第5話 ボッタクーロ
メルルのおかげで客も集まり、その日の売り上げは2070リムになった。
平均客単価は200リムくらい。
メルルは当たりを引くことに熱くなりすぎて、300リム以上は使っていたはずだ。涙目のメルルが金券を引き当てたのは七回目にしてようやくである。
引き当てた金券の額は30リムで本人も満足したようだ。
明日も来ると言っていた。
『駄菓子のヤハギ』はかわいい常連さんを得たようだった。
夕飯に屋台で肉と野菜を挟んだパンを買い、俺は目を付けておいた宿屋へとやってきた。
『安心の宿 ボッタクーロ』だ。
暗がりで見ると外国映画で見たスラムの雰囲気があり、怪しさは二倍増しである。
小さな扉を抜けるとそこが受付カウンターで、目つきと体つきがイノシシに似ているおばさんがぼんやりと
俺の姿に目を止めたおばさんが野太い声で訊いてくる。
「泊まり? 休憩?」
おばさんの声が鋭くて、なんだか問い詰められているみたいだ。
「泊まりです」
「アンタ仕事は?」
おばさんは体を起こして俺のことをジロジロと見つめる。
「……露天商をやっています」
駄菓子屋と言っても通じないだろうと思ってそう答えた。
疲れていたので駄菓子の説明をするのも面倒だったのだ。
「前金で850リムだよ」
雰囲気は怪しいけど、値段に関して看板に偽りはないようだ。
850リムを支払うとおばさんは大きな体を
「夜は静かにしておくれ。うるさくすると喧嘩が起きるからね」
壁が薄いので話し声は筒抜けだそうだ。
寝ているところを起こされると、気の荒いやつは剣を抜いて文句を言うらしい。
忍び足で歩くことを心に誓った……。
通されたのは三畳もないくらいの狭い部屋だった。
その代わりと言っては何だけど、掃除は行き届いている。
「マジックランプは二時間分の魔結晶しか入っていないからね」
二時間するとベッドサイドの上のマジックランプは消えるようだ。
クタクタに疲れていたので夜遅くまで起きているつもりはない。
おばさんが去ると、俺は備え付けの毛布をかぶってすぐに眠ってしまった。
◇
翌朝は人の足音で目が覚めた。
そっと歩いても廊下はギシギシなるので仕方がない。
俺も起きて中庭の井戸へ向かう。
体重を乗せると木造の廊下がミシリと鳴った。
どこからか「チッ!」という舌打ちが聞こえてくる。
気の荒い客ばかりのようだ……。
中庭でバシャバシャと顔を洗ってからシャツの裾で顔を拭いた。
考えてみれば俺はタオル一つ持っていない生活だ。
所持金は920リムある。
ダンジョン前広場の露店ではいろいろ売っていたので探せばタオルくらいあるだろう。
チェックアウトは勝手に出ていけばいいと教えられていたので、物音を立てないように外へ出た。
早朝の露店で見つけたタオルを500リムで購入した。
タオルと言っても俺の知っている物とは程遠く、単なる木綿の布である。
しかしこれでも役には立つ。
首に巻けばマフラーになるし、顔や体を洗うのにも使えるのだ。
どこかで安い朝食を手に入れようと露店を見回していると元気な声に呼び止められた。
「あ、こんなところにいた! 店はまだやらないの?」
声の主はメルルとミラだ。
「おはよう、メルル。それからミラ」
「ねーねー、今朝はお店をやらないの? 私、やっぱり10リムガムを三つ買い足したいんだけど」
「了解。すぐに始めるからこっちに来て」
二人を連れて、店ができそうな場所へ移動した。
「開店! 駄菓子のヤハギ」
叫べばすぐに天秤屋台が現れる。
「あら、お兄さんは私と同じ魔法使いなのですね」
ミラ嬉しそうに言ってくれるけど、それは微妙に違うような……。
俺のジョブは駄菓子屋だ。
「どうかなあ? 俺が使える魔法はこれだけなんだよね」
「まあ。でも、珍しい力ですよ。空間系の魔法かな?」
俺とミラが会話をしていると、元気なメルルが割って入った。
「そんなことより10リムガムよ。早くしないと集合時間に遅れちゃう」
昨日もいろいろ買い込んだというのにメルルはまだ買い足りないようだ。
「そんなに買って大丈夫か?」
「30リムくらいならどうってことないわ」
まあ駄菓子だもんな。
「それに、今日はガムを噛みながらパワーショットを連発してやるの。たっぷり稼いでくるからね!」
「稼ぐって、どうやって?」
そう質問するとメルルもミラも呆れ顔になった。
「モンスターを倒すに決まってるじゃない!」
まあそれは想像できる。
「いや、そういうことじゃなくて、どうしてモンスターを倒すとお金になるかを知りたいんだ。報奨金とかが出るのかな?」
メルルとミラは顔を見合わせて、この人大丈夫かな? って表情になった。
ミラが噛んで含めるような言い方で俺に説明してくれる。
「モンスターを倒せば、モンスターは魔結晶とお金を残して消えてしまうんですよ。ご存じありませんか?」
はじめて知りました。
「なるほど、だったら倒せば倒すほどお金が手に入るんだね」
「そう言うこと。あ、時間がヤバいよ、ミラ!」
「本当だ、もう行かないと」
メルルとミラは慌ただしく荷物をまとめた。
「それじゃあ、夕方ね」
「おう、生きて帰って来いよ!」
「もう、不吉なことを言わないでよね!」
「またあとで来ます」
二人はダンジョンの入り口の方へと駆けて行ってしまった。
「こんちわー」
入れ替わりにやってきたのは若い冒険者たちだ。
たしか昨日も来てくれた人で、今朝は仲間が数人一緒である。
どの子も少年のようなまだあどけない顔をしている。
「いらっしゃい」
「カレーせんべいはまだある? こいつらにも教えてやろうと思ってさ」
「美味しくてスタミナが回復するって本当かよ?」
仲間は疑わしそうに彼を見ている。
「本当だって。だまされたと思って買ってみろって。どうせ20リムだぞ」
「じゃあ、一枚買っていくか」
「俺も」
けっきょく彼らはカレーせんべいだけでなく大玉キャンディー(食べている間素早さが上がる)のコーラ味とソーダ味も買っていってくれた。
朝は慌ただしいので商売の時間は短い。
それでも360リムの売り上げになった。
これで所持金は720リム。
それでもボッタクーロに泊まるにはまだ130リム足りなかった。
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