第7話 獣神の心得

 

 四人の魔王のレベル上げを行った一月後。

 ワシは今、ココンを連れて森の深部に向かって歩いている。

 本当は空間移動を使えばあっという間なのじゃが、たまには散歩がてら歩くのも悪くない。

 それにもし帰りが遅くなるようならその時に空間移動を使えばよいだけじゃ。

 そして、何故ワシ達は森の深部に向かっているのか。

 それはココンのスキルに関係する。

 実はココン。

 つい先日、とあるスキルを発現させたのじゃ。

 そのスキルの名は『獣神の心得』。

 獣人族だけが覚えられるスキルなのじゃが、これはその中でも希少中の希少。

 全獣人族の中でただ一人だけしか発現させることが出来ん。

 故に特別な効果があるのじゃ。

 どんな効果があるのかって?

 フフン。

 実はの、このスキル。

 極めることができれば獣の神、獣神になれるスキルなのじゃ。

 つまり・・・

 努力を怠りさえしなければココンは神になれるということじゃ。

 しかし勿論そう簡単ではない。

 レベルは最低でも2000は必要じゃし、『洗礼の水』で常に身を清めていなければならないのじゃ。

 ココンの今のレベルは150程度。

 まだまだ神になるだけの実力は伴っていない。

 なのでまずは手始めに、身を清めるところから始めさせるというわけじゃ。

 ここまで言えばもうわかると思うが、森の深部に向かっている理由は『洗礼の水』を汲みにいくためなのじゃ。

「魔女様。どこまで行くのでしょうか。」

 まだ正午前じゃというのに薄暗い、日を遮る木々の傘の中を歩いているうちに段々と不安になってきたのじゃろう。

 まあわからんでもないがの。

 何と言ってもこの森は高レベルの魔物の巣窟じゃ。

 ワシがおるから襲ってこんだけでココン一人では格好の獲物になってしまうじゃろう。

 ほれ、見てみろ。

 そこかしこの木の影からレベル1200~1500程度の魔物がこちらを見ておるわ。

「そう不安がるな。もうそろそろ着くでの。」

 そう言ってワシはココンと手を繋ぐ。

 ピクッと身体が動くのがわかった。

 そして顔を紅潮させ、安心した顔を見せる。

 ふむ。

 本来ならココンにも『均衡の森の魔女の加護』を付与してやりたかったが、もう定員オーバーで無理なのじゃ。

 なので過保護過ぎるかもしれんが、ココン達にはワシの防御魔法がかかっている。

 この森に住む魔物すらココン達に致命傷を負わせることは難しいじゃろう。

 しかしそれでも油断は出来ぬ。

 ということでココン達とライグリ達には更に全ステータス向上の支援魔法も上乗せしてかけていたりする。

 それでもこの森の魔物に負けることは無くとも勝つことも出来んからな。

 じゃからこうして森の中を歩くときには、なるべくワシが近くにいるようにしておるのじゃ。

 おっ。

 そうこうしておる内に見えてきたぞ。

 森の中でも珍しい、少し拓けた空間。

 そこだけは鬱蒼とした木々の影が少なく、日の光が幻想的に降り注いでいる。

 ここが目的地、元祖『洗礼の泉』じゃ。

「キレイ・・・」

 感嘆の声を洩らすココン。

 そうじゃな。

 いつ来ても優麗な泉じゃ。

 因みに何故ここが元祖かというと、洗礼の泉は世界の至るところに存在しておるのじゃ。

 そしてここがその最初に現れた泉。

 この泉から涌き出た水が地中を通り、それぞれの場所に流れておるのじゃ。

 従ってこの泉の清らかさは他の泉と比べると、圧倒的に澄んでいる。

 ここの水を使えば身体を清める効果も桁違いというわけじゃ。

 何年も『洗礼の水』で身体を清めなくてはならんからの。

 他の泉の水じゃと10年以上は清めねばならんが、この泉の水を使えば1年程で済む。

 なので大体それくらいの水を持ち帰ればいいのじゃ。

 ワシの異空間収納ならば容易にそれが出来るからの。

 じゃが、もしかしたらここの水の浄化濃度が高過ぎてココンの肌に合わんかもしれん。

 一先ずこの場でココンに水浴びをしてもらおうと思い、本人を連れてきたわけじゃ。

「ココンや、服を脱げ。」

「ひゃい!?」

 ワシの指示に、変な声を出すココン。

 何じゃ?

 そんなに変なことを言ったか?

 ああ、そうか。

 確かに最近冷え込んできたし、流石に寒いか。

 ならば・・・

「おお、そうじゃな。すまんすまん。ちと待っておれ。」

 ワシは土魔法とクラフトスキルを駆使して簡易的な浴槽を作り、その中に泉の水を入れて火魔法で適温まで沸かした。

 これならば躊躇することなく泉の水に入れるじゃろう。

「ほれ、準備は出来たでの。早う服を脱げ。」

 ワシは再度ココンを促す。

 しかし・・・

「いや・・・でも・・・」

 未だ服を脱ぐことを渋るココン。

 ん?

 まだ何かあるのか?

 う~む・・・

 ・・・なるほどの。

 周りにいる魔物達の視線が気になるのじゃな?

 魔物達の中には雄もいるからの。

 いくら魔物とはいえ、異性の目は気になるかもしれん。

「よし、ちょっと待っておれ。」

 ワシは視線遮断機能付きの結界を周囲に張った。

 これならばこの周辺にいるワシ以外の生き物にはココンの裸体は見れん。

 今度こそ大丈夫じゃろう。

 じゃがまだココンはモジモジしておる。

「ん?どうした。そなたが気にしていた問題は解決したぞ?他に何かあるのか?」

 ココンは一体何を気にしておるんじゃ。

 直接聞かねばもうわからん。

 観念したかのように、ゆっくりとワシの顔を見ながら問題となっていることを話すココン。

「その・・・魔女様にあたしの裸を見られるのが・・・恥ずかしいです。」

 顔を真っ赤にして、ココンは直ぐに下を向いてしまった。

 ?

 どういうことじゃ?

 女同士じゃぞ?

 それにワシはアオイと違って変な視線を向けることもない。

 なのに何故そこまで恥ずかしがるのか。

 う~む・・・

 わからんのう。

 するとココンはその理由を語り始めた。

「あたしは・・・魔女様をお慕いしております。だから・・・好きな人の前で・・・裸体を晒すのに抵抗があるんです。」

 ワシに視線を合わせることなくそう言うココン。

 ふむ。

 ワシはココンに好かれておったのか。

 可愛らしいことを言うのう。

 このような可愛らしい女子おなごに好いてもらえるのは悪い気せんの。

 きっとココンのそれはアオイがワシに向ける感情とは違うものじゃと思うがの。

 しかしそういう理由があるというなら・・・

「つまり全裸でなければよいのじゃな。わかった。任せるがよい。」

 ワシは指をパチンと鳴らし、ココンの服装を変えた。

 驚くココン。

 急に布の面積が減ればそりゃあ驚くわな。

 今のココンの格好は、可愛らしい水着姿じゃ。

「どうじゃ?これならばさほど抵抗なく湯にはいれるじゃろ?」

 優しくココンに微笑んで見せるワシ。

 それを見て、やはり視線を逸らしてしまうココン。

 ふむ。

 これでも恥ずかしいのかのう。

 とても可愛らしいと思うのじゃが・・・

「あの・・・魔女様も一緒に入りませんか・・・いや!すみません!忘れてください!」

 言ってはみたものの、慌てて取り消しの言葉を並べ立てるココン。

 ふ~む・・・

 仕方ないのう。

 このままだといつ入ってくれるかわからんからな。

 再度指をパチンと鳴らし、今度はワシ自身が水着姿になった。

「ほれ、とっとと入るぞ。」

 ポーっとワシの水着姿を見ているココンの前を通り過ぎ、浴槽に足を入れる。

 うむ。

 良い湯加減じゃ。

 広さも十分広く作ったし、二人でも余裕で入れるじゃろう。

「早くそなたも入らんか。風邪をひくぞ。」

 いつまでも水着姿のまま湯船にも入らずにいたら身体が冷えてしまうからの。

 それにこっちから誘わなんならいつまで経っても入らんかもしれん。

「は、はい!・・・失礼します。」

 ココンは湯船まで近寄ってくると、恐る恐る片足を上げ、縁を跨ぎ、お湯に入っていく。

「ハフゥ・・・」

 至福の声を出すココン。

 そして対面のワシに目が合うと、のぼせたように顔を真っ赤にさせた。

「あまり・・・見ないでください・・・」

 ボソリとそう言い、ココンは背中を向けてしまう。

 全く・・・

 とんでもなく恥ずかしがりやじゃのう。

 どれどれ・・・

 ちょっと意地悪してやろうか。

 ワシは不意にココンを後ろから引き寄せる。

 そして開いたワシの足の間に座らせ必着した。

「わわわ!魔女様!これはいけないです!」

 こちらからはココンの顔が見えないが、おそらくかなり慌てた顔をしておることじゃろう。

 フフッ。

 実に可愛い女子おなごじゃのう。

 キサラム達同様、ワシの娘にしたくなってしまうわ。

 でもまあよいか。

 こうしてのんびり同じ時間を過ごせるだけでも心落ち着くしの。

 それに、たまにはこうして露天風呂に浸かるのも悪くない。

 アオイ達が帰ってきたら皆で来ようかの。

 ・・・ん?

 先程までワシの足に挟まれ、胸に背中をあずけ、モジモジしておったココンがやけに大人しくなったのう。

 ん?

 何か言っておるな。

「こうして一緒にお風呂に入れるんなら裸でもよかったかも・・・魔女様と裸の付き合いが出来たのに・・・魔女様の裸・・・ああ、想像しただけでヤバい・・・勿体無いことしちゃったかな・・・」

 ブツブツ言っておるため良くは聞こえなかったが、端々は聞き取れたぞ?

 ・・・

 やれやれ。

 何を言っておるんじゃ。

 どうにもココンはアオイに似てきたな。

 狂気的なところも、破壊的なところも、ましてやワシを見る目までもが似てくるとは・・・

 アオイの影響力は凄いのう。

 勿論悪い意味でじゃが。

 フゥ・・・

 さて、もう少し浸かったら上がるとするか。

 お?

 ちょっと待て。

 何じゃこの気配は。

 周りに魔物が集まって来ておるぞ?

 まあワシに襲いかかってくることは有り得んが、ちと数が多すぎるのう。

 もしや・・・

 ワシは『獣神の心得』の能力を思い出した。

 そうなのじゃ。

 獣神とは獣の神。

 神の一歩手前であるスキル所持者の気分の高揚次第で獣に何らかの影響を与えてしまうのじゃ。

 つまりこの魔物達は、いや、魔獣達はココンの今の気分に同調して集まったということ。

 じゃがそれがどういった意味で集まったのかはわからん。

 敵意は感じられんが・・・

 まさか・・・

 この風呂に入りたいのか?

 いや、そんなわけないか。

 ・・・

 一応確認してみるかの。

 ワシはスキル『世界眼』を使い、正面のココンの顔を確認した。

 これは・・・

 何というだらしない顔じゃ。

 全身の力が抜け、心身ともに湯を堪能しておる。

 思考も定まっておらんのだろう。

 じゃから感情だけが身体の外に滲み出て、魔獣達に影響を与えてしまったのじゃないか?

 獣神の力。

 恐ろしいものじゃわい。

 しかし・・・

 このままではいかんのう。

 ワシ達が帰った後、魔獣達がこの泉に押し寄せてしまうかもしれん。

 まあそうならんように結界を張って帰るつもりじゃが・・・

 風呂に入りたがっておる魔獣達が可哀想じゃのう。

 ・・・

 はぁ・・・

 仕方無い。

 ワシは土魔法と水魔法、そして火魔法とクラフトスキルを使ってこことは別の場所に大浴場を作ってやった。

 この泉から少し離れておるが森の中じゃし、外界に影響は無いじゃろう。

 それに水脈はここから延びている一本を使っておるし、効能はこの風呂と然程変わらん。

 これで魔獣達はこの場から離れていくはずじゃ。

 ほれ。

 やはりそうじゃった。

 新しく出来た浴場の気配を察知したのじゃろう。

 魔獣達の気配が遠退いていくぞ。

 フゥ・・・

 これでやっと何の気なしに風呂に浸かれるの。

 穏やかな時間が流れる。

 木々の隙間から見える空には大型の魔獣が優雅に飛び、小型の魔獣を補食しておる。

 この森では当たり前に見れる光景。

 しかし心穏やかじゃとまた見え方が違くなってくるの。

 小型の魔獣に同情してしまうワシがいる。

 ものの見方は心の状態で変わっていくものじゃな。

 ・・・

 ・・・

 しっかり暖まったの。

 どれ、そろそろ帰るとするか。

「ココンや、もうそろそろ帰るぞ・・・ん?ココンや?」

 声をかけるが返答がない。

 どうしたのかの?

 ・・・

 ワシ達が風呂に入ってどれくらいの時間が経った?

 一時間か二時間か・・・

 ・・・

 いかん!

 こりゃ完全にのぼせておるぞ!

 ワシは急いでココンの身体をこちらに向ける。

 こりゃダメじゃ。

 目を回しておる。

 ココンを湯船から上げると、異空間収納からベッドを取り出しそこに寝かせた。

 フゥ・・・

 まあこのまま少し横にさせておれば回復するじゃろう。

 回復魔法で治してやってもよいが、それではこの泉にココンが合っていたかどうかわからん。

 経過を見て判定しなくてはの。

 肌荒れはしておらんな。

 魔力も乱れておらん。

 血色も良い。

 長く浸からせていただけで、正面から顔を見たあの時は全然問題なかった。

 あれは風呂に入って30分程経っていた時じゃったかの。

 つまり普通の入浴時間であれば問題ないということじゃな。

 フム・・・

 ここの泉の水で問題なさそうじゃ。

 お?

 ココンの意識が戻ったぞ。

 のぼせた後の回復も大丈夫そうじゃな。

「魔女様・・・介抱していただいてありがとうございます。すみません・・・ご迷惑をおかけして・・・」

 弱々しくワシに感謝と謝罪をするココン。

「気にするな。それにワシの方こそ悪かったの。ワシには状態異常無効があるからのぼせるという概念がない。その為にそなたの状態に気付いてやれんかった。すまんかったの。」

「いえいえ!魔女様!謝らないで下さい!あたしは魔女様とお風呂に入れて幸せでした。しかも二人きりで・・・ああ、こんなことアオイさんに知られたら殺されてしまうかもしれません・・・」

 ココンは幸せそうな、それでいて恐怖を感じているような、複雑な表情を浮かべる。

「それこそ気にするな。アオイはああ見えてこの森に住む仲間に対しては寛容じゃ。ワシと風呂に入ったからといって、命までは取らんじゃろ。というかあっさり許すと思うぞ?」

 そう。

 アオイは同性であり、この森に住む仲間であれば物凄く優しいのじゃ。

 まるでそう・・・

 家族のような・・・

 こちらの世界に来て、アオイには身内が一人もおらんかったからの。

 折角縁があってできた仲間じゃから大切にしたいのじゃろう。

 じゃから全然心配になることではないのじゃ。

「どれそろそろ大丈夫じゃろう。帰るか。」

 指をパチンと鳴らし、ココンとワシ自身を元の服装に戻す。

 そしてココンを起き上がらせ、立たせるとベッドを異空間収納にしまった。

 勿論1年分湯編みに使うだけの泉の水も持ち帰ることを忘れない。

 よし、これで用事は全て済んだな。

 後は帰るだけじゃが・・・

 するとココンはワシの隣に立ち、上目遣いで見てきた。

「魔女様・・・帰りもまた・・・手を繋いで宜しいですか?」

 恥ずかしそうにそうワシにお願いしてくるココン。

 うむ。

 とても可愛らしいのう。

 勿論断るつもりはない。

「よいぞ。では、帰るか。」

 そう言った後、歩き始めるワシ達。

 そして20歩程歩いたところで空間移動を使った。

 ・・・仕方無かろう?

 このまま歩いて帰っては夜遅くなってしまうじゃろうし、ココンものぼせから回復したばかりじゃからな。

 それに・・・

 昼食を抜いてしもうたから腹が減ってしかたがない。

 早く帰って保存しておるアオイの料理が食べたいのう。

 

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