第18話 ライグリの決意


 ライグリ達の家に訪れる為に南南東の森まで来たワシ達は、早速その玄関の扉をノックした。

「おい、ライグリや。ワシじゃ。開けるぞ。」

 そう言って返事を待たずに扉を開けるワシ。

 そこには・・・

「何ですの?突然。私、今忙しいんですの。」

 チャコルに太股を揉まれているライグリがムスッとした顔でワシを睨んでくる。

 何をやっとるんじゃ、こやつは。

 相変わらずチャコルを召し使いのように扱っておるの。

 もうここでは対等であろうに。

 っというか自分の立場がわかっておらんのか。

 ワシに生かされておるんじゃぞ?

 もっと分を弁えんか!

 ・・・

 ん?

 そういえばルスカがおらんな。

「随分な挨拶じゃな。もうそなたはよい。ルスカはおらんのか?」

 ワシは辺りをキョロキョロ見回す。

 ・・・

 台所にルスカの気配が感じられるな。

「昼食はルスカに作られせておるのか?やれやれ、そなたはルスカを召し使いにしたいのか?」

 呆れて言うワシに対し、ライグリは血相を変えて反論をしてくる。

「そ、そんなわけ無いじゃない!私はルスカさんのことが・・・手伝いに行ってきますわ!」

 慌ててキッチンに向かうライグリ。

 しかし行ったところで料理の手伝いなど出来るのか?

 と思ったとき・・・

 

 パリーン


 ん?

 まだライグリがキッチンに辿り着く前に食器の割れる音がしたぞ。

 どれ、ワシも様子を見に行ってみるか。

「ルスカさん!大丈夫?」

 慌てた声でライグリがルスカに駆け寄っている。

「すみません。驚かせてしまって。私は大丈夫です。しかし・・・ごめんなさい。私、料理は出来るのですが・・・どうにもおっちょこちょいでして・・・よく食器を割っちゃうんです。」

 よく見ると何枚もの皿が割れていて、調理も全然進んでおらんようじゃ。

 ふむ。

 このまま昼食抜きではかわいそうじゃ。

 ここはアオイに出してもらうとするかの。

「アオイや。こやつらに手軽に食べられる昼食を出してやってくれんか。」

 早く話をしなければならんからな。

 手早く昼食をとらせてやろう。

「かしこまりましたぁ。『食料フード』ぉ!」

 ワシの指示に素早く答えたアオイは以前見たことのある料理をテーブルの上に出した。

「おにぎりですぅ。この世界にもぉおにぎりはあると思いますがぁ、中身が違いますのでぇどうぞぉ楽しみにしながらぁお召し上がり下さいぃ。」

 そう。

 出てきたのはおにぎりとちょっとした野菜。

 そしてスープじゃ。

 このようなスープは確か味噌汁といったか。

 後この野菜は漬け物じゃな。

 ワシもアオイの料理をそれなりに食しておるからの。

 その辺はわかってきたぞ。

「ワァ!おにぎりとお新香とお味噌汁、最高じゃない!アオイさん、ありがとう!では早速、いただきますわ。」

 そう言ってライグリはおにぎりを一つヒョイっと持つと、口の中に入れて噛み締める。

「ん~🖤美味しいですわ。これは・・・ツナマヨですのね。まさかこの世界でツナマヨおにぎりが食べられるなんて・・・夢のようですわ♪」

 大満足といった顔でおにぎりを貪るライグリ。

 他二人も同じツナマヨを食べているようじゃ。

 美味しいが顔に出ておるわ。

 大皿に一人二つずつあるおにぎり。

 もう一つは何かのう。

 ん?

 しかし・・・

 一人二つずつじゃから六個のはずじゃよな?

 何故に七つある?

 しかもやたら小さいのう。

「あぁ、気づいてくれましたぁ。その一つはぁ主様のぉ分ですぅ。先程昼食をぉ召し上がったばかりなのでぇ小さくぅしておきましたぁ。」

 ほう。

 これはワシの分だったのか。

 気が利くのう。

 皆が食べているのを見ていたらワシも食べたくなってきたところじゃ。

「ありがとな、アオイ。では頂くとしよう。」

 ワシは小さいおにぎりを手に取り、一口で半分を口の中に入れた。

 ん!

 これは・・・

 辛い!

 しかし旨い!

 ワシはもう半分食べる前に、アオイに中の具を見せて質問した。

「アオイや、これは何じゃ?何やら旨辛いし、粒々とした食感が癖になるぞ。」

 ワシがそういうとアオイはしてやったりといった顔を見せる。

「フッフッフゥ。主様ならぁ絶対にぃ気に入るとぉ思っていましたぁ。主様とぉ私のぉ食の好みはぁ似ているのでぇ。でぇ、それはですねぇ辛子明太子っていいますぅ。私もぉそれぇ好きなんですよぉ。」

「辛子明太子ですって!」

 ワシ達の会話を聞いていたライグリが突然立ち上がり、アオイに詰め寄る。

「私にも辛子明太子おにぎりを下さいませ!二個目の鮭もとても美味しかったですが、私辛子明太子のおにぎりが一番好きだったのです。お願いしますわ。小さくてもいいから頂戴下さいませ。」

 必死なライグリの訴え。

 そこまで言われてはと、アオイは普通サイズの辛子明太子おにぎりを出し、ライグリに渡した。

「それで最後ですよぉ。この後ぉ主様のぉお話がぁありますからぁ。」

 少し真面目な顔でそうライグリ告げるアオイ。

 ほう。

 中々侍女としての心構えが出来るようになったではないか。

 それではアオイに免じて、こやつらがしっかりと腹が満たされるまで待って、それから用件を話すとするかの。


 ・・・


 ・・・


「どれ、そろそろワシが来た用件を言うとするかの。」

 腹も膨れ、待ったりモードになりそうな三人にワシは肝心の話を切り出した。

「ライグリとルスカや、そなた達に因縁がある輩がこの場所に向かっておる。会いたくはないと思うが・・・ヒルウゴク帝国の王子じゃ。奴は軍隊を率いてアサワハヤイ王国を通ってここに来ようとしておる。つまり・・・わかるな?」

 そなたらが狙いじゃ。

 勿論そこまで言わずともこやつらならわかるじゃろ。

 そして・・・

 ヒルウゴク帝国がアサワハヤイ王国に入るという意味も。

「・・・わかりましたわ。あの方の狙いは間違えなくルスカさんでしょう。婚約者に逃げられて顔を潰されたことに激昂したのでしょうね。全く・・・くだらない男・・・帝国軍がアサワハヤイ王国に入ったら戦争になりかねないのに・・・それすらも考えられないなんて浅はか過ぎますわ。」

 ライグリは呆れた顔を見せ、元いた国の王族に軽蔑の念を示す。

 そして奴等が来ることで起こるであろう事態の大体を想像し、深いため息をついた。

「私が戻れば戦争は起こらないのですね・・・だったら・・・私・・・国に戻ります。」

 ルスカは寂しそうな顔をし、俯いてしまった。

 その姿を見たライグリはグッと唇を噛みしめ、何かを決意した様子を表す。

「ダメです。それだけは絶対にいけませんわ。貴女には無限の可能性がありますもの。あんな王子の慰みものになる必要などありません。だから・・・」

 ここでワシ達全員を見るライグリ。

 そして覚悟のこもった声でこう言った。

「私がこの首を差し出しましょう。ルスカさんをたぶらかし、国から連れ去った罪人として王子の元に行きますわ。私が断罪されれば、あの王子の面子も保たれるでしょうし、罪の無い民が巻き込まれるような戦争になることもありません。たった私一人の命で済むのなら・・・」

「それはダメですぅ!絶対にぃ!絶対にぃダメですぅ!同郷のぉあなたをぉ失うのはぁ絶対にぃ嫌なんですぅ!私がぁその軍隊をぉやっつけますからぁ。あなたはぁこの森でぇこれからもぉ暮らしてくださいぃ。」

 ライグリの、身を省みない台詞を聞いてアオイは取り乱したようにそれを引き留めた。

 そうじゃよな。

 図らずも出会えた同郷の者を見捨てられんわな。

 すると今度はチャコルも立ち上がり発言をした。

「私もアオイさんと同意件です。お嬢様が命をかける必要はございません。元はと言えばあの国の王族に問題があるのです。微力ながら私もアオイさんと帝国軍に立ち向かいましょう。」

 そう言ってライグリの背後に周り、そっとその肩に手を置いた。

 すると次いでルスカも手を上げる。

「私もライグリ様が断罪されるのに反対です。貴女様はとてもお優しく、他人を思いやる気持ちが誰よりもあります。そのようなお方があの王子の為に命を失うなんて・・・絶対に間違っています!私も戦います!」

 こちらも決意のこもった目。

 本気でライグリを守りたいようじゃな。

 結構結構。

 それでこそ助けてやる価値があるというものじゃ。

「貴女達・・・でも・・・そうもいきませんわ。腐ってもあの方は王子。たとえ戦って勝ったとしても、王族を失えば帝国に住む普通の人達が混乱するでしょう。その被害を考えると・・・やはりこの首一つを差し出すのが一番・・・」

「わかったわかった。ライグリや。そなたの覚悟は見事なものじゃ。しかしの。アオイ達が言うように、そなた一人が犠牲になる必要はない。その為にワシ達がいるのじゃ。」

 ワシは立ち上がり、デンっと胸を張る。

 そしてその胸の張りを真横から涎をたらして見つめてくるアオイ。

 ええ加減にせんか、こやつは。

「といいますと?」

 疑問に思いながらも期待の眼差しを向けてくるチャコル。

 ふん。

 みなまで言わせるか。

「ワシも一緒に行ってやる。たかだか帝国軍ごときならアオイ一人で一掃出来るじゃろうが、死者が多くなるからの。なるべく死者を出さず、平和的に解決してやろう。」

 更に胸を張るワシに、更にその胸を凝視するアオイ。

 そして次いで鼻血を流し始めた。

 何を想像しておるんじゃ、全く・・・

「ありがとう・・・ありがとう・・・ございます・・・」

 ライグリは両目から大粒の涙を流し、床に座り込んでしまう。

 本当は怖くて怖くて仕方なかったんじゃろう。

 しかしルスカの為、罪の無い人々の為に勇気を振り絞り覚悟を決めていたのじゃ。

 やはりこやつ、根っこはすこぶる優しい娘なのじゃな。

 だから手助けしてやるのじゃ。

 これはワシに気に入られた者の特権じゃな。

「魔女様・・・どうか・・・どうかお嬢様をお救い下さい。私に出来ることなら何だっていたします。」

「私も、ライグリ様が助かるのならこの身をかけます。何でも言ってください!」

 自分達にも何か出来ないか。

 そんな気持ちがひしひしと感じられることを言ってくれるチャコルとルスカ。

 うむ、美しき友情じゃな。

 この三人の絆を帝国なんぞに引き裂かれてなるものか。

 いざ万が一、いや億が一どうにもならんときは・・・

 王族とその幹部達をワシ自らの手で滅ぼしてやる。

「貴女達・・・」

 ライグリも二人の想いに胸が熱くなったらしい。

 目に涙を浮かべ二人に向かって優しく微笑んでいる。

 これも人徳の成せる技じゃな。

 ライグリの根の優しさを二人は知っておるから何としてでも助けたくなったのじゃ。

 それに・・・

 自分のことを犠牲にして他者を救いたいなど、言葉では言えても中々実行することは出来ん。

 それをライグリは言葉だけでなく実際に覚悟したのじゃ。

 ワシが手を貸すと言わなかったら本当に実行しておったじゃろう。

 この一定の人を惹き付ける力。

 これも稀有な能力と言ってよいじゃろう。

「そうかそうか。ライグリや、そなた二人に慕われておるのう。」

 ワシは少しからかうように言ってやった。

 勿論それには訳がある。

 こう言えばライグリなら・・・

「そ、そんなの当然ですわ!だって、私ですもの!オーホッホッホッ!」

 思った通りじゃな。

 色々と安心して落ち着いたのか、ライグリはいつもの調子に戻り高笑いをした。

 うむ。

 まあこやつはこれくらいが丁度良いのかもしれん。

 ワシ達はわかっておるからの。

 どれだけ傲慢な言い様をしたとしても、実は誰よりも他者の気持ちを考えられる人族だということを。

 ・・・

 守ってやらねばな。

 しかし・・・

 ワシが全て動けば話は早いが、それではこやつらが成長せんじゃろう。

 もう少し味方を多くして、ワシは最小限動くだけにしようかの。

 ということでワシは瞬時に空間移動を使い、あっという間にココンを連れてきた。

「紹介しよう。こやつはココン。ココンもそなた達同様、帝国といろいろあってな。今はワシの庇護の元、この森で暮らしておる。」

 ワシはライグリ達の前にココンを立たせた。

 突然のことに、何のことだかわからないココンはキョトンとしている。

 勿論ライグリ達も急に現れた猫獣人を見て驚いておるようじゃ。

 その中で、ライグリだけは何かを言おうとしていた。

「か・・・」

 言葉に詰まるライグリ。

 か?

 何じゃ?

 何が言いたいんじゃ?

「可愛いですわ~🖤」

 言って直ぐにライグリはココンに抱き付いた。

 まあ愛くるしいココンの容姿を見たらわからなくはないが。

 何も頬擦りまでせんでもよいじゃろう。

「ムググ・・・魔女様。これは何事ですか?」

 いきなり抱き締められライグリの胸に埋まっているココンはワシに助けを求めるような目を向ける。

 しかしこれはこれで微笑ましい光景じゃな。

 ライグリが飽きるまでこのままにしておくかの。

「うむ、まあそのままでよいから聞くがよい。これからワシ達はアサワハヤイ王国の北東の国境まで行き、帝国軍を迎え撃つ。そこでココンや。そなた達もそれに参加し、帝国軍を統率しておる王子に帝王と同じ目にあわせてもらいたいのじゃ・・・出来るな?」

 ワシはココンに鋭い視線を向け、その是非を問う。

 まだ幼いココンでは迷うかもしれん。

 しかし・・・

 そんな心配は全然なかったようじゃ。

「お任せください。あたし達人数も多いので帝王だけでは飽きてきてしまうと思っていました。丁度いいです。それにあの王子ですよね。心を痛めることなく責め苦を味わわせられます。」

 ココンはニヤリと笑い、舌舐めずりする。

 おお・・・

 こやつはもうちょっとまともじゃと思っておったのじゃがの。

 どうにもアオイ化してきてしまっておるな。

 悪化しなければよいが・・・

 ・・・

「よし、ならば行くか。」

 ワシは今いるメンバーと、そしてココンの仲間達を連れてアサワハヤイ王国の北東に転移する。

 一瞬で変わる景色。

 そしてそこで見たものは・・・

 もう争いが始まっている現状じゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る