第11話 通り過ぎし夜風



 不安な気持ちに飲まれてしまいそうになりながら、今朝出向いた公園へとたどり着いた。この公園は町が許可を出していない為に、屋台の準備をする人も無く静かなものであった。


「なあ?幽霊に成っても夜風は気持ち良いのかい?」


そう僕が美空へと訊ねると


「ええ。とても。」


そう微笑んだので、僕も微笑み返し


「なら良かった。僕が例え死んだとしても夜風は楽しめるんだ。」


「死んだらなんて言わないでください!あっでも死んでいる、あたしが言うのも変か。」


「ああ、変だよ。幽霊の美空が言うのは。でもそう言うのが相手を思うって言うのだろうね。」


この時間が何時いつまでも続けば良いのに。こうやって二人でくだらない話をして。たまに互いを思いやる言葉を口にして。僕はそう思いながら僕の首にしがみついている美空の腕へソッと手を当てた。美空はもう片方の手で美空の腕へ当てた僕の手の上に重ねた。


「多分、あたしとマサトさん。同じ事を考えていると思います。」


美空はそう僕の耳元でそう呟くと首にしがみついたまま、頬を寄せてきた。繊細でやわらかい肌が僕の頬へ。


「神様って本当に意地悪ですよね。死んじゃってからこんなに大切な人に出会わせるなんて。」


「でも、こうなってないと僕達は出会えなかったんだよね。本当に意地悪だ。」


「あたしが消えてしまうのと。マサトさんが死んでしまうのってどっちが前なんだろう?」


美空のその唐突な質問に僕はもちろん答えを用意してなかったので、急に僕の時が止まった。僕は美空が記憶が薄れているのを感じているので、本当は美空は今にも消えてしまいそうだと思っていた。


 しかし、それを美空に悟られてしまうと。哀しい気持ちに襲われて、今すぐにでも美空は消えてしまうんじゃないか。それならば美空にその話しはしない方が賢明だと考え。


「まだ先の話しだろ。それよりも明日の花火大会の方が楽しみだろ。」


「はな...火...」


僕は美空のその言葉の間に血の気が引いて、沈黙が怖くなり一生懸命に美空へ話しかけた。


「そうだよ。明日の花火大会は結構スポンサーも付いて見応えが有ると思うよ。」


「あ...明日だったね花火大会。ちょっとあたし飲み過ぎちゃったね。楽しみだなあ。」


嬉しそうにする美空の横顔を見ながら、不安に押し潰されそうな自分の心を救いたくて


「明日に備えて今日は帰ろうよ。」


そう言うと美空は


「いーやーだー!もう少し居るの!」


と駄々をこねだし、より一層僕の首へとしがみついて、まだこの公園から離れない事を望んだ。僕の心の中では美空が消えてしまう事に対しての虚無感も在るが。その他にもそのお別れが近いことを理解して受け入れようとする気持ちも混在し。美空に少しでも楽しい思い出を作って上げよう。そう思い


「なあ、逆に明日は花火で見えなくなるから、今日は星でも観ようよ。この公園の貯水タンクの上から観ると空が近いんだ。」


そう言いながら美空を首からぶら下げたまんまで、この公園の端に在る貯水タンクへと歩きだした。百日紅の木が植えられた小路を脇に進むと幾つかコンクリート製のベンチが有り、その先に広い範囲で有刺鉄線を上部に巻かれたフェンスがぐるり囲んだ貯水タンクへと辿り着いた。


 貯水タンクは高さ10メートル程有り円柱形で直径30メートル程あり白く塗装が施されたズンと効果音が出る様に存在感の有る建造物であった。


「わあ。大きい。」


「ああ、結構大きいんだよね。小さい頃によく登ってさあ。街の景色を眺めたり夜に家に帰りたくない時にここで夜空を見上げたりさ。」


「へー、マサトさんもそんな時が有ったんですね。」


「そりゃ有るよ。それなりに生きていればさ。あの時なんか友達のアイツ!アイツなんだっけ?とにかくアイツがさ、俺の事を捜しに来たんだけどソイツも親に何も言わずに出て来てたから捜索願い出されちゃってて。こっぴどく、二人で怒られたんだよな。」


「フフッ。」


そんな僕の何処にでも有るような昔話を美空は楽しそうに聞いてくれた。僕はそんな美空を首からぶら下げたままフェンス伝いに逆時計回りに歩くとフェンスの扉が有り。ダイヤル式のチェーンロックが掛かっていた。僕はダイヤル式のチェーンロックを指差して美空へ


「さあ、ここに有るチェーンロックの3桁の数字は何だと思う?」


「そんなの分かんないよ。3桁でしょ?ええっとね。じゃあ、“1” “2” “3”!」


「ハズレ~。じゃあ、悪い事している人が嫌な数字は?」


「う~ん。わかんない。。。」


「分かんないか。“110”番だよ。人間、悪い事をしていると無意識に警察への電話番号の110を避けてしまうんだ。だから、この番号使っている所多いんだよ。」


「へー、そうなんだ~。」


僕はチェーンロックのダイヤルの数字を合わせると、カチッと言う音と共に鍵は開いた。僕はフェンスの扉を開けて中へと入った。中へ入ると一応扉を閉めて僕と美空は貯水タンクの梯子が在る裏手へと回り歩き始めた。貯水タンクの周りは草が生い茂り、コンクリート舗装をしてはいるが草が伸びて歩道は草で隠れて余り見えない為に僕は摺り足で手繰りながら歩いた。


 僕と美空が暫くそうやって歩くと、貯水タンクの裏手へと辿り着き。梯子が街灯に照らされて見えた。


「さあ、登るからしっかり掴まっててよ。」


僕がそう言うと美空は僕の首へギュッと力を込めた。僕は梯子を掴むとヒンヤリとした感触が掌へと伝わり力が一瞬弛むのを理解した僕は、しっかりと握り直し。上の段の棒を掴み直し、片足を下の段へかけ。交互に掴み直し、繰り返し徐々に上へと登って行った。


 貯水タンクの中頃まで辿り着いた僕と美空。僕の後で美空が動くのを感じると美空は


「わぁあ。こんな風に見えるんだぁ。」


と、喜んでいる声が僕の耳元に聞こえて。僕も嬉しくなり力を込めて一気に貯水タンクの屋上まで上がっていった。貯水タンクの屋上へ着くと緩やかなドーム状の形状をしており、僕はそこに寝転がろうと思ったが後ろに美空が


居ることを思い出し。


 振り返ると美空は僕の肩に手を置いたまま、隣に降りて立ち僕の方を振り向いて微笑み二人で手を繋ぎ屋上の床へと腰を下ろした。街灯を反射した川の水面が近くに写り。僕と美空はただその風景を静かに眺めた。



初夏の夜に並んだ二人、川と光りと淡い風



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