第20話 お別れの砂


 ―――その頃、あたしは一人でマサトの隣で目を覚ました。



(何か足の所がザラザラする)



何だろう?外に出たときに足に砂でも着いていたのかな?いや、あたしは宙に浮いてるし。貯水タンクの上で寝転んだ時に身体にコンクリートに含まれる砂が着いたのかな?マサトとエリさんのお布団を汚したら悪いよね。


 そう思いながら、あたしは静かにお布団からもぞもぞと出て掛け布団をゆっくり捲り中を確認した。朝陽がお布団の中に入り込み、あたしの足元辺りを見るとそこには細かい透明な砂粒みたいな物が疎らに落ちていたので。あたしはこっそりお布団の中から手で掃き出した。


 その砂粒を指先で摘み手に取りよく見ると、透き通った透明で脆く少し強く摘まむと簡単に崩れて消えた。あたしの見たことの無い物質だった。


 あたしはこの砂の様な物質が何なのか気になり、もう一粒摘み上げたが強く摘まむと。また簡単に崩れて消えた。あたしが床に座るとやはり足の所がザラっとしたので、あたしは足を撫でると足がザラザラとしていた。


 ザラつく自分の足の方に、あたしは恐る恐る目を向けると。あの小さな砂状の粒があたしの足にたくさん着いていた。


「何これ?何処で着いたの?」


と独り言を言って。足を撫でながらマジマジと見ると、あたしは全身が血の気が引くように恐ろしい程の寒気に襲われてガクガクと全身が震えて身体は何一つ言うことを聞かなくなった。


 砂状の粒は、あたしだったのだ。あたしの身体が砂状の粒になり溢れ落ちていたのだ。不安と恐怖であたしは嗚咽と涙が溢れた。


何も出来ずに、あたしは呆然と座り尽くしていた。


「何やってんだよ?」


その時にマサトは目を覚まし眠そうに目を擦りながら、あたしに声を掛けて来た。あたしはその声にすがり付いて、涙を止める事も出来ずに呼吸も整えられずに。


「キスして!!!」


「何だよいきなり。」


「いいから!キスして!!!」


あたしは、もう何が何か解らない状態で消えてしまいそうな自分を消さない為にもマサトにしがみついてキスをした。それが消えない方法かどうかは解らない。ただ、こうする事で何かが変わるような気がしたとか。そう言う抽象的な気持ちでマサトにしがみついてキスをした。マサトはあたしの事を優しく抱き締めてくれた。その事であたしが砂状の粒に為る事が食い止められた様な気がした。


「どうしたんだよ?怖い夢でも見たのか?」


マサトのその台詞は、この砂状の粒になって消えてしまいそうな自分を知られたく無かった、あたしには好都合であり。


「うん。何かちょっと。」


とあたしは曖昧な返事で誤魔化した。マサトは首を傾げながら、そのまま風呂場の洗面台へと行った。あたしは足をもう一度触って確認すると粒に変わるのは治まっていたので、少しホッと胸を撫で下ろした。


 風呂場から出てきたマサトはお湯を沸かして、自分とあたしの分のコーヒーを淹れて。手渡してくれた。マサトはあたしに


「別にお腹空いてないだろうけどご飯食べる?」


と訊いてきたので、あたしは頷くとマサトは冷蔵庫からエリが用意した鍋を取り出してコンロに掛けて温め始めた。そして冷凍庫からラップにくるんで冷凍されたご飯を2つ取り出して電子レンジで温め始めた。


 その間にマサトはコーヒーを飲みながら平皿を2つ取り出して流し台に並べて、またコーヒーを飲みながら電子レンジを見ながら。オタマで鍋をゆっくりかき混ぜていた。『ピーッ』と音が鳴るとマサトはご飯を取り出して平皿に盛った。そして、鍋をかき混ぜながらオタマで鍋の中に入っていたカレーを平皿の上のご飯へとかけた。


 マサトは座卓のあたしの前へとカレーライスを並べた。そして、マサトはグラスに水とスプーンを持ってきてあたしに手渡した。


「別に腹減ってる訳じゃないんだけど。せっかくエリが作ってくれてたからさ。一緒に食べようよ。」


そう言うとマサトは手を合わせてカレーライスを食べ始めたので、あたしも手を合わせてカレーライスを食べ始めた。カレーライスは凄く懐かしい味がした。きっとあたしは生きている時にカレーライスをよく食べていたのだとは思うのだが、その記憶はモヤがかかった様にぼやけてハッキリとは思い出せないのだが。ただ懐かしいとだけ思った。


 きっとあたしは、そんな風に生きていた時の記憶を色々と失っている。失った記憶を思い出そうとしても忘れているので何を思い出して良いのかも判らない。その事を思うと少し悔しい思いに襲われた。そんな事を考えながらも、あたしとマサトはカレーライスを食べた。


「エリさんのカレーライスって美味しいね。」


「そうか?普通だと思うけど。」


「エリさんがせっかく作ってくれてるのにマサトさんは酷いね。」


「感謝してるよ。これでも。」


そんなやり取りをしながらも、マサトとあたしは二人ともカレーライスを食べ終わり食器を片付けるとまた残ったコーヒーを飲み始めた。寝起きから不安な気持ちになったあたしは、少しでも明るい気持ちに成りたくてマサトに明るい話題を振ろうと思ったが話題が思い浮かばずに居ると。マサトの方が笑顔であたしに


「今日は夕方から花火大会だから楽しみだな。」


「うん。花火綺麗だろうね。」


「ああ、色んな花火が上がって楽しいよ。屋台もたくさん出ているしさ。」


「人がいっぱい居るからはぐれない様にマサトさんにしっかり掴まっておくね。」


あたしが、そう笑いながら言うと。マサトはコーヒーを口に含んで飲み込み鼻で笑った。あたしはそんなマサトの隣に座って寄りかかった。マサトに触れていると、あたしはあたしの存在を確認できて心なしか安心するのだった。


 もし、この今日の花火大会の前にあたしが消えてしまったなら。あたしはどんな気持ちになるのだろうか?消えてしまうから気持ちやそんな物の存在も無く何も解らずに消えてしまうのだろうか?想いすら消えるのであれば、あたしは何だったんだろうと考えたのだが。足から消えてしまいそうで、残された時間の少ないあたしに出来る事は諦めに似た覚悟を決める事だけだった。


 何も出来る事が無いと解ったあたしは



(もしも神様が居るのであれば、せめてマサトと花火を見せてください。)



そう心の中で願ってみた。そんなあたしの願い事に背中を向けてマサトは先程食べたカレーライスの食器とコーヒーを淹れたマグカップを洗っていた。





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