第5話 差し入れ

「野田川さん、知らない人ばかりなので私今、野田川さんがいてホッとしています」

 私は正直に打ち明けた。


「それは嬉しいですね。僕たちも今日初めて青森に来たので知っている人はいないんですよ。そういえば美和さんが唯一知っている人になるのかも」

「そうなんですか? バンドの人と友達じゃないんですか?」

「いや、ライブハウスを紹介してもらっただけで、青森のバンドとは接点がないんですよ」

 驚いた。そんな状況で神奈川から青森に来るんだ。

 何もかもが初めてだった。

 私一人が驚いていて、野田川さんはライブの準備があるというのでどこかに行ってしまった。

 

 もう一つ驚いたことがある。それはライブハウス・磁石にいる人たちのファッション。

 男の子はTシャツが多いけれども女子のファッションが様々だった。

 浴衣を着ている人がいるしロリータファッションの人もいる。ものすごい露出過多な人もいた。

 けれども誰も、この場から浮いてはいなかった。みんな「ライブハウス・磁石」という空間にぴったりとはまっていた。


「もうすぐライブ始まりまーす」

 スタッフがそう叫び、みんな会場に入って行った。



 ライブはとても良かった。色々なバンドが出ていて飽きることがなかった。

 野田川さんのバンドも良かった。誰かに語りかけるような曲で、感情が伝わってきた。

 耳がじんじんするけれども、愉しかった証拠のように思えて悪くない。

 ライブ中は暗かった会場内に灯りがついた。そうか、イベントは終わったんだ。



「美和さん、ライブ見てくれた?」

 野田川さんが私に駆け寄る。


「はい、とっても良かったです。あとこれ……ご迷惑じゃなければ差し入れです。メンバーみなさんでどうぞ」

「まじですか! 感激です、ありがとうございます! なんだろう」

 野田川さんは差し入れの中身を見ようとした。


「葉、まじ今日最高だったね!」

 派手な女の人が野田川さんに声をかけた。この人は確か、バンド関係者の席に座っていた。神奈川から来たバンドのスタッフだと誰かが言っていた。


「あの、ライブとっても良かったです!」

 今度は浴衣を着た女子が野田川さんに声をかけた。この子は多分青森の子だと思う。


「ありがとう、地元の方ですか?」

「そうです、今日は地元バンド見に来たんですけどグリーンボックスが一番かっこよかったです」

 浴衣女子がキラキラした笑顔で答えている。グリーンボックスは、野田川さんのバンド名だ。


 グリーンボックスのメンバーも会話に加わる。だんだん人数が増えてくる。派手な女の人も会話に加わり、いっそう賑やかになる。


 私は蚊帳かやの外だった。会話の途中に割って入る派手な女の人。そこからさらに割って入る浴衣女子。それを一緒に愉しめる派手な女の人。

 私にはそれが出来ない。疎外感ばかりが増幅する。私が野田川さんと話していたのに。


 こんな風にすぐいじける自分が嫌で、変わりたいと思ってライブハウスに来てみたのに。こんなに疎外感をまとうんなら来なければよかった。



「あれ? 何持ってるんですか?」

 浴衣女子が野田川さんの手元を見て言う。私が渡した差し入だった。


「そうだ、見る忘れてた。美和さんからもらった差し入れです」

「美和さんて?」



 私は逃げた。磁石の階段を下りる。

 差し入れの中身は稲荷ずしだった。青森県の稲荷ずし。紅しょうがを混ぜてご飯がピンク色になっている。ピンク色の稲荷ずしは青森県だけだと聞いたから珍しいと思って作ってきた。

 野田川さんはきっと喜ぶと思った、グリーンボックスのメンバーも。県外の人は喜ぶだろう。けれども青森の子に見られるなんて、どう思われるだろう。


 差し入れといったらスイーツが思い浮かぶ。カフェ・ボールのアップルパイは誰にでも喜ばれるだろう。けれどもあれは高価なもの。何個も買うことは厳しい。

 稲荷ずしだったら自分でも作れる。私も久しぶりに食べたいと思ったから作った。

 けれどもライブハウスに来るような派手女子から見たら、稲荷ずしはどう映るだろう。地味でしかない。

 

 ライブハウスはああいう派手で明るい女子が集まる場所だったんだ。私は場違いだったんだ。

 

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