第5話

一郎は、ホテルの一室にいた。


 今晩は家に帰る事は出来ないと大井戸に言われた。明日も、聞きたい事があるので、今晩はゆっくり眠るように言われた。母親に事情を説明する為に連絡を取ろうとしたが、スマホは取り上げられてしまった。大井戸のほうから家には連絡するとのことであった。スマホ無しに時間を潰す術を彼は持っていなかった。


「テレビでも見るか・・・・・・・」独り言をつぶやきながら、リモコンを探すが見当たらない。直接テレビの電源も触ってみたが放送を受信する事は出来なかった。どうやら外部の情報を遮断されてしまっているようであった。

 一郎は、仕方なくベッドに背中から飛び込むように寝転んだ。


「どうして、こんな事になってしまったんだ」一郎は自分がどうしてこんな立場になってしまったのかを思いだしていた。全ては昨晩、レオという名の少女と出会った事が原因であることは明らかであった。唐突にパートナーになれと言われて、キス・・・・・・・、いや唇に噛みつかれた。あの瞬間から何もかもが変わってしまったのだと思う。

 一郎はどちらかというと人見知りで内気な少年であった。クラスでも本当に友達と言えるのは、中野と南位である。他のクラスメートとも全く話さないと云う訳ではないが、距離を置いている事は確かであった。クラスで目立たない地味な男子生徒。   

 無理やりではあったが、ロボットに乗って地球を侵略してきた異星人と戦うヒーローなんてありえないと思った。


「あれっ、でも怖く無かった・・・・・・・な」不思議な感覚であった。彼は子供の頃より、ずっとまともに喧嘩などした事が無かった。そうなる前に弱者の兵法で、自分が悪くない時であっても、率先して謝る事が多かった。そう人を殴った事など、覚えが無かった。いや人を殴る事が怖かったいうべきであろう。そんな自分が、あのロボットに乗ってあのセクターという怪獣を言葉通りボコボコに殴ったのだ。あの時の感覚は、まるで目の前にある両腕で行った事のように鮮明に感覚が残っていた。怖かった・・・・・・・、だが、どこかで歓喜に胸が高鳴っていた自分がいたような気がした。


 一郎は、その感覚を打ち消すように自分の両手の平で顔を叩いてから首を左右に振った。そのまま、ベッドから飛び上がると、目の前にあった鏡に映った自分の顔を見て違和感を覚える。「俺って・・・・・・・・、こんな顔だったっけ」なんだか目が少しつり上がっているように見える。彼は、どちらかと云うと目尻が下がっていて、幼い頃は「たれ目!たれ目!!」と言われてよく虐められたものであったが、今、目の前に映る顔は印象が変わっていた。


『一郎、一郎、聞こえますか』唐突にレオの声が聞こえる。まるで、すぐそばに彼女がいるかと錯覚するくらいはっきりと聞こえる。


「レオ・・・・・・さん、どこにいるんだ」見回すがどこにもいない。


『ここです。窓の外をみてください』彼女に言われるままに窓から外を見る。


「えっ!?」窓の外にレオの姿が見えた。一郎は幻ではないかと目を擦った。大井戸に連れられてきたこの部屋は、たしか地上二十階であったはずである。その部屋の窓の外に人がいるなんて事はあり得ない。


「一郎、私と一緒に散歩しませんか?」レオは悪戯っぽく笑う。


「散歩?一体どうやって・・・・・・・」一郎がそう尋ねる間もなく、彼女は窓を力づくで開いた。通常、こういう高層ホテルの窓は、飛びおり防止の為に完全に開放できないようになっている物なのだが、彼女にとってはそんな仕組みは知った事無いという事なのであろう。彼女の一連の行動を見て、一郎は呆れたが急におかしくなって爆笑してしまった。


「さあ、一郎!」レオは誘なうように手を差し伸べた。なんだか空を飛べるような気がして彼女の手を掴んだ。そのまま二人は鳥のように空を舞った。


「スゴイ!君は空も手べるのか!!」もちろん、一郎はこのような形で空を飛ぶ事は初めてであった。まるでスーパーマンにでもなった気分であった。


「いいえ、私にはこんな力はありませんでした。一郎とパートナーとなった事で、新しい力が目覚めたのです」レオは楽しそうに語る。そう、この感覚は彼女にとっても初めての物であった。満面の笑みを一郎に見せた。


「星が綺麗だ!」空高く舞いながら瞳に飛び込んでくる星々は、地上から見上げるそれとは格段に違っていた。


「そうですか?宇宙で見る星はもっと美しいんですよ!」


「そうなんだ!俺も見てみたいな」もちろん一郎は、宇宙なんて行った事などなかった。大きなタワーが目の前に現れた。二人はその頂上に近い場所にゆっくりと舞い降りた。


「見れますよ。私と一緒に行けば・・・・・・・・」彼女は言いながら遠くを見た。


「って、レオさんもやっぱり宇宙から・・・・・・・・、宇宙人なのか?」これは解りきった質問であった。あのエクスという名のロボットや、彼女の力は地球の物では無い事は明らかであった。


「そうです。私も宇宙からやってきました。」なぜか少し自慢でもするように長い銀髪をかき上げた。


「昼間言ってたケけれど・・・・・・・・、わざわざ、この地球を守ってくれる為に来てくれたのかい?」昼間の大井戸との話で、彼女の目的がセクター人という異星人と戦い、その侵略を防ぐ事が目的であると言っていた。


「それはそうですね・・・・・・・・。でも、私は、一郎と出会う為にこの星に来たのかもしれません」レオは真っすぐ一郎の顔を見ながら真面目な表情でその言葉を口にした。一郎は、まるで告白でもされたように耳を真っ赤にした。


「からかわないで・・・・・・・・くれよ」恥ずかしくて声を詰まらせながら、自分の感情を読まれないように彼女に背中を向けた。


「からかってなどいませんよ。私は本当にそう思っています。一郎は私の最高のパートナーです」そう言いながらレオは軽くウインクをして見せた。


「惚れてまうやろ・・・・・・・・」一郎は小さな声でポツリと呟いた。

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