第15話 魔女と幼女


 ライガルが攻めてきた日の翌日。

 ワシは今、自宅でキロイと二人のんびり過ごしておる。

 何故キロイがここにいるのか。

 それは今、キサラムとアオイとミドリコをダンジョンに行かせておるからじゃ。

 そのダンジョンは『緑王の遺跡』と呼ばれる所でな。

 攻略レベルは大体300~400程。

 今のキサラムを鍛えるにはうってつけの場所じゃろう。

 このダンジョンの良いところは階層によって魔物のレベルが違うところじゃ。

 つまり、階層を進むにつれて徐々に魔物が強くなっていくというシステムなのじゃ。

 しかし一階層からおよそ100~150レベルの魔物が出てくるため、余程腕に自信がある者でも中々躊躇する難易度になっておる。

 キサラムならそうじゃな・・・

 3日もあれば攻略出来るじゃろう。

 アオイとミドリコもおるでの。

 負傷したら回復魔法で治せるし、どうしても勝てない相手ならミドリコが倒してくれる。

 あくまでもキサラムの修行目的じゃが、命を失ったら何の意味もない。

 多少無茶をしたとしても、キサラムならきっと相応のレベルを上げて帰ってくるじゃろう。

 これでライガルはキサラムのレベルに関して何も文句は言えんはずじゃ。

 ・・・

 ・・・ライガルと言えば・・・

 昨日はあの後、本当に大変じゃったな。

 求婚し続けるライガルと、拒絶し続けるアオイ。

 暴力的な言葉や卑猥な言葉が飛び交っておった。

 流石にキロイの教育に悪いと思っての。

 ワシが一喝して収めたのじゃが・・・

 何やら更にアオイのワシに対する好感度が上がってしもうたようじゃ。

 ワシがうっかり『アオイはワシのものじゃ。ライガルや、そなたはそれを奪おうというのか?いい度胸じゃな!』などと言うてしもうたばっかりに・・・

 特に深い意味は無いのじゃよ?

 ワシは事実だけを言ったまでじゃよ?

 じゃがアオイは正真正銘自分がワシの妻になったものじゃと勘違いしてしまったのじゃ。

 相変わらず何を考えておるのやら・・・

 ワシはただ、困っているアオイに助け船を出しただけじゃぞ?

 好きでもない男の元へ、嫌がる娘を嫁に出すわけにはいかんのでな。

 変な勘違いをせず、単純に感謝だけしてもらいたいものじゃ。

 ・・・まあ別にそれはそれで良いのじゃが、それよりも気掛かりなのはライガルが帰り際にブツブツ呟いていたことじゃ。

 所々聞き取れたのじゃが、どうやらライガルは諦めるどころかワシを正妻に、アオイを妾にしようと考えておるらしい。

 全くもって怪しからん奴じゃな!

 ワシはちゃんとライガルのお姉ちゃんをやってきたはずじゃぞ?

 何でこんな考えを持つようになってしまったのか・・・

 決して叶わないことだとわかっておるだろうにのう。

 まあ奴が行動を起こしたとしても、それを軽く窘めてやれば済む話じゃから特に問題もないのじゃが。

 それよりも今は、キロイと二人のんびり過ごすことに専念するとしよう。

「お母さん、見て見て!凄いの捕まえてきたよ♪」

 庭で椅子に座り、まったりしていたワシの元に、キロイが嬉しそうに長く巨大な魔物『キングスネークオン』を引き摺って森から帰ってきた。

 あまり遠くに行くなと言ったのじゃがのう。

 どうやらキロイはここから数キロ先にあるスネークオンの巣まで行っていたようじゃ。

「これこれ、そんなのを持ってくるでない。森に帰してやれ。」

「は~い。」

 ワシがそう窘めるとキロイは少しガッカリ気味で返事をし、キングスネークオンを森に帰した。

 うむ・・・

 さすが『魂魄連動魔装兵器』じゃな。

 キロイ自体のレベルに関係無く、一国を滅ぼせる力を持っておるようじゃ。

 キサラム達を送った後、キロイをここに連れてきて直ぐにワシは『魂魄連動魔装兵器』のリミッターを解除したのじゃが・・・

 おそらく今の魔王達よりも断然強いじゃろう。

 まあ、じゃからキロイが森に入っても安心なのじゃがな。

 因みにキングスネークオンの討伐レベルは1200位じゃ。

「お母さん、お腹空いたぁ~。」

 そう言って地面にへたり込むキロイ。

 見た目は6~7歳児なもので、その行動がいちいち可愛らしい。

 実際、精神年齢もそのくらいな感じじゃな。

「そうかそうか。どれ、ちょっと待っておれ。今昼食を出してやるでの。」

 ワシは異空間収納からアオイに用意させていた料理を取り出した。

 因みにこの異空間収納。

 中は2つの空間に分かれておる。

 1つは普通にここと同じ時間の流れる空間。

 そしてもう一つは、時間が停止している空間じゃ。

 今料理を取り出したのは後者の方。

 ここに出来立ての料理を入れておけば、いつでもその状態で食べれるからのう。

 食料の保存保管には正にうってつけの空間じゃ。

「わーい!アオイさんの料理だー!いっただっきまーす!」

 出した料理をこれまた出したテーブルの上に置くと、キロイは料理の説明を聞く前にもう食べ始めてしもうた。

 まあよい。

 食べながらでも説明するかの。

「これはな、肉まんと餡まんという料理じゃ。このパンのような生地の中にはそれぞれ調理された肉料理だったり甘味が入っておる。見た目は同じじゃが、どちらもまた違った食べ物のように感じるじゃろう。」

「うん!どっちも違ってどっちも美味しいー!」

 満足そうに食べ続けるキロイは感動の声を上げた。

 二日前に初めて食べたワシも、いたく感心したものじゃ。

 アオイのいた世界は本当に食文化が進んでおる。

 ・・・

 どれ、そろそろワシも食べるかのう。

 最初は肉まんから・・・


 モグモグ


 うむ、やっぱり旨いのう。

 

 この肉と野菜を絡めている餡が皮にも染みすぎない程度に染みていて、どこから食べても美味しいのじゃ。

 餡まんもそうじゃ。

 この甘い餡を皮と一緒に食べることで、甘すぎないようになっておる。

 どちらも絶妙なバランスで成り立っている食べ物じゃ。

 などと考えながらゆっくり味わって食べるワシを尻目に、キロイはもう自分の分を食べ終えてしもうたようじゃ。

 そして指を咥えてワシの方を見ておる。

 ・・・

 もしかして足らんかったか?

「キロイや。まだ食べ足りないのか?ならワシの肉まんを1つやろう。」

 一人二個ずつある肉まんと餡まんじゃが、ワシはまだ肉まん一つを食べている最中じゃった。

 正直、肉まんと餡まん一つずつ食べればワシは腹が一杯じゃし、残りはあげても構わんかったのじゃが・・・

「ん~ん。違うの。お母さんが食べてる姿が凄く可愛らしかったから見とれてたの。」

 ングッ!

 ゴホゴホッ

 な、何を言い出すんじゃこやつは。

 アオイみたいなことを言い出すんでない!

 ビックリしたではないか!

 まあ、キロイはアオイのような如何わしい考えではないじゃろうが。

「お母さん大丈夫?あっ、でも肉まん貰うね。あたしまだお腹一杯になってないんだ。」

 そう言ってキロイはワシの肉まんを一つ掴み、早々に頬張った。

 う~む。

 これはどうやら『魂魄連動魔装兵器』として力を使ったことによる反動かもしれんな。

 つまり、力を使うと激しくエネルギーを消耗し腹が減るという訳じゃ。

 まあ得てして、大きい力にはそれなりの代償が必要ということじゃな。

 ・・・ワシは今の力を得るのに代償など必要無かったがの。

 したのは努力だけじゃ。

 才能の上であぐらなどかかんで、自分の能力の限界を何度も何度も乗り越えてきた結果じゃ。

 従って今のワシは、成るべくして成った最強の魔女と言えよう。

 ・・・自分で最強と言うのは流石に恥ずかしいの・・・

 ・・・

 おっと、そんなこと今はどうでもよいか。

 取り敢えず昼食をとったことじゃし、これから更にダラダラせねばならん。

 ・・・

 じゃが・・・折角キロイがいるしの。

 少し遊んでやるか。

「キロイや。どうじゃ、ワシとゲームでもせんか?魔法を使った簡単なゲームじゃ。」

「!!やるやる!やったー!お母さんに遊んでもらえるー!嬉しいな!」

 ご機嫌にピョンピョン跳ね回るキロイ。

 うむうむ。

 愛らしいのう。

 そんなにワシに遊んで貰えるのが嬉しいのか。

 まるで本当の娘の様じゃ。

 これが庇護欲というものなのかのう。

 中々悪くない。

 ワシは喜ぶキロイにゲームのやり方を説明した。

 何、簡単じゃ。

 ワシが出す魔物の幻影をキロイが倒すというだけじゃ。

 しかしただ倒すのではない。

 それではゲームとして面白くないからの。

 キロイはその位置から動くことなく、ワシの教える魔法『キリング・レイ』だけで倒さなければならないのじゃ。

 このキリング・レイ。

 指先から光線を出す魔法なのじゃが、単に物体だけでなくこういった幻影を討ち果たす効果も持っておる優れものなのじゃ。

 このゲームで使うにはまさしくうってつけの魔法と言えるじゃろう。

 ワシはキロイの手をとり、キリング・レイの魔式を伝授する。

 魔式とは、魔法を使う上での必要な情報やプロセスのことじゃ。

 これを得れば、覚えていない魔法を使うことが出来るようになるのじゃ。

 しかし勿論、誰にでも伝授出来るわけではない。

 その者のレベルや属性によって、覚えたくても覚えられない魔法があるからの。

 しかしキロイは何の問題もない。

 何故なら魂魄連動魔装兵器は全属性対応で、レベルもあってないようなものじゃからだ。

 恐らくグレータンを使えば、この世界の殆どの魔法を覚えることだって出来るじゃろう。

 ・・・まあ、ワシの創作魔法は覚えられんじゃろうがな。

 因みに魔式を伝授するということが出来るのはこの世で三大神とワシだけじゃ。

「これでよし。どれ、ゲームを始めようかの。キロイや、準備はよいか?」

「うん!いいよ!」

「ではいくぞ。」

 さて、ゲームの始まりじゃ。

 先ずは最初に『ヘルズアント』でも出そうかの。

 この魔物は人ほどの大きさがある巨大な蟻の姿をしておって、攻撃力、俊敏性は魔物の中でも中程度といったところじゃ。

「やあ!」

 キロイは指先からキリング・レイを放ち、ヘルズアントを撃ち抜いた。

「やったぁ!見て見てお母さん!あたし凄い?」

 嬉しそうにキラキラした目をこちらに向けてくるキロイ。

 どうやら褒めて欲しい様じゃ。

「うむ、凄いのう。じゃが油断するなよ。この魔物は強さこそ大したことはないが、ある特性を持っておるからな。」

 ワシはキロイにそう忠告した。

 このヘルズアントは厄介な特性を持っておる。

 それは・・・命の危機が迫ると仲間を呼ぶというものじゃ。

 そして先程のやつはキロイの攻撃を受ける直前にその特性を使っておった。

「わわわわ・・・何かいっぱい出てきたよ。」

 その数を見て焦るキロイ。

 確かにこれは幻影とはいえ、見ていてあまりいい気分にはならんな。

 ざっと数えて20匹程度か。

 じゃがこれくらいでなければこのゲームは楽しめん。

「さあキロイや。遠慮なく奴等を撃ち抜いてやれ。」

「うん!」

 キロイは狙いをつけ、ヘルズアント達にキリング・レイを複数回放った。

 そのどれもが確実にヘルズアントに当たり、数を減らしていく。

 ほう・・・

 これは凄いのう。

 覚えたての魔法をこうも使いこなすとは。

 これならばもう少し難易度を上げてもよいか。

 キロイがヘルズアントの最後の一匹を撃ち抜いたところで、ワシは続いての魔物を出現させた。

「うわー。今度は蜂?動きが凄く早いよ。」

 そう、キロイの言うように続いては『キャンディビー』という蜂型の魔物じゃ。

 こやつは防御力が低い分、素早さがある。

 中々狙いを定められんじゃろう。

 案の定、キロイは苦戦している。

 先程はあれだけ簡単に当てることが出来たのに、今度の魔物は掠りもしない。

「お母さん、何かコツは無いの?」

 キロイはワシにアドバイスを求めてきた。

 うむ、こういうのもゲームの醍醐味ではあるわな。

「そうじゃな。相手の動きをよく見ろ。そして追いかけるように撃つんじゃなく、動きのパターンをよんでその先に撃つんじゃ。」

「わかった!」

 物分かりの良いキロイは、ワシのアドバイス通り相手の動きをよく観察する。

 そして・・・

「ハァ!」

 キロイの放ったキリング・レイがキャンディビーに命中した。

「やったーー!」

「おお、凄いじゃないか。もう少し時間がかかると思っておったのにの。キロイはセンスがあるのう。」

「えへへ。お母さんに褒められちゃった。嬉しいな🖤」

 照れながら喜ぶキロイ。

 本当に嬉しそうじゃ。

 どれ、もっと遊んでやるかの。

 ワシはキロイの笑顔をもっと見たいが為、この後も色々な魔物の幻影を出現させてゲームを楽しんだ。

 娘と遊ぶのは良いものじゃのう♪


 ・・・


 キロイとの楽しい一時があっという間に過ぎ、気付けばもう日も大分傾いておった。

 つい夢中になってしまったのう。

 キャッキャと遊ぶキロイを見ていると全然飽きんからな。

 しかしもうそろそろ家に入るとするか。

「キロイや。遊びはそこまでにしてもう家に入るぞ。夕飯にしようではないか。」

「!はーい!」

 遊びを中断させたのにも関わらず、変わらず笑顔で答えるキロイ。

 どうやら余程アオイの料理を気に入っているらしい。

 うむ・・・

 これはちょっと考えてやらねばならんな。

 キロイと家の中に入り、夕飯前にリビングでくつろいでいると、不意に玄関の外に見知った気配が現れた。

 間違いなくアオイ達だろうが、あまりにも早すぎるぞ?

 ワシが玄関に目をやると、玄関の扉が勢いよく開いた。

 そして先頭にいるアオイは開口一番、大声で叫んだ。

「主様ぁ!私ぃ、やっとヒーラーになりましたぁ!」

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