夜猫といつも通りの夜

 黒蜜夜花の眠りは遅い。

 日付けが変わるか否かの頃に帰宅し、食事なり風呂なり済ませると、ゆっくりできるのは二時頃。社会人である彼女の仕事は昼からなので、外が明るくなるまで起きていても、何の問題はなかった。

 寝っ転がって小説や漫画を読んだり、スマホで音楽を聴いたり動画を見たり。

 何なら編み物か縫い物でも、なんて考えながらベッドに腰掛けた所で、鈴の音が耳に入る。音のした方に視線を向けると、真っ黒な猫が近付いてくるのが見えた。

「おいで、■■■」

 夜花が名前を呼ぶと、ぷぅと短く鳴き、黒猫は彼女の膝まで来て、その上で丸まる。

 少し肌寒くなってきたこの頃、膝上の温もりは多少重くても歓迎できるもので、たとえ夏だろうと、この黒猫ならば暑さも我慢できる。

「今日も疲れちゃったよ、肩が痛い」

 話し掛けながら撫でると、ぷにっ……ぷにっ……と嬉しそうな声が聴こえた。猫の鳴き声としてこれが合っているかどうか、それはどうでもいいことだ。

 夜花は一日仕事で動き回ってかなり疲れてはいたが、黒猫と接しているとそんなことを忘れてしまう。黒猫が望むなら、おもちゃを使った遊びもしてやりたい。

 日が昇るまで、二時間か三時間か。

 それまでしか、黒猫と一緒にはいられないから。

 夜花が飼っている黒猫は──夜猫なのだ。


 夜猫。

 それは猫の一種といえばそうだし、妖精か妖怪の類いとも言える、不思議な存在。

 星も月もない夜空のように真っ黒な猫の姿をし、基本的には人語を話せないものの、ごく稀に会話ができる者もいる。

 数年前から出没し始め、普通の猫と間違えて、あるいはそうだと分かって飼う人間も少なくない。基本的には普通の猫とそんなに変わらない──が、一つだけ普通ではない所がある。

 夜猫、その名の通り、彼らは夜と共に生きる猫。

 朝になると、消えてしまう。

 どうしてそうなのかは未だに解明されていないが、ひとまず、日が沈めばまた姿を現すので、そこまでの問題はなさそうだ。


 結局、黒猫は膝の上で眠ってしまったので、夜花はベッドに腰掛けたまま、近くに置いていた読みかけの本を手に取って読んでいた。

 猫の寝息を耳にしながら、読んでいるのはミステリー小説。巷で無差別連続殺人が起きるのだが、その手口は一年前に死んだとされる殺人鬼のそれとかなり酷似し、本人が生きていたのか、それとも模倣犯か、名探偵が助手と共に謎を解く、そんなあらすじだ。

 たまに黒猫の頭を撫でながら、頁を捲っていく。今夜はこのまま朝を迎えるのだろうか、と夜花は思いつつ、そんな夜もあるだろうと、そのまま読み続ける。

 膝の上の温もりは、日が昇ると共に消えていくもので、最初の頃は少し淋しさもあった夜花。

 今はそれなりに慣れたものの、その時が来るまで温もりを感じていたいので、夜花は黒猫の頭を優しく撫で続けるのだった。

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