第21話 リリース(3)原因
早苗は高セキュリティルームに戻り、奥田の椅子の後ろに立った。
「進捗はどうですか?」
「作業は順調です。ですが、トラブルの原因がわからないと、そこから先の作業ができません。僕もエラーの解析をしていますが、やはりこちらには原因はないかと思います」
「対向先に調査して頂けることになりました」
「さすがですね」
「私じゃないですよ。川口さんのお陰です」
奥田の感心した声に、顧客が頑張ってくれたのだと告げる。
相手も渋って見せてはきたものの、状況が状況なだけに、あそこで調査を断られることはなかっただろうとは思うが。
「でも、対向先でも見つからないかもしれないので、引き続き解析お願いします。統制はいったん私が引き取ります」
「わかりました」
開発チームは作業を続けていった。
早苗もホワイトボードを前に、ああでもない、こうでもない、と考えていく。
「だめだ……何もわからない……」
がっくりと肩を落とした時、高セキュリティルームのガラスの窓を、ドンドン、と叩く音がした。
桜木がパクパクと口を動かしている。
早苗は急いで部屋を出た。
「何かあった?」
「今メールがあって、あっちの
「え!?」
「変更したのに、こっちが古い方のインターフェース情報で繋いで来てるって」
「接続情報が間違ってるってこと!?」
早苗の顔から、さぁぁっと血の
接続の情報が間違っているなら、エラーが出るのは必然だ。
「メール見せてっ」
桜木からパソコンを受け取り、食い入るようにメールを読んでいく。
「ほんとだ……。インターフェース変えたって書いてある……。私たちは古い方に繋いでるんだ……」
「オンライン会議、もう始まります。準備はできてます」
「桜木くん、奥田さん呼んできて! リリース作業はいったん中断!」
「わかりました!」
早苗は会議卓へと移動した。
ちょうど相手先のシステムも入ってきて、会議が始まる。
高セキュリティルームから出てきた奥田が走ってきた。
その後から、他のメンバーもついてきていた。作業ログを監視していてる一人を残して全員だ。
ぞろぞろと人が集まっているのを見て、課長も様子を見に来る。
カメラに顔が映っているのは早苗だけだが、その後ろには立ち見のメンバーの体がずらりと並んでいた。
最初に口を開いたのは、接続先のシステム側だった。
「メールでもご連絡した通り、そちらの接続情報が間違っています。新しいインターフェースにリクエストを投げて下さい」
「テスト環境でのリハーサルの時点では、正常に接続できていました」
「その後変更になりました」
何だそれは。
早苗は絶句した。
何のためのリハーサルだと思っているのだろうか。こういうミスを防ぐのも目的の一つなのに。
「……連絡は頂いていないと思いますが」
「したはずです」
早苗は振り返って奥田を見た。
奥田は首を横に振る。
少なくとも奥田は知らない。他のメンバーにも思い当たる
「接続情報の変更はできませんか」
聞いてきたのは川口だ。
接続情報の変更? 今から?
あと四時間で切り戻しのデッドラインだ。その時間までに終わらなければ、リリースは失敗とみなし、今日やった作業を全て巻き戻して、元の状態に戻さなければならない。
設定ファイルの変更、セキュリティシステムの変更、こちらのインターフェースの変更……。
やることが多すぎる。
しかも、ファイルのレビューも設定情報のレビューも手順書もテストもなく、いきなり本番環境での作業。
リスクが高い。
「インターフェースを戻して頂くことはできませんか」
「すでに別のシステムが接続してきているので無理です」
ダメ元で言ってみたものの、無情にも接続先にあっさりと却下された。
「そちらのミスですから、そちらでなんとかして下さい」
ぐぅの
川口も同じ目で早苗を見ている。
「少し、検討のお時間を下さい」
「わかりました。決まりましたらすぐ連絡を下さい。こちらは上に連絡しておきます」
会議が終わったあと、早苗は頭を抱えた。
リハーサルの後の変更とはいえ、その連絡を見逃したのなら、早苗たちのミスだ。
それによってリリースに失敗すれば、顧客に多大な迷惑がかかる。
サービスが予定通りに開始できないことで機会損失が生じる。賠償金を払えとまでは言われないにしても、早苗たちは顧客からの信頼を失う。社内でも大きな問題に発展してしまうだろう。
全部ちゃんと準備してきたのに……!
「奥田さん、設計連絡票は来てないですよね?」
「今確認してますが、ファイルサーバ上には置いてないですね。来てないか、メールを見逃したか、です。メールを確認してみます」
正式な連絡ではなく、打ち合わせで口頭で伝えられただけなのかもしれない。後で送っておきます、と言われて送られてこない事はたまにある。
そんな覚えはない。が、取りこぼしていないとも言い切れない。
どうしよう、どうしよう、と頭の中がぐるぐると渦巻く。
「犯人
言ったのは課長だった。
そうだ。誰が悪いかは後でいい。まずはこれからどうするかを考えなければ。
「みんな、それぞれ自分の担当の所の変更箇所を洗い出して下さい。奥田さんは私と構成図から別視点で確認お願いします。短いですが、十五分後に一度ミーティングを開きます。その時点では漏れがあってもいいので、なるべく挙げて下さい。それで判断します」
わかりました、とメンバーからパラパラと返事が返ってくる。
「俺、資料印刷します」
「お願い」
早苗は奥田と共に、桜木が印刷してくれた構成図を前に、変更が必要な場所にペンで印をつけていった。
「ウェブサーバーとファイアウォールの穴開けは必要ですよね」
早苗がぐるぐると丸を書き込む。
「環境変数とアプリの設定ファイルもいります」
「
「設定は入ってないはずです」
「あの」
割り込んできたのは桜木だった。
「これって、
「えっ」
「まさか、さすがに、それは」
桜木の言葉に、早苗と奥田がぎくりと体を
もしも宛先情報だけでなく、やりとりするデータの中身まで変えなければならないとしたら、一巻の終わりだ。プログラム自体を書き換えなければいけない。さすがにそこまでは試験なしではできなかった。
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