第9話 ユースさんとドキドキデート

「ティア、迎えに来たぞ」

「…………」


 か、カッコイイ……いつも着ている、一般の方が着るようなスッキリした格好も良いけど……今日みたいな、貴族の男性が着るような服も良いわ……最近は忙しくて全然妄想が出来てなかったけど、すぐにでも目の前のユースさんを題材にした妄想をしたいくらい……。


「ティア?」

「ほわぁ!?」


 ユースさんに見惚れてしまっていたせいで、名前を呼ばれている事に気づかなかった私は、思わず変な悲鳴を上げてしまった。は、恥ずかしすぎて身体から火が出そうだわ。


「どうかしたのか」

「な、何でもないです!」

「そうか、ならいいんだが……そちらの方は?」


 ユースさんは家の中から見守るマリーの事をチラッとだけ見ながら、私に問いかける。


 そう言えば、マリーとは初対面だったわね。マリーは大切な家族のような人なんだから、ちゃんと紹介しておかないとね。


「お初にお目にかかります。私はマリーと申します。ティア様に仕えております。今夜はティア様の事、よろしくお願いいたします」

「初めまして、ユース・ディオスだ。ティアには日頃から世話になっている」


 丁寧に自己紹介をするマリーに対して、ユースさんは、ちょっぴり無愛想な感じがする自己紹介をした。なんか、出会った頃を思い出しちゃうわね。


「っと、折角の機会だし彼女とも話をしたい所だが、時間があまりない。ティア、そこの馬車に乗ってくれ」

「え、馬車?」

「俺が呼んだ。徒歩で行くにはやや遠い所にある店でな」

「そうなんですね。わかりました。じゃあマリー、行ってくるわね。帰るのは何時になるかわからないから、先に寝ちゃってていいからね」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 マリーの見送りを背に受けながら、私はユースさんの手を借りて馬車に乗り込むと、それに続いてユースさんも馬車に乗った。


 馬車を呼んだっていうのも凄いけど、中にある装飾品とかが凄い作りこまれている。全体的に見て、想像以上に豪華な作りと言えるわ。エクエス家にいた時に乗っていた馬車と遜色が無いくらい。


 馬も凄く立派で毛並みも良かったし……こんな馬車、一体どこから呼んだのかしら……?


「この馬車、どうしたんですか?」

「……知り合いに頼んで呼んでもらった」

「そうなんですね」


 大手のイズダーイに努める編集長にもなると、そういう凄い人との繋がりもあるのね。私も本を出して有名になったら、そんな凄い知り合いが増えちゃったり……な~んて。まだ販売されてもないのに、気が早すぎるわね。


「出発してくれ」

「かしこまりました」


 ユースさんは私の隣を陣取ると、御者に声をかける。それから間もなく、ガタガタと音を立てながら、馬車は動き出した。


 あー……えっと、どうして隣に座ったのかしら……対面に座る事もできるはずなのに……横の広さはあまりないから、肩が思い切りくっついちゃってる。


 はっ……これって魅惑の王子シリーズにもあったわ! あれはサブキャラである弟が気を利かせて、主人公の隣に王子様を座らせて、互いを意識させるシーンだった……まさか妄想じゃなくて、自分がやる事になるなんて! ど、ドキドキしすぎて爆発四散しそうだわ!


「……そのドレス」

「は、はい!」

「よく似合っている。とても美しい」

「はひゃっ!?」


 そ、そんな似合ってるだなんて……急に言われたら、嬉しさで馬車から転げ落ちちゃうわよ! 危なかったわ!


「あ、ありがとうございます! マリーが選んでくれたんです。ユースさんも、凄く似合っててカッコいいです」

「そ、そうか。ありがとう」

「「…………」」


 褒め合ってしまったせいか、互いに照れ合ってしまって……なんとも気まずい空気が流れ始める。


 ど、どうしよう……恥ずかしくて顔をまともに見られない……でもこの空気は流石に気まずい! な、何か話題を振った方が良いわよね……でも何を振れば……そうだ!


「あの!」

「なんだ?」

「……その、どうして隣に座ったんですか?」

「俺がティアの隣に座りたかったから」

「そ、そうなんですね……」

「「…………」」


 余計に気まずくなったぁぁぁ!! 私の隣に座りたかったってどういう事!? 何を意味してるわけ!? ああもう、訳がわからないわよー! 助けてマリー!



 ****



「到着しました」

「わかった。ティア、降りるぞ」

「ひゃい……」


 結局気まずい空気は払拭できなかったし、隣に座った意味も分からず、そのままただドキドキするだけに終わったせいで、盛大に呂律が犠牲になった私は、ユースさんの手を借りて馬車を降りると、そこはパークスの街を一望できる高台に建つ、高級レストランだった。


 あー……えっと……うん、ここのお店自体は知ってるわ。このあたりじゃ有名なお店だからね。それはいいんだけど……たしか、かなり階級の高い貴族御用達のお店よね!? 私お金持ってないわよ!?


「今日は俺が出すから気にするな。行くぞ」

「ひゃ、ひゃいぃ……」


 私の考えを完璧に読んだユースさんに手を引っ張られて入口に行くと、従業員の方がお店の中へと案内してくれた。しかも行き先が大広間ではなく、綺麗な廊下を進んだ先にある個室だった。窓からパークスの夜景が一望できる、凄く素敵な部屋だわ。


「凄い……ユースさん、気合入りすぎじゃないですか?」

「当然だろ。ティアの出版祝いなんだからな。それに……」

「それに?」

「……後で言う」


 凄く気になる事を言いながら、ユースさんは私を椅子に座らせてくれた。


 なんか……今日のユースさん、凄く紳士的だと思わない? それに一つ一つの動きに一切無駄な動きが無いっていうか……慣れてるっていうか……とにかく、凄くスマートでカッコいい。


 その後、私は大好きなお肉料理をメインに据えたフルコースを振舞ってもらい、食後のデザートまで食べて大満足の食事になった。


 本当においしかったわ。お肉はもちろん美味しかったけど、個人的には野菜料理も凄く美味しかった。それに、ユースさんと色んな本の話が出来て、とても有意義な時間だったわ。


「本当においしかったです。ごちそうさまでした」

「それならよかった。だが足りたか? いつもはもっと食べるだろ?」

「え? あ、はい! た、足りましたよ?」

「視線が泳いでるぞ」


 うぅ~……ユースさんとは何回か食事に行ってるから、私が大食いだっていうのが完全にバレてるわ……。


 屋敷にいる時から大食いだった私は、こっちに来てからはマリーが安い食材で沢山おいしいごはんを作ってくれてるから何とかなってるけど、こういう外のごはんだと全然足りないのよね……。


「その……大食いな女性なんて……引きますよね」

「……? どうしてその思考になるのかよくわからない。食べるのは普通だろう? その量が違うというだけだろ」

「そ、そうですけど! ユースさんに、はしたない女性だって思われたら嫌だなって……」

「そんな事は思わない。気にし過ぎだ」

「気にしますよ! だって……だって……!」


 ――ユースさんの事が好きだから。


 それだけを言えばいいのに、まるで喉に何かが詰まってしまったんじゃないかと錯覚してしまうくらい、言葉が出てこなかった。


「……?」

「な、なんでもないです……」


 私のバカ、弱虫……今こそ好きですって言う絶好の機会だったのに……自分の弱さが情けないわ……。


「すまない、会計の前に預けておいたあれを持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 あれって何かしら……そんな事を思っていると、一旦廊下に出ていった従業員の方は、すぐに戻って来た。その手には、青いバラと数本の赤いバラでできた、大きな花束を持っていた。


「ティアへのプレゼントだ」

「…………」


 従業員の方から花束を受け取ったユースさんは、私にそっと花束を手渡してくれた。


 想定していなかったプレゼント――それが嬉しくて、ビックリで。私はただ小さく頷きながら、花束を受け取る事しか出来なかった。


「これ……赤と青のバラ……」

「ああ。花言葉、知ってるか?」

「ごめんなさい、そういうのに疎くて……赤は知ってるんですけど……」

「そうか。青いバラの花言葉は……奇跡、夢が叶うだ」


 奇跡、夢が叶う――まさに今の私にピッタリな花言葉だ。そして赤いバラの花言葉は……流石の私でも知っている。


「そして赤いバラは、まあ有名だが……数を見てくれ」

「数……三本……?」

「ああ。本数にも意味があるらしくてな。三本の赤いバラの意味は……告白、あなたを愛してるだ」

「っ……!?」

「ティア。俺はティアが好きだ。愛している。俺と付き合ってくれ」

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