第21話 「夢地図」

チビと僕は、どんどん同じ夢を見始めた。




夢を入口にして、相手の記憶に入り込んで互いを知り合った。


僕の小学校はもちろん、中高時代。父との思い出…。


チビが父と2人で暮らした思い出。前の学校のこと…。


同じ夢を一緒に見るだけで、互いの知識と経験がコピーされていく。


人生を2人分経験しているようだ。






これ、使えるかも。


毎日一生懸命チビに勉強を教えてるけど、この睡眠学習を上手く使えばイイんじゃない?今まで勉強してきた記憶が寝てる間にチビの脳にコピーされる。トラえもんの暗記パンみたい。苦労しなくていい。ずっと寝てりゃいいし、楽だ。




勉強の知識をコピーしたいなら、”教室の夢”を見る。


友だちとの経験をコピーしたいなら、”友だちと遊んだ夢”を見ればいい。




だけど、気を付けなければ。


猫ちゃんが忠告するように、記憶の底から、痛みや悲しみまでもうっかり引っ張り出してしまうかも。




夢をコントロールできればいいのに。見たい夢を選べるし、互いの記憶を安全に探せるに違いない。




だったら『夢』の構造をもっと知っておかないとな。


見た夢を記録しておくべきだよな。夢で ”どこで誰と出会ったか”、忘れないようにメモしなきゃ。




というわけで、早速、朝起きてすぐ見たことを忘れないうちに枕元のノートに書きなぐってみた。でも、起きてすぐだとぼんやりうろ覚えで、なかなか全部を思い出せない。


もっといい方法ないかな。夢の中で迷子にならないように。例えば、地図みたいな…




そうだ、「夢地図」を書こう。




どんな場所があって、道があって、誰が登場して何をしたか…。


夢の中の世界で、舞台となった場所をベースにストーリーや登場人物を思い出したら、格段に記録しやすくなった。




そうするうち少しずつ、夢にはいろんなルールがあることが分かってきた。




夢の中の世界は、日常生活のリアルな風景がもとになっている。僕の家や近所、日常の風景から、昔の僕の育った記憶と、チビの記憶。


そこに、かつて観たテレビや映画、自分の空想などがスパイスとなってアレンジするもんだから、どこか少しだけ現実と違うパラレルワールドのような世界。


だから懐かしいような、初めて見るような、とても不思議な場所だけど、とても居心地がいい。




しかも、現実の場所の配置と違って、家も学校も近所もお店も路地も、ごちゃごちゃにつながっているからややこしい。家にいて押し入れを開けたら公園に出たり、学校の廊下を歩いていたら、路地に出たり…。


朝思い返すと、こんな場所とつながってたっけとなる。どうやら、現実世界がパッチワークのようにごちゃまぜに切り貼りされた世界のようだ。




そこには、いろんな人が出てくる。ばあちゃんも、学校の友だちも。いろんな人が混ざり合って登場する。時間軸がむちゃくちゃで、チビのクラスメートと僕の大学の友だちが同い年で登場したりした。




でもなぜか、夢の中ではそれらの”違和感”には気づかない。どんなあり得ない出来事だって、さらっと受け入れてしまう。不思議だけど。




毎朝のメモがたまってきたら、ごちゃまぜの世界を、パソコンの図形ソフトで一枚のつながった夢地図にしていく。根気のいる作業。


だけど、”意識して夢を見る”ことを始めたら、毎晩、布団に入るとき夢を見るのが楽しみになった。


「今夜はどんな夢だろうね」チビと僕は枕を抱いてささやき合った。


どんなことが起こるだろう?ラブコメかな?SFアドベンチャーかな?全米が泣くような感動巨編かな?まるでシネコンの席にチビと並んで座って待つワクワクに似ている。しかも普通の映画じゃない。3Dや4DXなんて目じゃない。バーチャルリアリティーの超体感アトラクションだ。




そういえば、ひとつ気になることがある。


おめでたい映画気分に水を差す、ちょっと奇妙で、不可解な出来事。


”ヒトカゲ”だ。




ある夜、夢の世界でチビが、「兄ィ、あの人だれ?」と指をさした。振り向いた時には一瞬姿が見えたが、すぐいなくなってしまった。




それ以来チビと僕は、夢の中で誰かがこっちを覗いているのをしばしば目撃するようになった。どこにいても、誰と一緒でも、離れた場所からこちらをうかがうような影。陽炎のようにユラユラ揺れ、顔はハッキリ分からない。誰なのかも分からない。曲がり角の向こうや木の陰から、いつもこちらを見ている。そんな気配をいつも感じ、夢の中でも腕に鳥肌が立つ。


僕らは朝起きると、「見た?」「またいたね」と話し合い、そいつに『ヒトカゲ』とアダ名をつけて呼んだ。ちょっとしたホラーとして楽しんでもいた。




しかし、やがてその”ヒトカゲ”が、


僕たち2人の関係に大きな影響を与えることになろうとは、


その時、僕とチビはまだ知らなかった。






(つづく)

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