第5話 破壊の女神


 アオイが裏世界に行って半年。

 昼飯を取ったワシは最近の日課、裏世界観察をしている。

 アオイ達の動向を見るのも大事じゃが、裏世界全体の情報を得るのも重要じゃ。

 その甲斐もあってわかったことがある。

 裏世界には北西、北東、南西、南東、そして世界の中央に極めて標高の高い山が存在する。

 そこにはそれぞれ主が存在しており、世界の均衡を守っておるのじゃ。

 表世界でいうところの均衡の森と同じような役目なのじゃろう。

 ワシがちょこちょこ行っていた数千年前には無かったものじゃ。

 その頃はカーリア一人で裏世界の均衡を保っておったからのう。

 ・・・考えたものじゃわい。

 これならカーリアの負担は減るじゃろうしいざとなったら表世界にも来ることが出来る。

 つまり・・・

 なるほどの・・・

 ・・・

 ワシは10分経ってエビルズ・アイを切る。

 フゥ・・・

 ・・・

 そういうことか。

 カーリアめ・・・

 何が目的なのじゃ?

 恐らくミドリコを拐うとき、空間を裂いたのはカーリアじゃろう。

 ざっと見た感じじゃが、裏世界にはカーリア以外、表世界と裏世界の間にある空間を裂くことが出来るものはおらん。

 ということはミドリコを拐ったドラゴンに助力したのはカーリア以外考えられんのじゃ。

 どういうつもりじゃ?

 ミドリコはシャドウドラゴンじゃが、裏世界にもシャドウドラゴンはおるはずじゃ。

 珍しい種類のドラゴンじゃからという理由で連れていかれた訳ではないじゃろう。

 だとしたら・・・

 ・・・

 うむ。

 わからん。

 兎に角今は様子をみるしかないのう。

 ワシは取り敢えずいつも通りリビングでぐうたらしようとシロクを呼び、ごろ寝の準備をする。

 その時じゃった。

 家の結界の外に見知った魔力を2つ感じる。

 一人は魔族。

 もう一人は・・・

 まさか・・・

 そちらから来るとはの。

 ワシはごろ寝の準備を中断し、玄関から外に出た。

 そこにいたのは・・・

「お姉ちゃん・・・すまない。抵抗できなかった・・・」

 フード付きのマントを着た存在に剣を喉元にあてられ、ライガルは苦しそうにワシに謝った。

 四大魔王の一角であるライガルすら意にも返さない。

 それこそ天と地ほどの力の差がこの二人にはあるのじゃ。

 まあそれはそうじゃろうな。

 何といっても相手は・・・

「何のようじゃ。そなたはここにいてはならん存在のはずじゃが?」

 ワシはフードを着た存在、三大神の一柱であるカーリアにそう言った。

 正体はわかっておるぞ?

 しかしわざわざライガルを人質にする理由がわからん。

 いや・・・

 そうか。

 そういうことか。

「つれないことを言うな。折角我が来たのだぞ?ΧΧΧΧΧΧよ。」

 微笑みながらワシのを口に出すカーリア。

 全くこやつは・・・

 ライガルはカーリアが何を言ったか分からずボーっとしておる。

 それはそうじゃな。

 今カーリアが言った名前はこの世界の規制コードに触れる。

 その名前はワシと三大神にしか言えんし聞こえんのじゃ。

 まあ規制を作ったワシ自身が口にすれば誰にでも聞こえるのじゃがの。

 ・・・今のところ言うつもりはない。

「・・・その名前を口にするな。そなたとて許さんぞ。カーリア。」

 その名前を聞いてギョッとするライガル。

 今更気付いたのか?

 魔王が手も足も出ないばかりか戦うことすら出来なかった相手じゃぞ?

 天と地程の力の差があるのに、三大神かもしれないと疑わなかったのか?

 やれやれ。

 まだまだ修行が足りんな。

 後日鍛えてやるとしよう。

「わかったよ。じゃあ・・・クロア・・・でいいのかな。クロア・・・」

「そなたに呼び捨てされる覚えはない!」

 うろおぼえでワシの名前を言ったカーリアに、ワシは厳しい一言を言った。

 少したじろぐカーリア。

「な、何だよ。グローラリアだってオデッセアだって・・・あっ、確かに呼び捨てにはしてないな。」

 ここで何やらカーリアは納得する。

 いや、もう何でもよいわ!

 ワシの名前を思い出すのに時間がかかったから少し意地悪しただけじゃしの。

 呼び捨てでも何でも好きにせい。

「だったら・・・クロアちゃん・・・でいいかな。」

 何とか自分の中で落とし所を見つけたようじゃな。

 何なんじゃこの時間は・・・

「もう好きに呼べ。ところで・・・いつまでそうしておるつもりじゃ?」

 未だにライガルの喉元に剣を当て、フード付きのマントを来ているカーリア。

 見てみい。

 ライガルのやつ、緊張と恐怖のあまり失神しそうになっておるぞ。

 このままでは可哀想じゃ。

「カーリアや、そなたはワシに追い返されんようにそやつを人質に取ったのじゃろう?家に入れてやるからそやつを解放してくれんか。」

 しょうがなくカーリアを我が家に入れてやることにしたワシ。

 正直ライガルの醜態は目に余るからの。

 それに・・・

 カーリアには聞かなければならんこともあるしな。

「わかった。この子は解放してあげよう。」

 そう言って剣を下ろし、フードとマントを取るカーリア。

 ふん。

 相変わらずの美貌じゃのう。

 キリッとした大きな瞳。

 スッと通った鼻筋。

 愛らしい唇。

 後ろで一つに縛った髪の毛は、艶のある赤毛。

 全くこの三柱はどうしてこうも美しいのか。

「す、素晴らしい・・・凄まじい美しさだ。」

 解放されたライガルはカーリアの素顔を見てそう呟いた。

 ハァ・・・

 これじゃから男は・・・

 つい今しがたまで命を握られていた相手に邪な感情を抱きおって。

 後で多少鍛えてやるつもりじゃったが、こってり絞ってやるかの。

「じゃあ君はもういいや。バイバイ。」

 カーリアはライガルに左手を翳す。

 するとライガルはパッと消えてしまった。

 別に殺した訳ではない。

 スキル空間移動に近い力を使ってライガルの城まで飛ばしただけじゃ。

 カーリアは手をパンパン叩いた後、ワシに顔を向け微笑んだ。

「さて・・・中に入れてもらおうかな。」


 ・・・


 ・・・


 リビングに漂う淹れたての茶の香り。

 ワシとカーリア二人だけが存在する空間。

 穏やかな時間のようでそうでない時間。

 ゆったり流れる沈黙。

 しかし、そんないつまでも続くような沈黙の流れを最初に遮ったのはカーリアじゃった。

「こうして二人でお茶を飲むのは数千年振りだな。」

 優雅にカップの縁を口に付け、茶を堪能するカーリア。

 悔しいが絵になるのう。

「そうじゃな。」

 ワシは素っ気なくそう返す。

 当然じゃろう?

 カーリアがミドリコを拐った元凶なのじゃからの。

 間違いなくこやつが手を貸したのじゃ。

 きっとカーリアもワシが気付いているとわかっておるじゃろう。

 じゃからライガルを人質に取ったのじゃ。

 一体何をしに来たのか・・・

「そう警戒しないでくれ。我が来たのは何もクロアちゃんと闘う為じゃない。争う気は無いんだ。」

 カーリアはカップをテーブルに置くと、ワシの目をじっと見てきた。

 何じゃ?

 口ではそう言っていてもやる気か?

「我はクロアちゃんのここ最近の状況をグローラリアやオデッセアから聞いている・・・随分楽しそうだな。」

 口角を上げ、意味ありげな笑みを浮かべるカーリア。

 うむ。

 まあ楽しいといえば楽しいかの。

 だからと言って何じゃというんじゃ?

「我はな。そんなクロアちゃんに嫉妬しているんだ。我なんかあちらの世界の均衡を保つために苦労しているというのに・・・あまりにも羨ましいからつい嫌がらせしてしまったのだよ。」

 更に口角を上げてニタリと笑うカーリア。

 !?

 こやつ!

「やはりそなたが空間を裂いたのじゃな!何故ミドリコを狙った!」

 ワシは自身の魔力を極力抑え、カーリアに詰め寄った。

「クロアちゃんの家族の中で一番弱そうだったから?案の定、簡単に拐うことが出来たよ。」

 何の悪びれもなくそう言うカーリア。

 そんな理由で・・・

 その程度の理由でミドリコを拐ったというのか!

「許さんぞカーリア!ミドリコやアオイ達に何かあってみろ!そなたもろとも裏世界を滅ぼしてやる!」

 ワシはもう抑えられん。

 何ならこの場でカーリアを倒しても構わんと思っておる。

 怒りが・・・

 込み上げてくるわ!

「待ちなさい。魔力の放出を抑えないとこの家の結界がもたないよ。均衡の森を消滅させるつもりかい?」

 ワシのことを見つめ、カーリアは冷静にそう言った。

 知ったことか!

 もう我慢せんぞ!

 ワシは家族を守るのじゃ!

「そんなことどうでもよいわ!そなたはワシから奪おうというのか!そなたのせいでキャニャオは死んだんじゃぞ!異世界人のマシロもじゃ!、ワシは同時に二人の家族を失ったんじゃ!なのに・・・また・・・まだ飽き足らんというのか!」

 抑えることができんかったワシはカーリアに掴みかかる。

 もう何者かに家族の命を奪われるのは嫌じゃ!

 家族が苦しめられる嫌じゃ!

 ワシは・・・

 持てる力全てを使ってでも家族を守るんじゃ!

 もう二度と、不条理に奪われないように。

「だから!落ち着きなさい!このまま魔力を放出し続けたら・・・上の階にいる子がもたないよ。」

 カーリアに言われて我に帰るワシ。

 気付けば上の階にいるシロクの生命反応が弱くなってきておる。

 ワシは慌てて魔力を抑え込む。

 そして同時にシロクへ回復魔法を使った。

 ・・・

 ・・・フゥ。

 危ないところじゃった。

 あのまま怒りに任せて魔力を解放していたら・・・

 シロクの命を奪っておったじゃろう。

 ・・・

 すまんな、シロク。

 本当に・・・すまん。

 後でしっかり謝罪させてくれ。

「落ち着いた?全く・・・自分の力はわかっているだろう?我よりもよっぽど破壊の権化だな。」

 呆れたように言うカーリア。

 クッ・・・

 元はと言えばこやつが煽ってきたのじゃろう?

 それがなければワシだってキチンと力を制御するわい!

 じゃがこやつがワシを止めなければ取り返しがつかなくなっていたことも事実。

 もう少し冷静に話し合うかの。

「ふん。よく言うわ。ワシはそなたさえいなければとても理性的じゃ。それで・・・どうするのじゃ?ここまでワシに喧嘩を売っておいて只で済むと思うておる訳ではないじゃろ?」

 ワシはスッと目を細め、カーリアの目を見る。

 こやつの目的がイマイチわからん。

 ただの嫉妬というにはメリットが無さすぎる。

 ワシの家族を奪うということがどういうことかわかっておるじゃろうしの。

 リスクの方が大きいように思えるぞ?

 それにわざわざそれを言いに来るのもおかしい。

 いや・・・

 単にワシを煽って楽しんでおるだけかもしれんがな。

「今日来たのは他でもない。あのシャドウドラゴンを返すにあたっての条件を伝えようと思ってな。」

 カーリアは両肘をテーブルに付け、首辺りで手を組み、その上に顎を置いた。

 何を言おうとしておるのかわからんが、そんな条件を飲んでやる必要はない。

 アオイ達ならやり遂げるじゃろうからな。

 しかしカーリアは語り始める。

「後半年。後半年の間に彼女達がシャドウドラゴンを連れ戻せれば、もう我は今後何もしない。だが、半年過ぎてもそれが出来なければ・・・強制的に彼女達にはあちらの世界から退場してもらう。勿論シャドウドラゴンは残してな。」

 訳のわからん条件を口にするカーリア。

 何を言っておるんじゃ?

 そんなことせんでも、いざとなったらワシが直接裏世界に赴き、ミドリコを連れ戻せばよいだけじゃ。

 勿論その間、こちらの世界にも多少なりとも被害は出るじゃろうがな。

「飲めない、といった顔だな。でもよく考えてみろ。悪い条件ではないと思うぞ?後半年もあるんだ。連れ戻せる可能性は大いにあるし、条件を達成すれば我はもう手を出さないと言っているのだ。逆にこの条件を飲まなければ、こちらにシャドウドラゴンが連れ戻される度に我が何度でも拐いに来るぞ?それでもいいのか?それに・・・仮にシャドウドラゴンがあちらの世界に残ったとしても、手厚く保護することは約束しよう。」

 足を組み、腕を組み、挑戦的な視線をワシに飛ばすカーリア。

 う~む・・・

 こやつの態度は気に入らんが、確かに一考の余地はある。

 毎度毎度家族の誰かがカーリアに拐われるのは厄介じゃ。

 この条件を飲めばそれがないというのなら・・・

 アオイ達ならミドリコを救うことは出来るじゃろうし・・・

 う~む・・・

 ・・・

 ・・・

 フゥ・・・

 仕方がない。

「わかった。その条件を飲もう。じゃが・・・そなたがアオイ達の障害にならないことも条件に入れてもらおうか。流石にそなた相手ではアオイですら勝てんからのう。」

 そう、これは絶対条件じゃ。

 裏世界とはいえ、正攻法でアオイに勝てるものはカーリア以外いないじゃろう。

 つまり、カーリアさえ封じてしまえば後はミドリコを捜し出すだけなのじゃ。

 そうじゃ。

 もう一つ付け加えよう。

「後はそうじゃな。ミドリコは今いる地域から動かさないでもらおうか。下手に移動されてしまっては、あの広い裏世界の中から半年足らずで捜し出すことは不可能になってしまうからの。」

 こちとら家族がかかっておるのじゃ。

 黙ってカーリアからの条件だけを聞いてやる義理はない。

 これくらいのわがままはいいじゃろ。

 ワシの条件を聞いて考え込むカーリア。

 そして・・・

「わかった。いいだろう。その代わり・・・クロアちゃんも彼女達に戦闘面で手助けしないこと。絶対にだ!それさえ約束出来るならこの条件で手を打とう。」

 カーリアは頑とした表情でワシを睨む。

 こやつもこやつで妥協したということか。

 うむ・・・

 元々ワシとしても闘いで力を貸すつもりは無かったしの。

 まあカーリア相手ならばワシが参戦するしかなかったが、それも大丈夫そうじゃしな。

 よし!

「よかろう。その条件で手を打つぞ。さあ用事はすんだじゃろ。はよ帰れ。」

 ワシはとっととカーリアのカップを下げ、自分のカップも片付ける。

「おいおい。そんな邪険にするなよ。寂しいだろ。」

 悲しそうな顔でワシを見てくるカーリア。

 そんな顔をされてもワシは許さんからな。

「何を言っておるんじゃ。今のそなたとワシは敵同士じゃぞ?いつまでも敵に居座られたら敵わん。とっとと帰れ。」

 ワシはシッシッと手を払う。

 その姿を見たカーリアはやっと重い腰を上げ玄関に向かった。

「わかったよ!帰ればいいんだろ!折角久しぶりにこっちの世界に来たっていうのに・・・」

 ブツブツ言いながらとぼとぼ歩く、哀愁漂う後ろ姿。

 そんなカーリアは玄関前に着くとピタリと歩みを止め、振り返らずに喋りだした。

「クロアちゃん・・・どんな結果になっても、恨むなら我だけにしてくれ。我が総て受け止める。だから・・・我以外は許してほしい。」

 そう言い残し、カーリアは玄関から外に出ることなくフッと姿を消した。

 空間移動に近い力を使ったのじゃ。

 おそらくこの森以外のところで空間を裂き、裏世界に戻るのじゃろう。

 ふむ。

 やっと厄介な奴がいなくなったか。

 それにしても・・・

 最後のは何だったのかのう。

 ・・・

 まあどうでもよいか。

 ワシはこれから忙しくなるでの。

 先ずはライグリ達とココン達を鍛え、その後に四大魔王達も鍛える。

 もうこの手から何も溢したくは無いのでのう。

 万が一のことを考えねばならん。

 今回のように、やらずに後悔はしたくないからな。

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