第4話 大切な私の物語を酷評されました

「……これはお前のか?」

「は、はい! そ、そそ、そうでしゅ!」


 ど、どうしようどうしよう! 身れば見るほど、私の理想の王子様にしか見えないんだけど! 私の理想の人にそっくりな人が現実にいるなんて! しかも、その王子様が出てくる物語が読まれるなんて!!


 ああもう、ドキドキしすぎて頭が全く回らないー! 助けてマリー!


「これは、まだ完結してないのか」

「え、あのその……! は……はい! えっと……ただの趣味で書いてる物なので!」

「そうか。通りでつまらないはずだ」

「そうですかつまらない……はぁ!?」


 変わらず無表情の男性は、そう言いながら浅く溜息を吐いた。


 作者の前でつまらないなんて堂々と言う!? しかも初対面よ!? 思わず喧嘩腰になっちゃったわ!


「ど、どこがつまらないのよ!」

「言い出したらキリがないが……まず描写がくどい。見た目や情景を書くのは大切な事だが、主人公や相手の容姿、情景描写に何行使ってんだ。流石に長すぎて内容が頭に入ってこない。もっとコンパクトにまとめた方が良い」

「ぐっ……」

「あと、相手の……王子かこれ? どれだけ美化すれば気が済むんだ。多少は弱い所を入れろ。完璧すぎると感情移入がしにくい。はっきり言って、このキャラクターに魅力を感じない」

「あ、あとから弱い所も出てくるし……!」

「ふむ……なるほど。他にも指摘する場所はある。例えば……」


 その後も、次々と私の物語のダメな部分を容赦なく指摘された。


 あ、あの数分の間にちゃんと読み込んでいる……ぶっきらぼうだけど、言っている事は間違っていなさそうだから、反論のしようがない。


「全体的に粗が目立つのは素人だからしょうがないとして。とにかく王子のキャラクターがダメだな。流石に理想が高すぎる」

「わ、私の王子様をバカにしないでよ! そもそも勝手に読んでおいて酷評するとか何様!?」

「一読者として感想を述べてるまでだ」


 何が読者よ! そもそも読んでくれなんて頼んでないし、感想を言ってくれとも頼んでないわ!


「いいじゃない! 現実にそんなにカッコよくて優しくて最高な男性がいないから、妄想の小説の中くらい、カッコよくしたって……」

「そうか。勿体ないな……光る部分はあるのに、先程言った部分が足を引っ張っている」

「え?」

「言葉の使い方自体はとても美しい。これをコンパクトに出来たら良くなる。それに、サブキャラクターの個性があるのも評価出来る。日頃から読書や執筆をしているのか?」

「え、まあ……はい。趣味が読書とか執筆なもので。読書は幼い頃から、執筆は何年もやってます」

「なるほどな。話自体は王子と庶民の女性のラブロマンス……王道中の王道、ありふれた物語だが……ふむ」


 しかめっ面を浮かべながら、彼は鉛筆で私の原稿になにかサラサラと書き始める。


 ちょっと、なに勝手に書いてるのよ! まあ鉛筆だし、後で消せばいいけどさ……急すぎてビックリするわよ!


「手始めにここと、ここと……あとここは最低限直せ。そうすれば良くなる」

「は、はあ……」

「っと……そろそろ戻らないと。本当はもっと細かく指摘したいんだが……仕方がないか。来週のこの時間、またここに来い。わかったな」


 私に原稿を返した後、背中を向けた男性は、そのまま何処かへと向かって歩き出した。


 なんなのよあいつ! 褒めてくれたのはちょっとだけ嬉しかったけど、愛想が無いし、私の王子様をバカにするし! また来週来いって一方的に言ってたけど……そんな事に付き合ってる暇なんてないわよ!


「……でも、このままだと私の王子様がバカにされて、物語もつまらないって言われたままだし……逃げるようなものよね……」


 ――そんなみっともない真似はしたくない。それに、私の王子様は最高だって事を、あの人に教えてやりたいわ!


「よーし! 言われた通り、来週までに直してやるわ! とりあえずどこを直すべきなのかを確認しなきゃ……って、多くない!?」


 私の原稿には、改善点がびっしりと書き込まれていた。あの短時間で読み込んだのにも驚きなのに、こんなに改善点を見つけたっていうの!? 何者なのあの人!?



 ****



「……って事があったのよ」

「許せませんね。すぐにその男性を抹殺しましょう」

「わー!? 物騒な事を言うのはよしなさい!」


 同日の夜、マリーが作ってくれた食事を一緒に食べながら、昼間の事を報告すると、マリーは想像以上に怒りを露わにしていた。


 この前のマリーもそうだったけど、実は彼女って結構過激だったりするのかしら……屋敷にいた頃は、こんな感じじゃなかったんだけど……私のせいでマリーが犯罪者になったら嫌よ?


「それにしても、その男は何者なんでしょう? 名乗らなかったのでしょう?」

「そうなのよね。危険はないと思うけど……」

「私はそうは思いませんわ。行かない方がよろしいかと」

「マリーの気持ちはわかるわ。でも……私は自分の物語を、そして王子様をバカにされたままなんて嫌なの!」


 所詮は趣味で書いたものだし、つまらないと批判されても当然といえば当然かもしれない。でも……私の世界を、私の大好きなキャラクターをバカにされたままなんて、そんなの嫌だわ!


「わかりました。では、当日は私も一緒に行きますわ」

「……マリーは仕事があるでしょう?」

「お嬢様のためなら休みます!」

「ダメに決まってるでしょ!」


 せっかく雇ってもらえたのに、働き始めてすぐサボるなんてしたら、クビになっちゃうじゃない! もう、 マリーったら……私のためについて来ようとしてくれるのは嬉しいけど!


「それで、その修正箇所はそんなに多いのですか?」

「ええ。こんなに」


 私は寝室に置いておいた原稿用紙を取ってきてから見せると、その修正箇所の多さに、マリーは口元に手を当てて驚いていた。


「確かに多いですわね。そんなにお嬢様を貶したいのでしょうか?」

「そんな事はしないと思うけど……」

「いいえ。私は騙されませんわ。書きこまれた部分を拝見させていただきます」

「ええ、どうぞ」


 食事の途中だというのに、マリーはがっつりと原稿用紙とにらめっこを始める事二十分——深く溜息を漏らしながら、私に原稿用紙を返してくれた。


「どうだった?」

「悔しいですが、的確に突いてきてますね……反論のしようがありませんわ」

「えっと、反論無しって事は……マリーも読んでみて、同じ事を思った感じ?」

「その……はい」

「そっかぁ……」


 マリーもそう思うって事は、きっと間違っていないんでしょうね。実際に私も改めてじっくりと修正箇所を見た時に、なるほどって思う部分があったし。あ、でも王子様にダメ出しをしたのは許さないけどね!


「このまま言われっぱなしなんて悔しいわ! 絶対に一週間で直す……ううん、それ以上に面白い物語を書いて、あの人にぎゃふんと言わせてやるわ!」

「その意気です! 私も僭越ながらお手伝いさせてください!」

「ありがとうマリー! よーし、食べ終わったらさっそく書くわよー! オー!」


 私は天高く右手を掲げながら、声を高々に宣言をする。


 どこの誰かは知らないけど……絶対に面白いって言わせるんだから! 待ってなさいよー!



 ****



「うふふふ……上手くいったわ!」


 お姉様が出ていって数日が経った日の夜、私は自室のベッドに横になりながら、お姉様の悔しそうな顔を思い出していた。


 私よりちょっと先に生まれた以外、私より上を行ってる所が何一つない、エクエス家の落ちこぼれのお姉様から、色んなものを奪うのが、私の趣味の一つだった。


 そんな……私から奪われるだけの女が、貴族社会でイケメンな事で有名なアベル様と婚約をするなんて、絶対に許せなかった。しかも、私は醜いデブと婚約させられるとか……いくら相手の身分が高いからって、納得できる訳が無いわ。


 一体お父様は何を考えて婚約したのか、訳がわからない。私の方が全て優れているというのに、どうして貧乏くじを引かないといけないのよ。


 だから私は、自分で幸せを勝ち取った。


 私は秘密裏に、私の婚約者を事故に見せかけて暗殺した後、お姉様の婚約者であるアベル様を誘惑し、お姉様に酷い事をされていると嘘を吹き込んでお姉様の評価を下げ、私のものになるようにした。


 もちろん言うまでもないだろうけど、暗殺は私がやったわけじゃないわ。金で雇った男にやらせたのよ。


 お金? そんなの侯爵貴族の令嬢である私に聞く方が間違ってると思わない? エクエス家にはお金があるから、それをうまーくお父様から貰って支払ったに過ぎない。


 全ては私がアベル様と結婚して幸せになり、お姉様のものを全部奪うため。そのために……エクエス家や元婚約者がどうなろうと、知った事ではないのよ。欲しいものを手に入れさえすれば、私の勝利は確定なの。


「まさかお姉様が追放されたのは想定外だったけど、アベル様が手に入ったし、まあ良いわよね!」


 あははっ! 明日も私の思い通りになる幸せが待ってると思うと、笑いが止まらないわ! 早く明日にならないかしら!

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