第15話 徹夜と睡眠と寝言


「徹夜するつもり?」


 ユリアの仲間に対する気持ちは痛い程分かる。

 だけど、世の中そんなに甘くない。

 誰かを救うと言う事はそれ相応の努力と覚悟がいる。

 ユリアは怒るだろう。

 でも、ここで嫌われても後十三時間もすればもう会う事もないだろう。

 だったらもういいか。

 その……なんだ。

 大きくてとても柔らかいであろうメロンを触らずしてお別れは正直辛いが。

 ここは我慢……。


「悪いけどもう宿には戻らない。と思う。どう考えても残り時間が少なすぎるからね。寝てる暇は残念ながらないだろうし。だからもう俺の事は気にしなくていいよ。今までありがとう。さようなら」


「いい加減にして! 何で皆私の気持ちを考えてくれないのよ?」


 世界は誰かの為に優しくなんてない。

 現実は非情である。

 と、元居た世界の偉人が言っていた気がする。


「考えているさ! ユリアの気持ちもマリアの気持ちも。だからだよ! お前達二人には幸せになって欲しいからここまでするんだよ! マリアとユリアには俺と同じ後悔をして欲しくない。あの時、こうしていればとか思って欲しくない。何よりマリアには幸せになって欲しいからだよ!」


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 あぁ、バカな事を言ったな。まさかここまでよくしてくれた女の子相手に本気で怒鳴るなんて本当にバカな事をした。言い終わってから、気づいた。ユリアの怯えた顔を見て気づくなんて本当にどうしようもない奴だ。


「ごめん」


 謝っても許して貰えないよな。


「……何でそこまでマリアの為に動くの?」


 怯えた顔で聞いてくるユリアを見てやはり後悔しかなかった。


「元居た世界で妹がいたんだ。でも妹はある日交通事故で死んだ。その妹にマリアが似ているんだよ」


「妹がいたの?」


「うん。いたよ。二年前に死んだけど」


「何かゴメン……」


 ユリアが蓮心を申し訳なさそうに見る。


「気にしないで。それより早く帰って寝た方がいいよ。明日も仕事でしょ?」


「……休み」


「あっ…休みなんだ」


 人の気遣いを無駄にするユリア。

 それ以前にとてつもなく気まずい。

 ここは嘘でも「うん」と言って欲しかったが人生そんなに上手くはいかないらしい。

 二人の間に沈黙が訪れる。

 月明かりに照らされている事からお互いの顔がよく見える。

 どうやらユリアもどうしていいか困っているように見えた。

 とりあえず気休めの意味も込めて、手に持っていた本を開き読むことにした。


「大丈夫だから安心して」


 何の気休めにもならない言葉を呟く。

 ユリアが背負う事は何もない。

 これは俺が背負うべき罰であり役目である。だから今は今やるべき事をする。

 しばらく黙って本を読み続けていると先ほどからチラチラとユリアの視線がこちらに向けられている事に気づいた。最初は気のせいかと思ったがどうやらそうでもないみたいだ。視線が重なる。


「ねぇ?」


「うん?」


「本当に徹夜するの?」


「うん」


 ユリアがまるで子供のように口を尖らせる。


「なに?」


「暇」


 知らん。そもそも帰っていいと言っても帰らない人間に何をしろと言えば正解なのかが分からない。おっぱいか!? おっぱいなのか!? たわわを揉めばいいのか!? すると、ユリアが椅子を持って隣に来る。これはもしやそうゆうことか! 確かに気休めに一時の快楽と頭のリフレッシュは必要なのかもしれない。


「よいしょ」


「…………ゴクリ」


「何で私を見てるの?」


「いや、……違うの?」


「ん? それより本読まないの?」


「あっ……いや読みます……けど……」


 微笑むユリアにどうしていいか分からず、とりあえず本を読むことにする。

 てっきり誘っているのかと思ったがどうやら違うらしい。

 残念。

 先ほどとは違い至近距離からずっと顔を見られている。

 流石に意識しなくても可愛い女の子からの視線を完全に無視する事は不可能だった。本の内容がしっかりと入ってくるギリギリのラインで集中し残りはユリアに向ける。

 我ながら器用な事をしているなと言う自覚は合った。

『スキル獲得:偉人の型(魔法剣士)』

 このままスキル一覧から装備までしておく。


 その時ある事に気づく。


 今まで使っていた魔法にはない項目が下の方に合った。


『スキル獲得:偉人の型(魔法剣士)熟練度0』


 と、あり熟練度が何を現しているのかが全く分からなかった。

 そのままヘルプを見る。

 熟練度とは使えば使う程レベルが上がり強くなっていく魔法に存在する物らしい。ゲームで言うダメージが固定された魔法ではなくレベルここでは熟練度によって強さが変わる魔法と言う事だろう。まだ熟練度がない状態でも達人の型と同じぐらいの強さが合った。これはありがたい。ゲーマーからしたら何処か心が揺さぶられるシステムだ。


「どうしたの?」


「え?」


「急にニヤニヤしてどうしたのって聞いているの?」


 顔を近づけ聞いてくるユリアに不覚にもドキドキしてしまう。二人の顔と顔が後少しで唇が触れ合う距離にまで縮まる。ユリアは身体をこっちに近づけ目を真っ直ぐに見てくる。


「な、なにもないけど」


 流石にこの状況でスキルを獲得したとは言えない。

 下手に言えば説明を求められる。

 さっきも言ったがこれに関しては説明するのが面倒くさい。


「もしかして、私の身体を見ていやらしい事でも考えてたんじゃないの?」


「違います!」


 即答する。

 ここで戸惑ったり慌てては余計な誤解を与える可能性がある。

 本当は「はい!」と答えたかった……。

 だって俺も男の子だもん……。

 すると、急に腹部に痛みを覚える。


「いたい、いたいったい……いたぁい」


 腹部を見ると、ユリアが抓っていた。

 どうして抓られたのかがよく分からなかったがまずはユリアの手を掴み離す事にした。


「何で即答するの。ってかそこまで否定しなくてもいいじゃない!」


「す、すみません」


 完全にユリアのペースで話しが進む。

 悪くないはずなのに何故か怒られてしまいそのまま謝ってしまった。

 即答すればそれはそれで女性として見ていないと誤解を与える事を学習した。

 世の中本当にバランスが大事だと思った。

 でもあそこで「はい」って返事したらしたで嫌われたり、変態扱いされていたと思う。世の中って難しい。


「それで何でニヤニヤしてたの?」


 話が戻った。これはこれで困った。

 嘘でもユリアの身体を見てニヤニヤしたとは言いたくない。もしそんな事をすれば腹部にもう一度痛みを覚える事になりそうな気がした。


「何か嬉しくて。知識として色々な事が知れるのが」


「ふぅ~ん」


 唇と唇が振れるかもしれない距離から顔を離すユリアの顔は疑いの目だった。

 まぁ嘘はついていないので問題はないはずだと信じる事にする。

 流石に疲れているのかユリアが大きなアクビをする。


「眠いの?」


「……うん」


「寝ていいよ」


「何処にも行かない?」


 カルロスの手によって仲間が死んだと言う事実が仲間と離れる事に対して過度な心配を与えているように見えた。そう考えるとマリアだけでなくユリアにもかなり大きい精神的なダメージがあるのだと思った。それは今のユリアの顔を見れば何となくだったがわかった。


「あぁ。本を探しに少しウロウロはするかもだけど此処にはいる」


「本当に?」


「うん」


 心配そうにこちらを見るユリア。


「約束出来る?」


「約束する」


 すると、微笑んでくれた。やっぱりユリアは笑顔の方が可愛い。

 そのままユリアは机に伏せて気持ちよさそうに寝る。


「お休み」


 声が聞こえたかは分からなかったがどうやら信じて貰えたらしい。色々と合ったがこれはこれで良かったのかも知れない。熱のせいか少し頭がボッーとするが気合いを入れて本の続きを読む。マリアだけでなくユリアの為にも頑張らなければいけないと思った。


「マリア……逃げて……」


 ユリアの寝言が聞こえて来た。。


「えっ?」


 目から涙を流しながら何度も何度もその言葉を発する。試しに隣にいるユリアの頭を撫でると少しだったが苦しそうな表情が和らいだ。毎日この苦しみと一人戦っているのかと思うととても胸が痛くなった。


「さっきは怒鳴って本当にゴメンね。もうちょっとだけ待ってて」


 ユリアにそう言って、ひたすら本を読み続けた。

 数時間が経ち朝日が昇り出す時間になると途中から身体が怠くなってきた。どうやら無理し過ぎたらしい。しまいには頭まで限界に来たのか思考が上手く働かなった。隣を見ればユリアが気持ちよさそうに寝ていた。視界にある任務開始までの時間を見ると後五時間三十七分だった。これ以上は無理しても逆効果になると判断し軽く睡眠を取り身体の調子を整えてからカルロスとの決着をつけに行く事にする。

 そのまま目を閉じ、机にうつ伏せてユリアの隣で一緒に寝る。


 深い暗闇に意識が落ちる直前思った。

 寝込みになら揉んでもバレなかったのではないか……と。

 あー失敗した……無念。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る