第24話 花火の前の二人



 涙を流す情けの無い僕を励まそうとする様に美空は元気な笑顔を作り...。そう作っているのが判るのだ、消えてしまう事を知って寂しくない筈が無い。そんな美空は笑顔で


「あたし、休んで元気になったんで賑やかな所へ行きましょう!」


 僕は美空へ『無理をするな』と言いたかったが、健気に気丈に振る舞う美空の気持ちを蔑ろにする訳にはいかないと思い。


「そうなんだ。それじゃ行くか。」


と、美空の作った笑顔の様に僕も気丈を作り返事をし。立ち上り美空の手を引いて神社のベンチから離れ、歩いて川沿いへと戻る事にした。屋台通りが近付けば、先程の神社の静けさとは別世界で人通りも賑やかさも。僕と美空の寂しさすら嘘に思える程で、少し僕はホッとした気持ちになり歩いた。


 美空も、無理に歩かずに僕の首に抱き付いて。フワフワと浮かびながら嬉しそうにしていた。美空の水色の浴衣は赤みを帯始めた空の下に映えて、徐々に花火大会の近付きを知らせてくれた。


 早い者達はブルーシートの上に腰を下ろし、近くの店で仕入れた刺し身や唐揚げを広げ。屋台で購入したタコ焼きやフライドポテトを袋から取り出し酒を飲んで騒いでいた。そんな数組の酒盛りを通り抜け、川沿いへ辿り着くと。川には無数の屋形船が灯りを焚いて川岸から離れ芸子の三味線などに合わせて手拍子を鳴らし花火大会の始まりを踊りながら待っていた。


 まだ太陽は空に明々としてはいるものの、うっすらと赤みを帯びた空気の中で、ゆらゆらとふらふらと、屋形船が淡く照らされて幻想的な風景を川の水面へと映しながら。浴衣を着た多くの酔っ払いが大声で笑いながら宴から余興へと移しながら。


 僕はそんな光景の中で背中に幽霊の美空を背負ったまま


「楽しそうだね。」


「うん。いっぱい人が騒いでて楽しそう。」


「花火。早く始まらないかな。」


「うん。凄く楽しみ。」


そんな会話を繰り広げながら、ゆらゆらとふらふらと、川沿いの歩道を歩いてゆく。語りが少し弱い美空に不安が無いと言えば嘘であるが、それを気にしていても何も僕には手立てが無いことと、今の美空に少しでも楽しい思いをしてもらいたい。そんな気持ちで僕は動きを止める事が出来なかった。


 もう、美空自身が自分が消えてしまいそうな事を理解しているのに。僕に何が出来る。『大丈夫だよ!消えやしないよ!』なんて言ったところで、一番状況を理解している美空からすれば、馬鹿な僕に気を使って笑うだけだ。


(頼みます。消えないで。お願いします。)


僕は何か解らない者に祈った。川の神様のお祀りなので川の神様でも良い。今の美空と僕の気持ちを助けてくださいと。僕は人間は自分の力でどうにも為らない事に遭遇した時に祈るのだと、その時に理解した。僕は無力だ。いや、例えどの様に賢く、どの様に逞しい人間だとてこの状況はどうする事も出来ないのであろう。だから人間は人間以上の者に祈るのだ。


「ねえ、マサトさん。」


「ん?なんだい。」


「マサトさんは毎年花火を観ているの?」


「ああ、何だかんだ毎年観ているよね。大学の頃の四年間以外は。」


「マサトさんはエリさんと花火を観に来たこと有ります?そりゃ有りますよね。恋人なんですし。」


「うーん。そうだね。去年は来たかな。」


「楽しかったですか?」


「うん。でもあまり覚えていないんだ。」


「そうなんですね。」


美空が何を気にしたのか、そんな事を訊いてきた。それに何の意味が有ったのか、それとも沈黙に耐えられずに適当に話したのかそれは判らない。


 川沿いの歩道は徐々に人が増えはじめて、青、緑、オレンジ、藍、茶、ピンク、紺、スカイブルー、色んな色の服の人達がまるで何かに吸い込まれていくかの様に川沿いへ流れ込んで来て。まるで、花火の前座を行う演芸の様に艶やかに流れ入って来る。


 この川沿いに暗い表情の者は無く、屋台で手にした欲しかった物を手にして笑顔で有ったり。大切な人の喜ぶ姿に微笑んでいたり。親しい友人と酒を酌み交わし爆笑したり。流れる川に幻想的に漂う屋形船に見とれていたり。花火を観るのを楽しみに微笑む美空が後ろに居たり。


 僕と美空は歩くうちに、花火を一番近くに観る事の出来る広場へと辿り着いた。広場はブルーシートを広げてバーベキューをする家族や、蓙を敷いて並び座る老夫婦や、ベンチに座るカップルや、幽霊を首からぶら下げて歩く僕が居た。


 その一ヶ所のベンチが空いていたので僕と美空はそのベンチに横に並んで座り、手を繋いで花火が始まるのを待った。


 すると、僕達が座るベンチに若いカップルがドカと座り。女の方は螺旋状に切られた芋を噛りながらベラベラと話すものだから口から芋の切れ端を飛ばし。男の方は焼き鳥のタレをボトボト滴ながら、缶ビールを呷りながら同じくベラベラと話すので口からビールの飛沫を飛ばしながら話しており、隣に居るのは気分の良いものでは無かった。


 僕はそのカップルの方を見ていたのだが、カップルの方はこちらを気にもせず騒いでいた。美空もその騒がしい状況に怪訝な顔をしていた為に僕は立ち上り美空を首からぶら下げて、この広場を後にした。その時に美空は


「せっかくの花火をあんな情緒の無い人達の横で観たく無かったんで、マサトさんが立ち上がってくれて良かったです。」


と笑って言った。しかし、立ち上ったは良いものの特に行く宛も無く。考えていると間髪いれずに美空が


「マサトさん。あたし少しワガママを言っても良いですか?あたし、昨日行った貯水タンクの上から花火を観たいです。」


「ああ、あそこなら静かで周りに人も居ないし。花火も近くで観られるな。ナイスアイデアだよ。」


美空は僕のその返事に嬉しそうに笑顔を向けて


「じゃあ行きましょう。」


そう言うと僕の首にしがみついてフワフワと浮いた。美空は幽霊だから周りからは見えはしないが。もしも見える人が居たらどうなる事かと思いながら、考えながら歩いた。


 街は徐々に赤みを増していき、歩道を行く人々も赤く染めていき、まるで花火を始めるために大きな炎でも準備したかの様にこの街を赤く染めた。赤い色を増していく西の空に対し、東の空は徐々に青味を深めていき、僕達はその真ん中を風の様に歩いて行った。美空をヒラヒラと翻しながら。






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