第18話 闇の依り代
突然やって来ておいて何を言っておるんじゃこやつは。
命乞いのつもりか?
みっともないのう。
じゃが・・・
マルタスのこの真剣な表情。
う~む・・・
別にお願い事など聞いてやる義理も無いが、一先ず聞くだけ聞いてやるとするかのう。
心から有り難く思ってもらいたいものじゃぞ、全く。
「何じゃ、ワシに何か頼みでもあるのか?しかしな、もしそうだとしたら相応の対価を払ってもらうぞ?」
ワシはマルタスを威圧しながらそう言う。
当然じゃろ?
ワシとしてはこやつに関わりたく無いのじゃからな。
貰うもの貰わねばやっておれんわ。
「勿論お支払い致します。なんでも言ってください。クロア様が望むなら・・・この命でも構いません!」
決意の籠った声でワシにそう言ってくるマルタス。
ふむ、そこまでの覚悟があるのか。
どうやら思ったより深刻そうじゃのう。
一体何があったというのか。
まあ後ろでアオイとキロイがハイタッチしているのは見なかったことにしよう。
「よし、では結界の中に入れてやる。話を聞かせるがよい。」
ワシはマルタス達を結界の中に通すと、立ち話もなんじゃし、庭に椅子とテーブルを用意してやった。
しかし椅子に座るのはマルタスだけ。
他の騎士達はマルタスの後ろにズラリと並んで立っている。
うむ、目障りじゃの。
頼むから椅子でも地面でも座ってもらいたいものじゃ。
「このような席をご用意下さいましてありがとうございます。早速なんですが・・・クロア様に助けてもらいたい人がいるんです。」
マルタスは曇った表情でワシにそう言ってきた。
うむ、人助けか。
しかしわざわざワシに声をかけてくる以上、厄介なことなのじゃろうな。
よい予感はせんぞ。
「ワシに誰を助けろと言うのじゃ?」
「・・・私の叔母です。」
ほう、マルタスの身内。
つまりは王族を助けろというのか。
まさかお家騒動ではなかろうな?
それなら断るという選択をせねばならんかものう。
「実は・・・元々我が国の王になるのは叔母さんだったんです。しかし・・・叔母さんには王族ではあり得ない、あるスキルがあって・・・」
言葉を濁らせて話すマルタス。
つまりマルタスが言いたいことはこういうことじゃ。
本来王位継承権の筆頭は現国王の姉であるバシルーにあった。
じゃがバシルーは、王族らしからぬスキルを持っていたという。
そのスキルの名前は『闇の依り代』。
闇の神の力をその身に宿し、使うことのできる、人族としては規格外のスキルじゃ。
しかし齢15の時、そのスキルを発芽させてしまったばかりに王位継承権を剥奪されてしまった。
しかもそれだけでなく、王族からも外され爵位すらも与えられなかったそうじゃ。
それでも城に住むことは出来ていたのじゃが、常に周りからの誹謗中傷に悩まされ続ける日々。
挙げ句・・・
城の男達に地下室へと連れ込まれ・・・
「かわいそう・・・」
アオイは胸に手を当て、張り裂けそうな気持ちで聞いていた。
「許せませんね。あなたの国は滅んだ方がよいのではないですか?」
キサラムも怒り心頭じゃ。
ワシは途中から耳を塞いでいたキロイを優しく撫でてやる。
「叔母さんは・・・その時に力を使ってしまいました。地下室で男達に囲まれ、恐怖と怒りが頭の中で一杯になったのでしょう。無意識に問題のスキル、『闇の依り代』を発動させ、闇の神をその身に受け入れたのです。そこからは・・・ただの虐殺でした。男達は叔母さんに触れることすら出来ずに皆殺しにされ、それを命じたと思われる侯爵家も滅ぼされ・・・叔母さんの貞操が守られたことは喜ばしいことだったのですが、その事件をきっかけに辺境の地へ追放となってしまったのです。叔母さんは被害者なのに・・・」
マルタスは悔しそうにそう言った。
確かにの。
バシルーは悪くないように思えるのう。
襲われそうになり、正当防衛で男達を撃退しただけではないか。
なのに罰を与えるというのはどういう了見じゃ全く!
・・・まあ、しかし・・・
こやつの叔母の話はわかったが、それとワシに頼み事とどういう関係があるのじゃ?
それともう一つわからんのは・・・
「マルタス坊や、それは何年前の話じゃ?」
「大体40年前くらいです。」
ふむ、そうなると・・・
「そなたが生まれる前の話なのじゃな。となればもうかなり疎遠になっておるんじゃろう?何故そなたは会ったこともないその叔母に感情移入しておるんじゃ?」
当然の疑問じゃと思うのじゃがな。
会ったことがないのなら世話になったこともないということ。
それなのに危険をおかしてまでここに来る理由にはならんからのう。
それに命まで捧げようというのじゃ。
まさかとは思うが・・・
ワシを騙そうとしておるのか?
じゃがワシの思惑とは違い、マルタスはその理由を説明する。
「それはですね・・・実は辺境の地に追いやられた後も、叔母さんは私の父上、つまり自分の弟に会いに、ちょこちょこお忍びで帰ってきてるんです。私が生まれた時も、その翌日に来てくれたそうですし、幼いときはよく遊んでくれました。」
マルタスは幼少期を思い出しているのか、懐かしんでいる顔を見せた。
そしてバシルーとの思い出話をし始める。
「叔母さんはとにかく博識で、色々なことを教わりました。私には魔術や剣術の先生がいたのですが、その誰よりも叔母さんの方が分かりやすく、そして丁寧に教えてくれたのです。なので、私の人生の先生といえば、尊敬する人といえば、真っ先に出てくるのは叔母さんなんです。」
なるほどの。
マルタスの叔母に対する気持ちはわかった。
じゃがそれを聞かせて、一体何をワシに頼むつもりなんじゃ?
助けてくれとは言っておったが、今は辺境の地でのんびり暮らしとるんじゃろ?
ここは直球で聞いてみるか。
「バシルーとやらの話はわかった。で、そなたはワシに何をさせたいのじゃ?」
ワシはまず本題が知りたいのじゃ。
深刻な状況なのじゃろう?
ワシがキッと睨んでやると、どうやらマルタスもやっと自分が肝心なことを言っていないことに気付いたらしい。
身を縮めながら、申し訳なさそうに口を開いた。
「クロア様には叔母さんを匿ってほしいのです。このままでは叔母さんの命が奴等の手で・・・どうか、どうかお願いします!叔母さんを助けてください!」
マルタスは座っていた椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
周りの部下達はマルタスのこの様子に慌ててふためいておる。
そりゃあそうじゃろう。
自分の主が必死に、何度も頭を下げておるのじゃからな。
しかし・・・
ふむ、どうやらかなり切羽詰まっているようじゃのう。
一国の王子が部下達の前で恥も外聞もなくワシのような女に懇願しておるのじゃ。
余程のことになっておるのじゃろう。
「そなたの叔母の命が狙われている。そう解釈してよいのか?」
「・・・はい。」
ワシの問いにマルタスは喉を絞るような声で返事をした。
じゃが、闇の神の力が使えるバシルーであれば人族に命を狙われていたとしても余裕で対処出来そうなものなのじゃがのう。
「今現在、叔母さんの討伐・・・いや、闇の神の討伐と称して我が国の精鋭部隊が進行しているんです。その数およそ200。しかも全員がレベル80以上の聖騎士なんです。」
ほう、ということは教会からの刺客というわけか。
ふむ・・・
ということはつまり・・・
そういうことか。
「教皇が代わってから、魔族や闇の者に対する差別や圧力が以前よりも更に増しました。現教皇は自らの信仰する光の神に反する者達を決して許そうとしません。光は正義、闇は悪という概念を信者に植え付け、異教徒を徹底的に排除するつもりなのです。そしてその手始めとしての矛先は・・・真っ先に叔母さんに向けられました。このままでは後数時間で叔母さんのところへ彼等が到着してしまいます。時間の猶予はもうないのです!ですから何卒・・・何卒叔母さんをお救いくださいクロア様!」
ワシに頼らざるを得ない、自分の無力さを痛感しておるのじゃろう。
悔しそうな表情で地面に目を落とすマルタス。
何というか・・・
哀れじゃのう。
マルタスではなくその教皇がじゃ。
まず、光の神と闇は神は仲が良くない訳ではないぞ?
いや、寧ろ仲が良いと言っても良いじゃろう。
何ゆえ光と闇が敵対していると思っているのか。
そして闇の者と魔族を排除するとは・・・
返り討ちにされるのが関の山じゃぞ。
正直、光の聖騎士ごときでは闇の勢力にも魔族の軍勢にも勝てんじゃろう。
全く無知というのは手に負えんな。
「うむ、わかった。マルタスや、そなたの依頼を受けようぞ。対価については取り敢えず問題が解決してからにしようかの。」
ワシはマルタスの願いを聞いてやることにした。
どのみちこのままではバシルーが聖騎士達を皆殺しにして終わりじゃからな。
それではマルタスの国の武力が格段に下がり、人族のパワーバランスが崩れてしまう恐れがある。
そうなると、とても面倒なのじゃ。
「ありがとうございます!では叔母さんのところへご案内致します。」
憑き物が落ちたような顔で喜ぶマルタス。
そして颯爽と踵を返し、もう行く気満々な様子じゃ。
いや、待て。
誰が連れていくと言った?
「いや、よいよい。そなたは城に帰っておれ。大体の場所がわかればその近くまで行って後は闇の気配を探ればよいからの。それにそなたが城におんと、もしもの時疑われるのはそなたじゃぞ。闇の神に聖騎士の奇襲を知らせた者としての。そんなことになって王位継承権を失ってしまってはワシも対価を受け取りづらいじゃろ?」
何を受けとるかはまだ決めておらんが、折角じゃし気兼ねなく対価を貰いたいからの。
じゃからとっととこやつは城に帰るべきなのじゃ。
なのに粘ってくるマルタス。
「いいや、私も行きます!叔母さんの為ならどんな罰も受ける覚悟はできています!一緒に行かせて下さい!」
こやつ、必死に食い下がってくるのう。
どれだけ叔母に会いたいのじゃ。
かといってそんな頼みなぞ聞いてやるつもりはない。
「来なくてよい。足手まといじゃ。場所だけ教えよ。」
目的地さえわかれば空間移動で近くまで行けるからの。
そうすればマルタスの道案内など必要ないのじゃ。
それなのに・・・
「王国の最西端に位置しこの森に面する村、ハヨウで叔母さんはひっそり暮らしております。ですが町外れにある小さな家なので・・・見つけづらいでしょうから是非、私が道案内致します!」
どうしても付いてきたいマルタス。
もう面倒じゃのう。
仕方無くワシは指をパチンッと鳴らした。
それと同時に一瞬で姿を消すマルタス達。
「あれぇ、グズ男達いなくなっちゃいましたぁ。もしかしてぇ・・・主様ぁ、もうちょっと楽しみながらバラシましょうよぉ。」
アオイは嬉しいような残念なような顔をしてそう言った。
こやつは一体何を勘違いしておるんじゃ?
まさかとは思うが・・・ワシがマルタス達を塵も残さずバラバラにしたと思っておるのではあるまいな?
相変わらず物騒なことを言う
「アオイや。何を考えておるかは知らんが、マルタス達は強制的に城に送り返しただけじゃ。これ以上の問答は不要じゃったからな。」
ワシは言いながら椅子から立ち上がり、アオイ達を見た。
さて、どうするかの。
この場にいる全員でバシルーの元に行っても警戒されるだけじゃろうしな。
ワシとアオイ、そしてミドリコだけでよいか。
キサラムとキロイは自分達の家に帰るところじゃったが・・・
もう少しだけここにいてもらうとするかの。
「アオイ、ミドリコ。そなた達はワシに付いてこい。そしてキサラム、キロイ。すまぬが今少しだけこの家の留守番を頼まれてくれんか。できるだけ早く帰るでな。」
力強く頷くアオイとミドリコとキロイ。
そしてキサラムはというと・・・
「お任せ下さい。このキサラム、命に変えてもこの家を守りましょうぞ。なのでお母様、アオイさん、ミドリコさん、どうぞ安心して行ってらっしょいませ。」
ワシの前で片膝を付き、そう誓いをたててくる。
う~む。
堅いのう。
娘なのじゃからもう少し砕けても良いと思うのじゃがな。
まあでも、こういうところもキサラムならではということかの。
まあそれはともかく、アオイは今のままの格好では連れていけんな。
今現在、猫耳のついたフード付きのワンピースパジャマを着ているアオイ。
ワシが作った服なのじゃが、あどけなさが残るアオイが着ると、何ともいえず愛らしい。
これはこれで、癒しとして連れていけんことはないが今回の相手は闇の神の力を持つものじゃ。
何が起こるかわからんし、装備はキチンとした方が良いじゃろう。
なのでワシはアオイとミドリコに命じ、一度家に戻って準備をさせることにした。
おっと、ミドリコは特に準備するものもなかったのう。
ついノリで一緒に行かせてしまったわい。
まあよいか・・・
そして不意にできた待ち時間。
その待ち時間でワシは少し考え事をした。
ふむぅ。
それにしても闇の神か・・・
因みにこの世界には三大神以外にも神と呼ばれるものが複数体存在する。
炎の神、水の神、風の神、土の神、光の神、そして闇の神。
それら以外にも空の神、海の神、陸の神もいるのう。
もっと細かく言えば嵐の神や雪の神等、事象毎の神なんかもいたりするのじゃ。
それらの神が誕生して、もう3000年から4000年になるが・・・
今まで神の依り代となるとスキルを発芽させた者など片手で数えるほどしかいなかったのじゃ。
つまりとても稀有な存在と言えるじゃろう。
しかし・・・
そやつら実は・・・
うむ。
やはりこれは放ってはおけんのう。
何故なら・・・
「主様ぁ、準備が出来ましたぁ!いつでもいいですよぉ。」
「ピィッ!ピピィーー!」
玄関からこちらに向かって駆け寄ってくるアオイとミドリコ。
うむ。
それでは早々に行くとするかのう。
ワシは二人が側に来た直後、空間移動で森の北東まで転移した。
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