第4話 10リム玉チョコ


 イカ串で感応力が上がっていたせいだろう、給水所はすぐに見つかった。

井戸のような場所を想像していたのだけど、ちょっと違っている。

ここでは温泉旅館などで見たことがあるようなライオンの口からバシャバシャと水が溢れ出していた。


 考えてみればコップや水筒一つ持っていない。

俺は手ですくってゴクゴクと水を飲んだ。

チラッとお腹を壊すかもしれないかとも考えたけど、なりふりは構っていられなかった。

それくらいイカ串は喉が渇くのだ。


 ぐびぐびぐび……美味い! 

イカ串を食べたあとに飲む水はなんでこんなに甘く感じるのだろう? 

甘い水を飲むためだけにイカ串を食べてもいいくらい美味く感じる。

こうして俺はようやく落ち着くことができた。


 改めて周囲を見回した。

建物はたくさんあるけどどこか寂びれた感じが否めない町だった。

たとえて言うなら昭和に隆盛りゅうせいを極めたけど、令和になって閑散かんさんとしてしまった温泉地って感じだ。

建物は古いし、人もまばらだ。

それをヨーロッパ風にするとこの町みたいになるのだろう。


 俺は足の赴くままに散策を始めた。

そういえば今夜の宿を探す必要がある。

ここの季節は日本の春くらいで少し肌寒い。

屋外で野宿をするのはきつい気温だ。

雨でも降ってくれば大変なことになるだろう。


 歩いていると宿屋の看板が見えた。


『安心の宿 ボッタクーロ 850リムから』


 名前からして安心できないのだけど、一泊850リムというのはかなり安いような気がした。

俺の感覚では1リムは1円くらいだ。

日本でビジネスホテルに泊まろうと思ったら7000円以上はする。

カプセルホテルやネットカフェでも一泊3000円くらいはかかるだろう。

それに比べたら850リムというのは良心的なのではないだろうか? 

中身はそれなりなんだろうけど……。


 とは言え、俺の所持金は40リムしかない。

このような木賃宿きちんやどであっても泊まるには程遠い財布の中身だ。

これは気合を入れて商売をしなければならないと腹をくくった。



 太陽が西に沈むころになって迷宮前の広場はにわかに活気づき始めた。

ダンジョンに潜っていた冒険者たちが地上へ帰還したのだ。


「お兄さーん!」


 広場の端で店を開いていた俺のところに二人組の女の子が駆け寄ってきた。

一人はピンクの髪をした元気な子で、朝に10リムガムを買ってくれた冒険者だった。


「ミラ、早く、早く!」


 ミラと呼ばれた子は青い髪をしていて、ずっとおっとりした様子だ。

つばの広い帽子をかぶり、だぼだぼのローブをまとっている。

その恰好から察するに魔法使いなのだろう。

手には長い木の杖を握っている。


「そんなに急かさないでよ、メルル」


 ほんわかとした雰囲気をまき散らしながらミラという子もお店の前までやってきた。


「うわあ、メルルの言ったとおりだね。これ、全部お菓子なんですか?」


 ミラは感激した様子で胸の前で手を合わせる。

だぼだぼのローブの上からでもわかるほどの巨乳だ。


「10リムガムはどうだった?」

「うん、美味しくて役に立ったよ。少しだけだったけど、本当に魔力も回復されたからねっ」

「言ったとおりだっただろう?」

「うん。でも、味がすぐになくなってMP回復も止まっちゃったけど」


 10リムガムはそれがある。

安くて美味しいけど、味の持続力は低い。


「あの……」


 青い髪のミラがおずおずと訊いてきた。


「包み紙を開いたらこんなものが出てきたんですけど……」


『あたり お店でもう一個ガムがもらえます』


 そういえばこれは当たりくじ付きのガムだったな。


「おめでとう、はい、ガムをあげるね」

「うわあっ! いいんですか?」

「もちろんだよ。これはそういう商品だから」


 新しいガムを渡すとミラは大事そうにポケットにしまっていた。

きっと明日のダンジョン探索のときにでも食べるのだろう。

このガムがミラの役に立ってくれると思えば俺も嬉しかった。


 一方、ガムをもらったミラを見てメルルはうらやましそうだ。


「いいなあ、私もガムを当てたい!」

「当たりくじ付きならこんなのもあるよ」


 俺が開けたのは10リム玉チョコの箱だ。

これも一つ10リムだった。


「へぇ、10リム銅貨そっくりなお菓子ね」

「中にはチョコレートが入っているんだ」

「チョコレート!? お金持ちしか食べられない高級品じゃない」


 香辛料だけじゃなくてチョコレートも高級品なのか。

だったらもっと値段を上げるべきかな? 

いやいや、それは駄菓子屋のプライドが許さない。

駄菓子というのは子どもでも買える値段で売るために研究されつくした商品だ。

私欲のために先人の努力を踏みにじることなんてできるもんか。


「あたりが出るとチョコレートがもう一個もらえるの?」


 メルルは期待に満ちた目で俺を見つめる。

俺はニヤリと笑って指をチッチと振った。


「違うんだ。なんとこの中には金券が入っている」

「金券ってなになに?」

「それぞれ、50リム、30リム、20リム、10リム分の買い物券さ。額面分の商品と交換できるんだぞ」

「買った!」


 メルルは俺に10リム銅貨を手渡して、数ある10リム玉チョコを睨んでいる。


「何しているの、メルル?」

「どれが当たりか選んでいるのよ……、少し静かにしていて。ミラ」


 見つめたって当たりがどれかはわからないようになっている。

メルルの行為は無駄だと思う。

だけど、こうやって楽しみながら買うというのも駄菓子の醍醐味である。

俺は黙ってメルルの好きにさせておいた。

やがてメルルは心を決めたらしく箱の中に手を突っ込む。


「これだぁ!」


 メルルの手に厳選された10リム玉チョコが握られていた。

緊張した手つきでフィルムをはがすと、そこに書かれていたのは…………ハズレの三文字。


「残念、ハズレだったね」

「ぐぬぬぬぬっ……」


 メルルは残念そうに唇を噛んでいる。


「でも、食べると美味しいよ。それに体力も少しだけ回復するんだ」

「ふーん」


 メルルはチョコレートを口の中に放りこみ、嬉しそうな笑顔になった。


「本当だ、美味しい! しかも疲れが少しとれたかも」


 それを聞いてミラも買う気になったようだ。


「私にも一つください」

「はいはい、好きなのを選んでね」


 ミラは時間もかけずに一つ選び、器用にフィルムをめくっていく。


「あれ?」


 なんとフィルムの裏には『10リム 金券』と書かれているではないか!


「おめでとう! 10リムの商品ならどれとでも交換するよ」

「いいんですか? なんだか悪いなあ」


 立て続けに当たりを出すなんて、ミラは強運の持ち主のようだ。

だけど、これを見て黙っていられなかったのがメルルだ。


「なんでミラばっかり! おっぱいが大きいからって贔屓ひいきしているの?」

「そんなわけないだろ!」

「そ、そうだよ。大きな声で恥ずかしいよ……」


 だけどメルルは収まらない。


「こうなったら3個買うわ!」

「おいおい……」

「はい30リム!」


 メルルはすぐに熱くなってしまうタイプのようだ。

でも、メルルが大騒ぎをしてくれるおかげで他の冒険者もやってきた。


「何を騒いでいるんだよ? 面白いものでもあるのか?」

「キーッ、アンタたちはすっこんでな。金券は私のもんだ!」


 俺は駄菓子の説明を若い冒険者たちにしてやる。


「なんだかおもしろそうだな。俺にもガムとチョコレートをくれ」

「こっちは大玉キャンディーな」


 朝とは打って変わって、暗くなるまで店先は賑わいを見せていた。


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