面接官も楽じゃない

谷田 凪

面接官も楽じゃない

「以上で面接は終了です。お疲れ様でした」


 形式的な自動音声が部屋に響いたのとほぼ同時に、姿勢正しく椅子に座っていた黒スーツの男女三人が一斉に立ち上がった。「ありがとうございました」と綺麗に声をそろえて全員で挨拶をしてから、きっちり九十度のお辞儀をして、一人ずつ面接室から外へと出て行く。

 面接室と同じフロアの別室でその様子をモニタリングしていた面接官二人もまた、緊張から解放されたことを感じた。三十代の男性と、二十代の女性。二人とも、「面接官」という業務をこなすために外部から雇われたアルバイトだ。


「いやぁ、お疲れ様。集団面接はやっぱりどうしても長くなっちゃうな」

「本当、面接する側のほうが緊張しますね」

「ロボなのに?」

「『中の人』やってるのは人間ですからね」

「まあそうなんだけど」

「あと、一ついいですか? 今年からは『大学のゼミで何をしたか』なんて聞いちゃダメですよ」

「え、なんでよ」

「この会社が都に書類で出した選考基準には『ゼミを熱心にやったか』なんて項目は書いてないからです。もし後になって『それで不採用にされた』と学生から抗議が入ったら、こちらが責任を負わなければいけませんから」

「うっわ」


 数年前から東京都内のみで試験的に導入されている面接制度――それがロボットを用いた「遠隔面接」だった。

 人間と人間で行う面接には、どうしても不正が生じる。不正とまでは言わずとも、「見た目」「学歴」といったところでふるいをかける会社が後を絶たず、悪質な会社では面接官が権力を盾に就職活動者に圧力をかけるケースもあった。

 そうした就職活動をめぐる問題を解決するため、三年前から、彼らアルバイトが操作するロボットを用いた面接が行われている。


「いっそAIで面接やればいいのにね」

「数年前はそうしてたらしいですけど、あまりに偏りが出たからやめたそうです」

「あー、確かにちょっと前まで体育会系の男の内定率が異常に高いって言われてたっけ……」


 AIでさえ人間が作るデータをもとに学習するため、偏見をゼロにできるわけではない。

 そのため、結局人間が面接官を務めることが今のスタンダードになっている。しかし過去の失敗を繰り返さないよう、都はいくつかのルールを決めた。


 ・まず男女比に著しい偏りが出ないこと。出るようであれば、なぜそのような結果になったのかについて弁明書を都に出すこと。

 ・面接官についても男女比の偏りが生じないようにすること。

 ・面接の質問については事前に都に提出した選考基準に沿うようなものに限る。関係のない質問をし、またその質問の回答が不採用の選考結果に影響したと認められる場合は不採用の取り消しもしくは補償を行うこと。補償は会社が行い、アルバイトはその時点で面接官としての資格を失う。

 ・面接官は代理者を立てることができない。事前に登録した静脈での認証を行うため、面接の業務に際しては端末を身に着ける義務を負う。

 ・面接外での面接官と就職活動者の接触防止のため、面接については公共施設に就職活動者のみ集め、遠隔で行う。

 ・カメラは部屋全体を移すことが可能な定点カメラ(一つ)と、就職活動者を正面から映すロボット内蔵カメラ(面接官の人数が上限)のみ設置可能。面接中は就職活動者へのセクハラや怠慢防止のため、正面からのカメラのみ接続を許可する。


 そのルールの大半は面接官の行動を制限するものであり、業務の範囲もアルバイトにしては広すぎるという批判もある。一方で時給は最低賃金の三倍以上するため、アルバイトとしては人気の業種でもあった。


「でも困ったな。今回の会社、『やる気がある者』としか書いてないから」

「そういった曖昧な書き方をする会社のほうが今どき少ないんですけどね」

「うーん、端っこの男の子が四年間ラグビー部って言ってたしやる気ありそうだから、あの子でいいんじゃない?」

「だから、そういう見た目とか印象で決めるのはだめですって」

「じゃあどうやって決めるの」


 女性は呆れたようにため息をついて、「あくまで公平に決めるんですよ」と言った。そして、面接中に書き留めていたメモを見て読み上げていく。


「まず、一人目は自己アピールの中身と会社の業務内容が合っていませんでした。しかし話し方と質問への返しはかなり洗練されていました」

「うん。結構化粧も上手かったな」

「そこは見なくて結構です。二人目はやや面接に慣れていない雰囲気はありましたが、大学の成績表と本人の話しぶりからして、真面目な性格がうかがえます」

「まあ、真面目なのは点高いよなあ。よくいるタイプっちゃそうだけど」

「三人目は業界のこともよくわかっておらず、自身のバイト経験のアピールのみに終始していました」

「んー、学生だからしょうがなくない? ちょっと意地悪で聞いてみたことも頑張って返してたから、オレはいい印象だったな」

「真面目に考えてます? この三名から誰か一名を二次選考に、となりますが……」

「それだけ分析できてたなら君が決めてくれたらいいんじゃない?」

「それはいけません。まず私が一票、あなたが一票、そして面接関係なく書類のみでAIが判定した一票で決めるんですから」

「って言ってもなあ」


 男性からすれば、一日のうちに何回もこなす面接の一つでしかない。しかも自身はアルバイトであり、実際に彼らと一緒に働くわけでもないのだから、誰が採用になろうが不採用になろうが知ったことではないというのが本音だった。


「三人の名前を書いて、ランダムに引こう」

「ビンゴじゃないんですから」

「いやいや、バカにしちゃだめだよ。これから社会で働くなら、運も大事な要素だ」

「はあ……」


 呆れ返っている女性を無視して、男性は「1」「2」「3」と書いたメモを小さく折っていく。

 その途中で、男性の左腕についていた端末から出たベルのような耳に痛い音が部屋中に響き渡った。ジリリリリリリリリリ、となり続ける音に、二人とも顔を見合わせる。


「何これ? 災害?」

「いや……エラー、ですね。講習の動画で見たような気がします」

「え、何それ」


 赤く点滅し続けていた端末から出た光が、壁へとメッセージを映し出す。端末にはプロジェクター機能もついているため、こうしたメッセージの表示が自動的にされるようになっていた。


「先ほどの面接の一人目の方から、『左側の、おそらく男性の面接官が操作されているロボットが面接官としては尊大で不適格』とクレームが入っております」

「至急、面接状況の確認と報告を行ってください」


 返事をする間もないほど連続して、機械的なメッセージが送られてくる。


「尊大? いや、どういう……」


 別の定点カメラに切り替えると、左側のロボットが充電切れ間近のためか、椅子にふんぞり返って座っていた。面接直前に室内の異常がないかどうかは二人で確認したため、面接中に徐々にロボットの充電が切れ始めたのだろう。

 面接中にふんぞり返る面接官への印象が悪くなるのは当たり前のことだが、アルバイトからすれば知ったことではない。しかし、就職活動者にとってはその一つのミスを指摘すれば補償につながる可能性もある。


「ロボットなのになあ」

 

 ぼやいている間にも、チャットはどんどん入ってくる。「あと八分後に別の面接の準備が始まるので退室してください」という催促だの、「一時間後から○○株式会社の面接が始まりますが、対応可能でしょうか?」という依頼だの、きりがない。

 「やっぱりこんなアルバイトなんてやめて、オレも就活しようかな」と思いながら、男はあくびをかみ殺した。

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