第22話 太陽と幽霊と


 僕は横になり、小一時間目を閉じていた。少しだけ、美空やエリの事を考えてからそれからは特に何も考えずに。


 僕が目を開けると時計は15:42を指していた。僕は起き上がり風呂場の洗面台へと行き顔を洗い歯を磨いた。美空はまだ出てきていなかった。僕は箪笥から薄いピンク色のTシャツを取り出して頭を通し着ると、靴下を履いてカーキ色のゆったりとしたパンツを履いて上に白いチェック柄の長袖のシャツを羽織った。


 髪をワックスで手櫛を入れて整えると、手を洗いタオルで拭いた。僕は外出の準備が整いそのまま美空を待つ事にした。


「美空。そろそろ出掛けるよ。」


声に出して呼んでも返事も無く。僕の中で本当に消失してしまったのではないだろうか?という不安な気持ちが広がった。


「美空。」


「美空。」


と、時間を空けて何度か呼んでみたがやはり返事が無い。僕の中の不安はどんどん広がり、僕は何度も呼んでみた。返事はそれでも無いので僕は座卓の所へ座り込むと床に置いた手にまたザラリとした砂の感触が有った。


「あれ?ちゃんと掃除機をかけた筈なんだけどなあ。」


と、僕はまた押し入れから掃除機を取り出してかけた。今度は取り残しの無い様に僕は床を見回したが、もう砂は床には見当たらずに僕は掃除機を片付けようとすると


「すみません!準備が遅くなっちゃって。」


そう言うと美空は徐々に姿を現し、その姿に僕は目を奪われて。その後に


「その格好...」


「やっぱりお祭りは浴衣ですよね。なかなかイメージが固まらなくて遅くなってごめんなさい。」


美空は浴衣を広げながら僕にそう言った。浴衣は水色に折り鶴と手毬の柄をあしらった物で有ったが。美空の明るい髪の色と表情に合っていて僕は褒め馴れていないせいか。


「似合ってるよ。」


と、そんな淡白な言葉しか出て来なかったにも関わらず。美空は嬉しそうに浴衣の両袖を広げてくるくると回って見せた。そんな美空を見て僕は微笑むと


「じゃあ、そろそろ行こうか。」


そう言いながら僕は何かを忘れている気がして立ち止まった。何を忘れているのかも判らないぐらい深く忘れている感覚で、思い出せそうも無いので僕はそのまま玄関へと歩いて靴を履いて外へと出て行った。


 美空はいつもの様に首に抱き付かずに、僕の隣へと来て手を繋ぎ横を歩いた。僕は不思議に思い


「今日はどうして歩いてんだ?」


そう尋ねると美空は唇を尖らせながら


「マサトさんって本当に鈍感ですよね。エリさんも可哀想だわ。あたしの足を見てください。昔、川沿いに在る下駄屋さんで買った可愛い下駄を思い出したのでせっかくなんで歩きたかったんです。この金魚の絵が可愛いでしょ?」


美空は僕に見せた。確かに下駄は漆塗りの上に数匹の金魚の絵が描かれて涼しげに游いでいる姿が可愛らしく見えた。


「本当は下駄だからカランコロン言わせて歩きたいけど、あたし幽霊だから音が立たないんですよね。」


と少し寂しそうに言った。僕はそんな美空に


「良いじゃないか。音ぐらい。」


そう言いながら二人で並んでアパートからの下り坂をゆっくりと一歩一歩、歩いて下って行った。自転車とは違い。夜とは違い。周りの景色がゆっくりと、ハッキリと僕達から後ろへと下がって行った。行き交う人々がソワソワとしながら嬉しそうに歩いている。そんな風景の中の一部として僕と美空はこの街の川へと向い歩いた。


 美空は嬉しそうにキョロキョロと街の風景を眺めて声に出した。


「人がたくさん出てきてますね。わぁ、屋台もいっぱい!」


「毎年の事ながら人が多いよな。」


美空は興奮したのか僕の手を握る力が強くなっていた。坂を降り川が近付いて来ると周りに屋台が建ち並んでいた。美空は金魚掬いの屋台に僕を引っ張って金魚を指差した後に自分の下駄を指差して笑ったり。ヨーヨー釣りに行っては浴衣の手毬の模様を見せてきたり、まるで初めてお祭りに来た子供の様にはしゃいでいた。


 周りには制服を着た中学生がたくさん友達連れで歩いていた。螺旋に切られたジャガイモを手に持って齧り付いていたり。割り箸にお好み焼きを巻いた物を食べていたり。この街の中学校ではお祭りに行く際には休みの日であっても制服で行く事を義務付けている為に、この周辺の中学生は色んな学生服の集団で歩いていた。


 僕は昔、このお祭りに友達と一緒にお祭りに来ていた時の事なんかを思い出し微笑んだ。そんな事を考えながら歩いていると、子供にぶつかりそうになって慌てて避ける姿を見て。美空は腹を抱えて笑ったり。本当に楽しい時間が過ぎて行った。


「美空。何か屋台で食べるか?」


「あたしなら、さっきカレーライス食べたからまだ大丈夫ですよ。」


「そうだな。僕もお腹は減ってないし。」


そんなくだらない会話をしたり。しながら屋台を抜けて僕達は川へと辿り着いた。川沿いの道には花火見物の場所取りのブルーシートが昨日よりも多く貼られていて、僕達は歩き難そうにブルーシートを避けながら歩いた。その時に美空も一生懸命にブルーシートを避けて歩くのを見て。


「美空は幽霊なんだから避けなくても大丈夫だろ?」


と僕が言うと美空はきょとんとした顔で


「あっ、そか。」


と納得して笑っていた。川沿いを下った大きな橋の袂では花火の準備でトラックやクレーン車が数台並んで花火の準備に取り掛かっていた。クレーン車から伸びたワイヤーを見て。


「美空。見てよ。あれ仕掛け花火の準備してるよ。」


僕がそう言うと美空は目を大きく見開いて


「わあああ。」


と驚きの声を漏らしていた。僕はそんな美空の姿を見て。もしかしたら美空は消えてしまうかも知れない。そんな気持ちを少しは忘れる事が出来て僕は少しだけ気が楽になった。


 しかし、気持ちに少しだけ隙間が出来れば。やはり、美空の事が心配になっていた。そして思念体である幽霊の消滅となると、心の、つまりは記憶の消失がやはり幽霊本体の消滅にへと繋がっている気がしていた。それでも美空は嬉しそうにあっちこっちの屋台を覗き込んでは僕の方を振り向いて喜んでいた。




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