもろなおの訪いが。

「突然のこと、許されたし」

「……いえ」

 源氏の名門として名高い足利家。その執事が、こうしてわざわざ、無名の新田義貞をお忍びで訪ねるなど、尋常ではない。

あるじ、高氏が船上山にくことになって」

 当時、後醍醐天皇ごだいごてんのうが流された隠岐から脱出し、伯耆ほうきの船上山にて立てこもっており、足利高氏はその討伐へ征くことになっていた。

「が、主は船上山を攻めぬ」

「……何故なにゆえ?」

「鎌倉には戻らぬとのよし

 高氏は、幕府を倒す決意を固めていた。の機に、みやこおとすことを策した。

「それゆえ、じゃ」

 師直は、義貞にを理由に帰国することを提案した。帰国後、高氏と時を同じくして挙兵することも。

「帰国については、主が執権に話をつける。挙兵については、。後は千寿王さまに任せよ」

 高氏の策は、鎌倉に人質として留め置かれる千寿王を、逆に鎌倉攻めの大将とすることである。

 義貞が上野こうずけで挙兵し、幕府の耳目が向いたところで、千寿王が鎌倉から脱出。そして義貞の軍に合流し、鎌倉攻めへ、と。

「何、攻めずとも良い。主が京の六波羅をおとすまでの時を稼げば重畳ちょうじょう

 高氏は、鎌倉は陽動とするつもりである。六波羅をおとせば、鎌倉は孤立する。

「貴殿としては、挙兵さえしてくれれば良い……不満か?」

 事が成った暁には礼として、と言おうとする師直を、義貞は押しとどめた。

「不満など。むしろ、よくそれがしを見込んで下すったと」

「主がの、新田どのこそ、と」

 師直は少しだけ笑った。

 義貞は師直に礼を言い、送り出すのだった。


 ……義貞の陣を辞した後、師直は呟く。

なところを買われたと知ったら、彼奴きゃつめ、どう思うか」

 そして師直は、今度こそ破顔し、大笑するのだった。


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