第2話

「おい、一郎・・・・・・!」小さな声で一郎を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある声、どうやら同級生の中村のものであった。


「う、うう・・・・・・・、なに?」一郎はどうやら、授業中に教室の机の上にうつ伏せの状態で熟睡してしまっていたようである。


「さすがに俺の授業を聞くのは退屈か?」声の主を確認すると、黒板の前に古典教師の万代の姿があった。


「あっ、おはようございます・・・・・・・」一郎にとっては寝起きであったので、自然とその言葉を口にしてしまった。そのやり取りを聞いていたクラスの生徒達は爆笑した。


「お前、顔を洗って・・・・・・・」万代がそこまで言ったところで午前の授業終了を告げるチャイムの音が鳴った。万代は呆れた顔をしながらチョークをケースの中に終うと日直に目配せして号令を即した。


「お前、どうしたんだよ。寝不足か?」目の前の席に座る中野が少しからかうように笑いながら椅子ごと、振り返った。


「うーん、なんだか変な夢見てさ・・・・・・・」一郎は頭を少し掻きながら眠気を飛ばすように頭を振った。


「何々?なんの話!?」片手に可愛いポーチを持った女子が現れた。その中には昼食用に小さな弁当箱が入っている。


「おお、南!こいつ昨日、変な夢見て寝不足になってさ。授業中に居眠りして万代に怒られてやんの」中野は、滑稽に笑う。その顔を見た一郎は、何が面白いのか理解出来なかった。


「えっ!?どんな夢、気になる気になる!」南は適当に空いている椅子を引っ張てくると、一郎の席の横を陣取った。毎日、この配置が昼のお決まりであった。三人は中学生の頃からの友人同士で会った。男二人に女一人、妙な三角関係を周りから疑われたりするが、一郎は南を女子として意識したことは無かった。まあ、中野と彼女が付き合っているのなら、それはそれで構わない。お邪魔虫にならないように気は配ろうと思っている。


「なんだよ、人の夢の話なんて面白くないだろう」中野は常識的な事を口にする。彼の言うように、他人の夢の話を聞いても、盛り上がりも落ちも無く聞いてるだけ時間の無駄という物が大半を占める。たまに愉快な者もあるが、それはあからさまに話を盛っていると思われる。彼は、自分の弁当箱を鞄から取り出すと自分の目の前に置いて蓋を開けた。彼の母親が作ったのであろう、彩の綺麗なおかずが並んでいて美味しそうであった。


「えー、いいじゃない。私聞きたい!」南も小さな鞄から、また可愛い弁当箱を出した。本当にこれで足りるのかと思うほど少量であった。


「じゃあ、話してやれよ・・・・・・・・、夢の話」中野は詰まらなさそうに言いながら、箸でソーセージを掴んで口の中に投げ込んだ。


「ああ・・・・・・・・」一郎は首の辺りを摩りながら片目を瞑った。その左手首には、南が初めて見るブレスレットが嵌められていた。ちなみに、一郎の昼食は菓子パン二つと牛乳であった。



 レオという名の少女にキスされたかと思ったその瞬間、唇に軽い痛みを覚えた。どうやら、彼女は口づけしたというよりは、一郎の唇を噛んだというのが正解のようであった。唇から始まった痛みは全身を駆け巡り、軽く血流が勢いを増して体温も数度上がったかのように体が熱くなった。ふと、レオと名乗った少女を見ると、彼女も紅潮するかのように頬を染め、軽い痛みに耐えているような顔をした。その表情が少し艶っぽく見えて、彼のほうが恥ずかしくなった。


「す、凄い・・・・・・・、こんなに気持ちいいのは初めて・・・・・・・」レオはその言葉口にしてからゆっくりと目を閉じてから呼吸を整えた。


「スゴイ数値ダ!コノシンクロ率ハオドロキダ」彼女のイヤリングから、声が聞こえた。


「ええ、これなら逃げる必要は無いわね」レオは気合を溜めると、一気に追手の前に出ると、まるで格闘家のようなボディブローをお見舞いした。


「ぐえっ!!」昆虫のような顔が苦痛に歪む。よくみると、彼女の放ったパンチは男の腹部を突き抜けて、背中から突き出ていた。そのまま男は絶命してしまったようだ。彼女はためらい無しに、その右手を男の体から引き抜いた。彼の体は体液ををまき散らしながら、地面に崩れ落ちた。


「ひ、ひい!!」他の追手がその光景の驚き逃げようとする。


「逃がさないわよ!さんざん追いかけまわしてくれたお返しよ」逃げる男の背中に、足刀で美しい飛び蹴りを喰らわせる。そのまま、地面に叩きつけられるように這いつくばって絶命したようである。地に着地した足を軸にして後方に大きく宙がえりをする。その長い髪が暗闇の中で、美しく輝く。着地したのは別の男の肩の上、そのまましゃがみ込むと男の頭を両手をクロスするようにして掴むと、勢いよく捻りながら言葉通り引きちぎったのであった。それは、まるで楽しんでいるかのように見えた。


 その一連の出来事を一郎は、呆然と眺める状態になってしまった。さすがに、映画の撮影ではない事に彼も感ずいていた。その瞬間、腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。


「一郎、あなたのお陰で助かりました」目の前に、レオの顔が現れた。それは、男達を惨殺した同一人物とは思えない笑顔であった。


「な、なんで、殺した・・・・・・・・、た、頼むから俺は殺さないで・・・・・・・・!」一気に恐怖が全身を駆け抜ける。目からは涙があふれ出てくる。生まれてからこんな恐怖を感じたのは初めてであった。


「一郎は、私の大切なパートナーです。そんな事はしませんよ」レオは優しい口調で言いながら、大切な物を扱うように彼の体を抱きしめた。その瞬間、気が遠くなって彼は気絶した。



「なんなんだよ、その夢。お前、まさか中二病か?」中野は一郎の夢の話を聞いて、馬鹿にするように言った。


「知らねえよ。夢なんだから仕方ねえだろう」一郎はクリームの入った菓子パンに嚙みついてから、牛乳を流し込んだ。


「で、でもすごいね。なんだか映画の話みたい・・・・・・・・」南も少し苦笑いしながら、誤魔化した。やはり面白くなかったのであろう。


 唐突に激しい爆音が響く。


「な、なんだ!地震か!?」教室の生徒達が一斉に立ち上がり音のした方を見る。黒く立ち込める煙と炎。町が燃えている。そして、そこには・・・・・・・・。


「あれは、怪獣・・・・・・・・か!?」一郎の目には、それは昔見た特撮番組の怪獣にしか見えなかった。怪獣は大きな雄たけびを上げた。それは、この世の生き物とは思えないほど恐ろしい物であった。その怪獣は目の前にある障害物を片っ端から破壊していく。


「なによ、あれ、映画・・・・・・・・の訳、ないわよね・・・・・・・」南の顔は恐怖に引きつっている。あまりの事に逃げる事を忘れているかのようであった。


 一郎たちが恐怖の目で見つめる、窓の向こうから赤い物体が、教室の中に飛び込んでくる。一郎はそれを目視で確認してから一歩後ろにたじろいだ。


「一郎!!私と一緒に来てください!」唐突に自分の名前を呼ばれて我に返る。見覚えのある白銀の髪をかき上げる少女。一郎の目は驚きと恐怖のあまり大きく見開かれていた。


「えっ!まさか・・・・・・・君は・・・・・・、レオ!?」そこには昨夜見た夢の中に出てきた美しい少女、レオの姿があった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る