落ちこぼれと呼ばれて-3

 熾人に助けられた一件以降、水野たちが竜秋に近づいてくることはなくなった。私物を隠されたりなんて嫌がらせもピタリと止んだから、同一犯だったのだろう。


 竜秋はその後も登校を続けた。もう、熾人が朝と夕方に家を訪ねてくることはなくなった。竜秋は意識的に登校時間をずらし、学校内外で決して彼と顔を合わせないようにした。


 実際、家が向かい同士にもかかわらず、これ以降熾人の顔をめっきり見ることがなくなった。恐らくは熾人の方も、同じように竜秋を避けていたのだ。理由は分からない。いよいよ見限られたのだとしたら、それでもいいと思った。



 絶対に、絶対に、絶対に絶対に絶対に――お前を追い越してやる。



 竜秋はなに一つ諦めてなどいなかった。いつか異能バベルを手に入れることも、異能バベルなしで、最強の塔伐者になることも。



 異能バベルがこれから一生発現しないと決まったわけではない。授かる方法があるなら飛びつく。だがもう、ただそれを指をくわえて待つのはやめる。


 竜秋は、徹底的に体を鍛えた。塔伐科高校の入学試験では、何よりも戦闘能力が最重要視される。その対策である。強力な異能バベルを持っているであろうライバルを押さえて自分が合格するには、いっそ"異能バベルじみた基礎能力"を身につけるしかない。


 竜秋は、生まれて初めて"努力"した。少なくとも、目標のために長く苦しい鍛錬を膨大に積み上げるのが努力だとするなら、竜秋には経験がなかった。飲み込みがあまりに早すぎる竜秋にとっては、今までどんな鍛錬も、積めば積むほどに新しい世界が見えてくる楽しい時間でしかなかったからだ。


 そんな竜秋が、まず努力した。そこから、本当の努力は始まった。成長が頭打ちし、順調に登っていた坂道に、突如鋼鉄の絶壁が立ちはだかる。


 もうこれ以上、自分には先がない――そんな確信にささやかれる。そこから始まるのは、びくともしない絶壁を、ただ無限に押し続けるだけの途方もない虚無。


 押してだめなら引いてみたり、駆け上ってみたり、道具を使ってみたりする。違う分野の知識を仕入れて応用してみる。それでも壁は動かない。うんともすんとも言いはしない。湯水のように月日だけが浪費されていく。一つも成長しないまま時が流れる。変わらない景色に、いっそ後退しているのではないかと疑うときもある。


 それでも、立ち止まっている時間はない。毎日壁に体当りする。時にがむしゃらに、時に冷静に、頭から激突していく。


 ――タッちゃんなら、できるよ。


 うるせえ! お前に言われなくたって、俺が一番分かってんだよ!!


 折れそうな自分の尻を蹴り上げて、泣き言を言う自分は胸ぐらを掴んでぶん殴って、血反吐を吐く思いで吼えて――


 ふと、突然、最後は思いのほかあっさりと、その壁を乗り越える瞬間がある。


 頭が、肉体が、一分前とは別次元に飛躍している。見えなかったものが見える。呼吸して取り込んだ酸素の一粒を鮮明に感じるほど、世界の見え方が変わる。


 そんな竜秋の目の前に立ちはだかる、次の絶壁。


 壁に見えていたものが、巨大な階段の一段目だったことに、ようやく気づく。


 この営みを、努力と呼ぶのだと知る。


「……こんな割に合わねーこと、よくも笑顔でこなしてたもんだ。気持ち悪ぃ」


 努力の虫、幼馴染を思い出しては悪態を吐き、竜秋はもう、次なる壁に向かって助走をつける。


 そうして、雪が溶ける。中学三年生の二月。竜秋は塔伐科高校の入学試験当日を迎えた。

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