第20話 リリース(2)原因不明
「おかしなところはないですね」
「ありませんね」
一通り確認したあと、原因不明、という結論に達した。
「うちじゃないかもしれないですよ」
奥田が早苗を振り向いて言った。
「対向先の問題ってことですか?」
「可能性としてはあり得ます」
「いやでもそれで連絡して、やっぱりこっちのせいだったってなったら……」
「ですが、繋がらないと他の作業が進みませんよ」
「うーん……」
接続先の方に問題があって繋がらないのだとしたら、それを確認してもらわなければならない。
だが、早苗たちが直接連絡することはできなかった。別のシステムだ。確認してもらうには顧客に間に入ってもらわなければならない。
疑っておいて、やはり早苗たちのシステムのせいだとわかったら、顧客にも相手にも迷惑がかかってしまう。
早苗は迷った後、決めた。
あとで平謝りすることになろうとも、リリースに間に合わなくなるよりずっといい。
「奥田さん、影響がない作業をリストアップして、スケジュールを組み直して下さい。他の人は今やっている作業の区切りがついたら、エラーの解析をお願いします。私は課長に報告してきます」
まずは課長に報告だ。
どのみち課長は早苗の判断を支持するだろうが、責任者である課長の承認なしに勝手なことはできない。
リリースという大きなイベントなので、普段は早苗に任せっきりの課長も、さすがに今日は夜勤をしている。
早苗は虹彩認証をして高セキュリティ区画を出、課長の席へと向かった。
「トラブル発生です。対向先との接続にエラーが出ました。原因は不明ですが、今のところこちらに問題は見つかっていません。対向先に原因があるかもしれません」
「確定ではないんだな?」
「はい。可能性、というだけです。ですが、このままだとリリース失敗の恐れがあります。お客様に確認して頂くべきだと思います」
「仕方ないか……。連絡しよう」
「わかりました」
課長の承認を受けて、早苗は自席に戻る。
まずは顧客宛にメールだ。
件名の最初に【トラブル第1報】とつけ、起こったこと、確認した内容、原因と思われることを詳細に記す。
一応、情報共有の意味で、営業部隊も宛先に含めた。
送信した後、担当者の川口へと電話をかける。当然、川口も早苗たち同様に夜勤をしていた。
「お世話になっております。皆瀬です。作業中にトラブルが発生しました。今メールをお送りしましたが――」
早苗は向こうがメールを見ているのを確認してから説明した。
文章を見ながらの方が、内容が頭に入りやすい。
「……わかりました。こちらから対向先に連絡します。オンライン会議の招待メールを送りますので、ご準備をお願いします」
「承知しました」
川口は一度難色を示したが、早苗の説得に応じてくれ、三者でオンライン会議をすることを約束してくれた。
早苗はオフィスの窓際にある会議卓のディスプレイにノートパソコンを繋ぎ、オンライン会議の準備をする。
そこへ、リリースのスケジュールを手書きで直した紙を持って、奥田がやってきた。
「スケジュール組み直しました。確認お願いします」
早苗はそこにさっと目を通す。エラーの出た作業とは関係のない作業を先行するようになっていた。
「確認しました。私はこれからオンライン会議があるので、統制お願いします」
「わかりました」
スケジュール表を返すと、奥田は高セキュリティルームと戻って行った。
本当は社員ではない協力会社の人間に統制させるのは良くないし、できることなら奥田には会議に一緒に参加して欲しい。
だが、他にできる人がいなかった。奥田ならば安心して任せることができる。
と、そこへ、バタバタと走り寄ってくる人物がいた。
「先輩っ」
「桜木くん!? なんでいるの?」
「メール見ました」
「そうじゃなくて、なんでこんな時間にまだ残ってるのって」
「担当してるプロジェクトなので、一応俺も夜勤してたんです。何かあったときのために」
「うっそ」
すごい。普通営業はそこまでしない。役割が違うのだ。
「俺にできることはありませんか」
「できることって言っても……桜木くんはセキュリティルームに入れないでしょ。虹彩登録してないもん」
たとえ入れたとしても、指紋を登録していないからパソコンも触れないし、三年以上も開発のブランクがある桜木に、いきなり本番環境を触らせるわけにはいかない。
「ですけど、何か他に」
「他にって言われても……」
早苗は今繋いだノートパソコンを見る。
オンライン会議に出てもらっても、技術的な内容になるだろうから、営業の出る幕はない。
「会議するなら、議事録書きましょうか」
「あ、そうだね。うん。それは助かる」
早苗は桜木に議事録作成を任せることにした。
話についてくることはできるはずだ。わからなかった所は後で早苗が補完すればいい。
オンライン会議のツールには、音声解析で自動で発言を記録する機能もあるにはあるが、まだまだ実用できるほどではなく、議事録を取ってくれるのはありがたい。
ピロン――。
ノートパソコンの右下に、メールを受信した知らせが表示された。川口からのオンライン会議の招待状だった。
顧客の意向で打ち合わせがある時は直接訪問することが多いが、緊急時にはこうやってオンラインの会議が開かれるし、リモートワークをしている時や、社内の他の拠点との会議の時もよく使っている。オンライン会議ツールは今や必需品だ。
早苗は手慣れた手つきで顧客の開いた会議室にアクセスした。
「お世話になっております。皆瀬入りました」
早苗は自分の名前だけを告げた。発言をしない桜木は、カメラに映らない席に座っている。
「お世話になっております。川口です」
すぐに対向先のシステムも入ってきて、カメラとマイク・スピーカーが接続されていることを確認し、三者での会議は始まった。
資料を準備する時間がなかったので、早苗は送ったメールの文面と、会議ツール上のホワイトボード機能を利用して説明した。「繋ごうとしたらエラーが出て繋がらなかった。確認したけど原因が見当たらない」が言いたいことの全てだ。
しばらく互いに技術的な見解のやり取りが行われた。
言いたいことはほとんど全て川口が言ってくれて、早苗の出る幕はなかった。
早苗が口を挟んで補足しなければならないような、複雑な箇所ではない。
なのに、それだと思える原因が出てこない。
「本当にうちなんですかね? そちらのシステムの問題じゃないですか?」
相手に懐疑的に言われて、聞き役に徹していた早苗は言葉に詰まった。
システム間のやり取りがあるから、相手方とはまったくの初対面ではない。だが、やはり面識の少ない人との会話は緊張する。
不安になってふと桜木の方を見ると、目が合った。
桜木が小さくうなずく。
それが何だというわけでもないのに、なぜだか心が落ち着いた。
「そう、かもしれません。ですが、テスト環境では起きなかった、事象です。……お手数ですが、ご確認、頂けないでしょうか」
「こちらからもよろしくお願いします」
「……まあ、そうですね。詳細な調査は社内の作業承認手続きを
「ありがとうござい……ます」
川口の援護射撃もあって、なんとか相手の了解を得ることができた。
エラー監視をしているログの確認なら、すぐに監視センターで見てもらえるだろう。それで原因がわかるとも限らないが、リクエストが飛んでいっているのかいないのか、その情報だけでも欲しい。
接続した時間などの詳細は別途メールで送ることになり、先方の調査が終わり次第また開催することにして、会議は終了した。
「議事録できました。確認お願いします」
桜木が自分のパソコンを早苗に向けた。
「ありがとう。助かる」
さっと目を通すと、ところどころ専門用語に誤りがあったが、内容的にはほぼ完璧だった。間違っていた用語をその場で修正し、桜木にパソコンを戻す。
「それそのまま、お客様に送ってもらえる? あと、私の落書き、ちゃんとした資料に起こしてもらっていい? お客様に正式な報告求められると思うから」
「わかりました」
桜木は、心得た、とばかりにしっかりとうなずいた。
「ホワイトボードの
「はい。わかります」
早苗は高セキュリティルームに戻ろうと立ち上がる。
「あ、それと、作業ログから接続時間と――」
「時間と接続コマンド抜いてお客様に送っておきますね」
「ありがと!」
話が早くて助かった。
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