第3話 妹は想像以上に陰湿だったわ!

「……なにこれ」


 馬車に揺られる事数時間。ようやく目的地について降ろされたのはいいんだけど……緑の絨毯じゅうたんのような草原の真ん中にポツンと建つ木製の家を見て、私とマリーは思わず口をあんぐりと開けてしまった。


 流石に今まで住んでいた屋敷より小さいのはわかっていた。多分、一般の方が住むには十分な大きさ……だと思う。


 それよりも問題なのは、とんでもなくボロボロだという事だ。ギシギシと音がしてるし、壁には所々穴が開いているし、屋根も一部板が剥がれかけているし……これ、本当に住めるのかしら……井戸はあるから、水には困らなさそうだけど……。


「ねえ、どうしてこの家なの……?」

「詳しくは存じ上げておりませんが……ニーナお嬢様が、低価格なのに最高の物件を見つけた! と、旦那様に提案したと聞いております。では私はこれで失礼します」

「…………」


 あ、あの女あぁぁぁぁ!! なにが低価格よ! ニーナの事だから、絶対に嫌がらせ目的でこの家を買ったに違いないわ!


 ワガママで私の私物を奪うし、想い通りにならないと癇癪を起こすような妹なのはわかっていたけど、こんな陰湿な一面があったなんて知らなかったわ! 世界一いらない発見だわ!


「お、お嬢様。とりあえず入ってみましょう。もしかしたら外見だけかもしれませんわ」

「そうね……お、おじゃましま~す……ごほっごほっ!」


 軋むドアをゆっくりと開けると、凄い埃っぽい部屋が私を出迎えた。一応テーブルや椅子が置かれたリビングや、キッチンといったものは揃っているみたいだけど、とにかくボロボロだ。


 奥にもう一つ部屋があるわね。確認してみましょう……ここは寝室かしら。これまたボロボロのベッドが二つ置いてある。


「い、一応……生活は出来そう……だけど……埃っぽくて辛いわね……」


 マリーから貰ったハンカチで口と鼻を守っているのに、むせるくらい埃っぽいわ……このままじゃ住めそうにないし、まずは掃除をしましょう!


「ふ、ふふふ……うふふふふ……」

「ま、マリー? どうしたの?」

「あの女……お嬢様をこんなボロボロで汚い家に住まわせるだなんて……それに、こんな原因を作ったアベル様も、エクエス家の旦那様も奥様も許せません……末代まで恨んでやりますわ……」

「ちょっとマリー!? しっかりしなさい! ちょっと怖いわ!」

「はっ。大変失礼いたしました。あまりにもお嬢様が不憫で……」


 もう、マリーってば……確かに理不尽な理由で追放されたのは悔しいし、腹立たしいって気持ちはある。でも、あんな家を出れてよかったと思ってるし、マリーが私の味方をしてくれてるのが、凄く嬉しいし、心強いのよ。


「私が掃除をいたします。お嬢様は外でお待ちになっててください」

「なに言ってるのよ。私もやるわ」

「いけません。こんな埃っぽい所にいたら、身体に毒ですわ」

「それを言ったら、マリーにだって毒じゃない。二人でやった方が早いし、マリーにばかり頼っていられないもの。一緒に頑張りましょう!」

「お嬢様……ご立派になられて……マリーは嬉しゅうございます……」

「な、何で泣くのよ!? 大げさだってば! ほら、掃除するわよ! 掃除道具、あるかしら」

「私がいくつか持ってきましたわ」

「さっすがマリー!」


 マリーから貰ったハンカチで涙を拭いてあげたら、すぐに元気になったマリーは、荷物の中から雑巾やホウキ、そしてハタキを取り出した。これがあれば、とりあえず掃除が出来るわ!


「さーて埃め! 覚悟しなさい! 全部追い払ってあげるわー!」


 全ての窓を全開にまで開けて、いざ掃除開始! 埃なんて、全部外にバイバイしてやるんだから!!



 ****



 初日から大掃除戦争が勃発したものの、なんとか埃との戦争に勝利して綺麗になった家に住むようになってから数日後のお昼。私は読んでいた本をパタンっと閉じた。読んでいた本は、勿論魅惑の王子シリーズだ。


 魅惑の王子シリーズに出てくる王子様は、小柄な事にコンプレックスを持っている。そこに、ひょんな事から身長が大きい事にコンプレックスを持つ平民の主人公に出会い、様々な問題を一緒に解決しながら惹かれあっていく物語だ。


 私はその物語が大好き。特にこの王子様がすっごくいい人で……もう優しさの塊だし、ちょっとキザなところもあるけど、とても可愛らしい。それに、たまに見せるカッコいいシーンとか、照れたりするシーンが……さいっこうに萌える。主人公も巨人とか言われているけど、凄く乙女で可愛いし、努力家で応援したくなるわ。


 そんな本を幼い頃から愛読していたら、気付いたら私は読書や妄想にどっぷりハマった。その結果、妄想を小説として書くようになっていたわ。


 ちなみに私の理想の王子様像は、いつもは優しいけどちょっとキザで、でもちょっぴり恥ずかしがりやなところがあって……あとあと、顔が良いから、沢山の女性からアプローチをされるけど、自分の決めた相手以外には見向きもしない、すごく一途な設定なの!


「やっぱり魅惑の王子シリーズは最高ね。マリーとこれについて語り合いたいけど……まだ仕事から帰ってこないのよね……」


 実は私とマリーは、こっちに来てからすぐ仕事を探した。幸いにもすぐに見つかって、次の日から働いているの。私は早朝と夕方前の新聞配達の仕事、マリーは裁縫の技術を活かして、お洋服に携わる仕事に就いた。


 持ってきたお金はあるけど、仕事をしないと食べていけないからね。けど、私に仕事をさせるなんてとんでもないと言い張るマリーをなだめるのは大変だったわ。


 マリーが私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、任せきりに何てさせられないわ。ちゃんと力を合わせて生きないとね。


「マリーはまだ帰ってこないし、夕刊の時間もまだあるし……そうだ、せっかく良いお天気なんだし、外で読書……ううん、執筆をしましょう!」


 私は筆記用具と書きかけの原稿用紙、そして屋敷から持ってきた、画板のような大きな木の板を持って外に出た。


 あ~……ポカポカしてて気持ちいい……どこか執筆するのにいい場所はないかしら……。


「あっ……あの木の下がよさそう」


 家を出て数分の所にあった小さな丘の上に、大きな木が静かに佇んでいた。凄く立派な木ね……樹齢百年とかは優に超えていそうだわ。


「ここに来てから数日たったけど、こんな所があるなんて知らなかったわ。こんな木の下で……王子様とピクニックに来て……一緒にお弁当を……ふふふ……」


 朝早くに起きてお弁当を作ってあげて、それでいつもよりラフな格好の王子様にドキドキしつつも、王子様にエスコートしてもらって……それでごはんを仲良く食べて……うへへ……おいしいって言ってもらって……あーんとかしてもらって……きゃー! そんな何気ない一幕が本当に萌えるわ! 尊さで昇天しそう!!


「うぇひひ……」

「………………」


 ひょいっ――


「あーピクニックも良いけど、乗馬とかは鉄板よね……あれの何が良いって、合法的に王子様に抱きしめてもらえたり、抱きしめられるところが……もうさいっこうよね……」

「……ふむ……なるほどな……」

「それでそれで、最初は王子様は意識していなかったけど、段々と抱きしめてる、抱きしめられてる事を意識し始めて、照れ始めるけど……バレたら恥ずかしいからなるべく顔に出さないようにして……王子様と同じようにバレないようにしてて……あ〜、いつもは穏やかでちょっとキザな王子様のこのギャップが最高過ぎる……!」


 あぁ~……捗るぅ……勉強を気にして読書も執筆も妄想も時間の制限があった数日前よりも、格段に楽しい……いくらでも出来るわ!


 まあ仕事があるから無制限ってわけじゃないけど、それでも遥かに素晴らしい環境ね!


「妄想最高……私の王子様素敵……これだけでパン五斤は食べれるわ!」

「さすがに五斤は食いすぎじゃないか?」

「えーそんな事……あれ?」


 普通に声をかけられたから答えたけど、私の近くに誰かいる? しかも手に持った原稿が……いつの間にかない!?


「あ、あれ!? 私の原稿……!」

「ここだ」

「あーっ! 私の原稿!! って……え?」


 いつの間にか私の後ろには、一人の男性が立っていた。身長は私よりも頭一つ以上は高く、黒くて短く揃えた髪に、髪色と同じ色の目をしている。


 無表情で私の方に向ける整った顔。それは……私の理想の王子様に瓜二つだったのだから。

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