第14話 滑った口



『スキル獲得:初等魔法』


 読みは当たった。

 カルロスは剣士、ユリアも剣士そしてその二人の実力差は今朝の一件から考えればそこまで大きくはないはずだ。なのに同じ魔法を使った蓮心とカルロスの実力差はかなり合った。たった一回剣を交えただけでそれを悟ってしまった。そしてアリエルたちが言っていたようにそれは周りから見てもそうだったのかもしれない。


『スキル獲得:初等魔法改』


 確信があれば気が楽だった。

 集中して本を読み続ける。


 魔法剣士には魔法剣士の魔法があるはず。

 ただ魔法剣士は魔法使いと剣士両方の特性を持っているのでどちらの魔法も使える。だがその性能を百パーセント引き出せるかと言われればそうじゃない。それならわざわざ職業をわける必要などない。

 剣士には剣士、魔法使いには魔法使いにしか使えない魔法があるからわざわざわけているのだと考えれば全てに納得がいく。

 この考えた方を正しい物だとするならば魔法剣士には魔法剣士専用の魔法があると考えるのが一番しっくりとくる。


『スキル獲得:中等魔法』

『スキル獲得:中等魔法改』


 この勢いを大切にして本を読んでいく。何故かは分からないが成長している実感が視界に出現するウインドウを見てわかるので本を読むことがつい楽しいと思ってしまった。この感情は生まれて初めての感情だった。相変わらずのチートだとはやっぱり内心思うが……。


『スキル獲得:上等魔法』

『スキル獲得:上等魔法改』


 気付いたら微笑みながら本を読んでいた。それぐらいまでに楽しいと思ってしまった。人間は何かに対して成長した時に喜びを感じる生き物であると聞いた事がある。正にその通りだと思ってしまった。この世界でなら何でも出来る気がしてしまった。それぐらいまでに成長とかそうゆう次元を超えていた


「あぁ……そうゆう事か」


「どうしたの?」


「いや、この世界なら何でも出来る、そうゆう気持ちに今なった。つまりカルロスもそう思ったのかなって」


「もしかして、カルロスを許すとか言うんじゃないでしょうね?」


 ユリアの言葉には沢山の棘が合った。

 まるで、カルロスを許すなら蓮心は敵だと言わんばかりの気迫に一瞬飲み込まれそうになる。


「そうじゃない。それとこれとは話しが別だ。ただこれは現実世界で合ってそうじゃない。ならその世界に自分が染まる事で対応していかなければならない。人間はそれが可能な生き物だ。だから人間はここまで繁栄し生き残っている」


 ただの高校生がこんな事を思うかと言われれば多分思わないだろう。元いた世界で過去に妹が飲酒運転のトラックにはねられ死んだ。

 その時。一度世界に絶望し大切な者を失ったからこそ自分が見ていた世界はあくまでその断片にしか過ぎなかったのだと時が経って気づいた。

 これが蓮心の見ている世界の在り方で考え方でもある。

 情報が足りないなら情報を集め、色々な方向から見る、口で言うのは簡単だが実際にするのは難しい。


「何が言いたいの?」


「感覚の修正だよ。それをしないといつかカルロスと同じように俺も過ちを侵す事になるかもしれない」


「そう。ならいいけど」


 どうやらカルロスを許すわけではないと知ってユリアが安心したように見えた。どの世界でも安易に人を殺してはダメだ。生物には必ず命があり一生懸命皆が生きているのだから。だとすると、俺の隕石落としは……いやこの話しは今度ゆっくりと考えよう。


『スキル獲得:魔法剣士の型(魔法剣士)』


 本を読みながらもユリアとの会話を続ける。

 まぁ、慣れれば同時に二つの事をする事も簡単である。


「ってか本を読んで強くなれるの?」


「なれる」


 ユリアの疑いの目がこちらに向けられる。


『EX(エクストラ)固有スキル:模倣』については誰にも言ってないのでユリアの反応が普通である。今のユリアになら話しても良さそうだが、正直説明が面倒くさいのでとりあえず嘘は付かず適当に言っておくことにする。


「時に知識は力となる」


「意味が分からない」


 まぁ、それはそうだろう。

 言った本人ですらこれは失敗したかなと思っているレベルである。


「要するに今はこれでいいんだよ」


「そう……」


 そのまま本を読み続ける。どうやらこれ以上の会話は必要ないと思われたのかユリアが少し離れた椅子に座ってうつ伏せこちらを見てきた。ユリアの視線が気になったが早く読めと目で言われている気がしたのでとりあえず一旦無視する。この位置関係だと綺麗なユリアの顔がチラ見限定で見放題。正に眼福だな。にししっ~。


『スキル獲得:達人の型(魔法剣士)』


 来た! ようやく待っていた魔法が来た。少なくとも剣での勝負はこれで互角になるはずだ。このままスキル一覧から装備までしておく。本棚を見るとまだまだ沢山の本があり、気が遠くなった。ため息を吐きながらも次の本を読もうとした時、声が聞こえて来た。


「ちょっと待って! いつまで読むつもりよ?」


 ユリアの疲れ切った声が聞こえて来た。

 その言葉にもう一回本棚に視線を向けて今から読む本の量を確認する。


「一、二、三、……七、八、……十一、十二……」


「ふざけないで。付き合うこっちの身にもなりなさい。それ以前に蓮心の言う三時間ですらとっくにオーバーしてるのよ!」


 とりあえず、まずは状況を整理しよう。

 任務開始までの時間を見ると残り十五時間を切っていた。つまり三時間と言う時間の枠組みはとっくにオーバーしており、ユリアはいつ終わるか分からない蓮心の読書に黙って付き合ってくれていたのだと判断する。


 ここまで来たら時間の許す限り本を読んで魔法を獲得して、少しでもカルロスを倒せる確率を上げた方が賢明だろう。最初は……というか今も成り行きの部分がかなり大きいが助けると約束したからにはできる限りのことは人としてやってあげたいと思う。


「ちなみに此処って二十四時間営業?」


「コンビニ感覚で言わないで!」


「なら何時閉店?」


「ここはスーパーじゃない! はぁ……二十四時間よ」


 ユリアがため息を吐きながら教えてくれた。

 二十四時間なら丁度良かった。


「お願いがあるんだけど?」


 その言葉にユリアの視線が急に冷たくなる。


「今度はなに?」


 やばっ……。

 マジで怒ってるような気しかしないんだけど……。

 とりあえず恐る恐る聞いてみる。


「つ、追加で後三時間だけ権限委託して欲しいのですがユリアさんいかがでしょうか?」


 大聖堂の壁にある時計を見ると夜の二十二時過ぎだった。

 そして任務開始までの時間が残り十三時間弱でユリアの権限を使えるのが後十時間弱。任務開始まで足りない三時間がどうしても欲しかった。


「なんで?」


 内心やっぱり怒っているのか言葉に少し棘がある。


「本を読みたいからです……」


「ばか。そんなに無理したら身体を壊す。今日は帰るわよ」


 どうやら、心配をしてくれていたらしい。だけど、今の俺ではやはり勝てる確証がない。何とか達人の型を使えるようになったってだけで勝率はどんなに良く考えても五十%あるかないかだ。そんな〇か×みたいな事にマリアの人生を掛ける事は出来なかった。少なくとも逆の立場ならそんな博打みたいな賭けはして欲しくない。人の人生をなんだと思ってるんだ! と多分ガチで言ってしまうから。


「なら後もう少ししたら帰るよ。それと今日はありがとう。先に帰ってていいから」


 追加での権限委託は無理そうなので諦める事にする。

 とりあえず、ユリアから昨日貰った権限が使える時間一杯はここで本を読むことにする。


「何でそこまで頑張るの?」


「マリアの人生を変えたいから」


「なら仮にカルロスを倒したらどうするの?」


「決まってる。マリアとは結婚はしない。それで俺はこの世界を脱出する為の手段を探す旅に出る……かな」


「もしかして、一人で行くの?」


「うん。俺の都合に誰かを巻き込めないからね。それにマリアが戻ってくればユリアとしても問題ないでしょ? だったらそれでいいと思うけど?」


 その時、ユリアの表情が曇る。

 何処か寂しそうな顔をこちらに向けて来たが正直言ってこちらが感謝をする事は合ってもユリアがこちらに何か思う事はないはずだった。あくまで蓮心と言う人間が動いている理由はマリアの頼みを引き受けたからである。

 現にユリアの願いはマリアが戻ってくることだった。

 なのに何故そんな顔をするのかが分からなかった。


「大丈夫よ。マリアだって分かってくれる。だから全てが終わってもこのままずっと一緒にいましょ」


「そうだね……。まぁ考えはみるよ」


「てか蓮心の顔赤くない? 熱あるんじゃないの?」


 確かに言われて見れば身体が怠い。引きこもりが急に異世界という名のゲームの世界で魔法やら剣を使い戦闘を行った反動が来ているのかもしれない。ここは現実世界とあまり変わらないんだな。

 全くもって不便だ。

 どうせなら丈夫な身体にしてくれても良かったのではないかと思ってしまった。


「大丈夫だから。そんな顔しないで。後、十三時間もしたら全てが解決するから」


 それにしてもユリアは何だかんだ人の事を見ているんだな。

 熱なんて物は全てが終わってから考えればいい。

 今はマリアの人生を救う事が一番大事なのだから。

 

「もう! このわからず屋! いいから。今日は帰るわよ。ほら立って!」


 ユリアが強引に腕を引っ張る。


「ねぇ? ユリアは俺の体調とマリアの人生のどちらを選ぶ?」


「そんなの選べない! 私はもう大切な仲間が苦労し、死んでいく所を見たくない! だから、今は休んで!」


 そうゆう事か。

 ユリアの中で蓮心と言う転移者はユリアを救う可能性がある者ではなく大切な仲間になっていたのか。きっとユリアの沢山の思いや感情、過去の後悔と言った物が混ざり合って今のユリアを作っているのだろう。だったら俺が今言うべき言葉はなんだろうか……少し考えてから。


「大丈夫。俺は死なないから」


 と、作り笑顔で答えてみた。


「体調不良でカルロスと戦って生きていられる保証なんて何処にもないじゃない! ただでさえカルロスは強いのよ!」


 静かな夜の大聖堂にユリアの声が響く。

 窓から入ってくる月明かりが二人を照らす。


「あぁ。だからたったの一%かもしれない。だけど、その一%を今から取りに行くんだよ。本を読むことでそれが出来るとわかっているならやるしかないじゃないか。俺の苦労は長くても後十三時間で終わる。だけど、俺が失敗すればマリアの人生全てが苦労で埋め尽くされる。それだけはダメだ。って俺は思うんだけどどうかな?」


 ユリアの目を見て自身の思いを伝える。

 いつも通りの口調で。


「それはそうだけど……」


 ユリアは本当に仲間思いの優しい女の子だなと思った。

 それはモテるよね。

 整った顔立ちに大きな胸とくびれがしっかりとある腰に引き締まったお尻。

 女として持てる最高の武器を全て兼ね備えているではないか。

 

「だからユリアは安心していいよ。後は俺の役目だから」


 流石に夜の大聖堂に男と女が二人と言うのもどうかと思う。ユリアは一言で言うと美人。そんな女の子が夜に合って間もない男と一緒に夜を過ごすのは色々とダメだと思う。それにほら急に優しくしてくるもんだから、そのなんだ。息子が勘違いを初めてしまったではないか。家は家、急用の為のベッドはベッドでもその……なんだ、夜のベッドと。


「なに? 一人帰って、寝ていいって言いたいの?」


 なんかまだ怒ってる……。

 なんでだろう。


「うん。ユリアまで徹夜する必要はないから」


 ……しまった。

 つい口が滑ってさっき「もう少しだけ」とか言っておきながら「徹夜する」と言ってしまった。自覚があるだけまだマシなのかユリアの表情が怖くなる。

 もう夜のベッドに誘って全てうやむやにして寝ちゃおうかな……。

 聖剣よ、初仕事は近いかもしれないぞ。



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