第8話です 幽霊なんていないです

 どうやって図書室のパソコンから情報を入手しましょう。

 図書委員に立候補するのが一番合法的に情報を入手できるのでしょうけれど、さすがに非効率過ぎます。


 やはり非合法的な手段しかありませんか。

 ミッションインポッシブル?

 赤外線センサーをすり抜け、天井からワイヤーで忍び込みパソコンにアクセスするしかありませんね。

 

 冗談です。

 ならクラッキングですか?

 自慢じゃありませんが、私はそこまでコンピューターを熟知していませんから、クラッキングも現実的ではありません。

 

「早まったらあかんよ!」


「はい?」


 河井かわいふゆ、通称ふーちゃんは廊下の窓から、外の風景を見ていた私の背中を引っ張って床に押し倒し、ギューッと抱きしめました。

 いったい……何が起きたというのですか……?


「早まったらあかん……!」


「苦しいです……。何勘違いしているんですか?」


「飛び降りようとしとったんちゃうの?」


「どう飛躍させたらそんな考えに至るんですか……? 私はただ外を見ていただけですよ」


 キョトンと肩を落としているのを見ると、ボケているのではなく本当に私が飛び降りると勘違いしていたらしいです。


「すーちゃん最近、心ここにあらずって感じで、心配しとったんよ……」


「そんなにボーっとしていましたか?」


 ふーちゃんには似合わない深刻な顔でコクリとうなずきました。


「そうだったんですか……。心配させて申し訳ありません。最近、非合法的なことを考えていました」


「非合法的ってなに、もっと心配になるわ……」


 私は手短にここ半年間の経緯を説明しました。


「かくかくしかじか、そういうことがあったのです」


「へ~、書き込みね。つまり、誰が学校の本に落書きしているか知りたい、いうことか」


「まあ、落書きと言えば落書きですね」


「だけど、借りた人の名前が保存されているのは、パソコンの中」


「そういうことです。貸出人の名前を見せてくれないか、頼んだのですが断られました。ふーちゃん、クラッキングできますか?」


「うちを誰だと思っとん、できるわけないやん」


「ですね」


 しばらく二人そろって、遠くに見える青々とした山を眺めていると、「一つだけ、調べる方法があるよ」とふーちゃんが言いました。


「その方法とは?」


「うちが図書委員の気を引き付けとくから、その間に調べるんよ」


「いいアイデアです! 何分くらい時間を稼げそうですか?」


「うちのコミュ力舐めたらあかんで、十分や。十分なら時間を稼げる」


「たった十分ですかぁ……」


「そういうけどな、十分考えてみいな。まったく知らん人と十分話をするって結構厳しいで」


「ニ十分です。ニ十分稼いでください」


 私は両手をぐっぱぐっぱして懇願しました。


「無茶言うな……」


「無茶じゃありません。ふーちゃんならできます。大親友である私が言うのですから」


「そ、そうか。わかった……。ニ十分やで。それ以上は稼げんよ」


 ミッションインポッシブルみたいになってきました。

 防犯カメラがないことはすでに確認済み。

 言っておきますが、これは犯罪行為ですから良い子は絶対に真似しないでください。


 もし見つかってしまえば、私のイメージは終わりです。

 大事に聞こえませんが、私は命かけてます。

 できるだけ利用者の少ないときを待ちました。


 そして図書委員が一人だけのときです。

 それまで適当な本を読みながら、待っていると運がいいことにそのときはすぐにやって来たのです。


 利用者がみんな帰り、図書委員は本の整理をしています。

 ふーちゃんは「借りたい本があるんですけど」と適当な理由を付けて、図書委員の注意を引き付けました。


 そのまま本棚の陰に連れ込みます。

 私はその隙を見のがさず、受付に侵入してパソコンと向かい合いました。

 電源はついていますが、どうやって調べたらいいのかわかりません……。


 早くしなければ……。

 ふーちゃんにはニ十分と言っていますが、十五分には終わらせなければ。

 画面を名探偵さながらに観察していると、『タイトル・著者名』という検索機能があることに気が付きました。


 そこに以前借りた本のタイトルを打ち込むと、貸出中、貸出なしというマークのついた画面が現れました。

 そこには過去数年その本を借りた人の名前が名簿形式で連なっています。


 咲村すみれという私の名前も名簿の一番下の方に記されていました。

 間違いありません、これです。

 私の名前よりも前に記されている名前の人を絞るのです。


 数冊書き込みのあった本を検索して、同じ名前の人がいないか絞っていきます。

 調べていくと知り合いの名前もちらほら見つけました。

 名鳥くんの名前と、名鳥くんと仲のいい愛染蓮という男の子の名前もあります。

 

 愛染くんともよく話をしますが、彼も本を読んでいるのですね。

 こうしていると、他人の秘密を暴いているようで罪悪感に苛まれます……。

 ですが、調べるためには仕方ないことなのです(開き直っています)。


 どの本も過去三年前の記録しかありません。

 もう少し調べたいところですが、もうすぐニ十分になるので私はホーム画面に戻して、何食わぬ顔で受付を抜けました。

 こういうとき慌てたら返って怪しまれるのです。

 

 私が椅子に座ると同時に、ふーちゃんと図書委員が帰って来ました。

 ギリセーフ。

 本当にくどいようですが、良い子は絶対に真似してはいけませんよ。

 これはれっきとした犯罪行為ですから。


「お疲れ様です」


「ど、どうやった……」


 ふーちゃんは数冊の分厚い海外児童ファンタジー書を、両手で抱えていました。

 どうやら時間を稼ぐために、名前を知っている海外児童書のありかを手当たり次第訊いていたのでしょう。

 

「すべてを調べた訳ではありませんが、数人だけ複数、借りた本がかぶっている人はいました。けれど、書き込みした人は見つかりませんでした」


「どうしてわかるん?」


「すべてに同じ人の名前が書かれていないとおかしいじゃないですか。だって、私が借りた本すべてに書き込だけど、三、四十冊以上調べましたが、どれも名前のかぶりはほとんどありませんでした」


「ああ、確かにそうか……」


 ふーちゃんはガッカリと肩を落としました。


「また今度、もう一度挑戦してみる?」


「いえ、もういいです」


「ええの……」


 褒められたものではないでしょうけれど、私のためにこんな犯罪まがい(犯罪です)なことに手を染めてくれたのです。

 これ以上私のために手を汚してほしくない。

 私はいったい何様なのでしょうか?

 

「ふーちゃんが落ち込むことはありません。私のわがままで、こんなことに付き合わせてしまって本当にごめんなさい。ふーちゃんに犯罪歴を付けてしまいました……」


「いや、そこまで大事にはなってへんけどね……」


「ふーちゃん今日は、ありがとうございました」


「いいってことよ。すーちゃんとうちの仲やない」


「ふーちゃんも何か手伝って欲しいことがあったら私に相談してくださいね。犯罪まがいのことでも手伝いますから」


「すーちゃん、意外とぶっ飛んでるよね……」


 調べたはいいものの、落書き魔の名前がありませんでした。

 これはいったいどういうことでしょうか?

 幽霊? そんな馬鹿な……。

 謎は余計に深まるばかり――。

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