尊厳ある死

記録1

 仕事から帰ってきてポストをみてみると、ある一通の封筒がドアの隙間に挟まっていた。切手は貼られておらず、封筒は赤いシーリングスタンプで留められている。最近は見ない古めかしいタイプのもので、中にはごく短い文章の手紙と手続きの為の書類が何枚か入っている。手紙の内容はこうだ。



私は「尊厳王」である


我が領地に足を踏み入れることを許す


尊厳ある死を約束する    

                              


 前々から、このような噂を耳にしていた。絶望的な状況下にある人間に手を差し伸べる、慈悲深いの「尊厳王」の噂だ。流行っていたのはちょっとの間だったし、なにより社内で噂されていたことであったから、「どうせ誰かの妄想だ。」と気にも留めていなかった。だが、そうではなかったらしい。事実として、本人からの手紙が届いている。配達員がこんな真似をするわけがないし、今住んでいる周辺にこういった悪戯をする仲の知り合いはいないはずだ。差出人(もしくはその従者?)が直接家に来たと見るべきだろう。

 俺は、衝動的にそこへ行くことを決めた。疲れているのだと思う。いや、疲れているからこそだ。とっくの昔に予備電力まで使い果たした自分が今まで動き続けていたのは、「死ぬのだけはダメだ。」という意地。いや、幼い頃植え付けられた強迫観念によるものだと言える。これは、俺だけのものではないだろうな。俺の今からの行動は、誰が見ても自殺行為だ。口を揃えて「正気の沙汰じゃない」と言われてしまうだろう。

 だから何だというのか。

 正気であることで幸せになれないなら、俺は正気じゃなくていい。幸福になるのに、理性は必要ない。




 山に入る前に合流した案内役に連れられること2時間。ある山奥のそのまた奥に、その場所はあった。移動中に時計の類を見ることは禁じられており、所要時間が2時間だと分かったのは「尊厳王」の領地についてからだった。

 移動中、案内役は「領地」について説明してくれた。偉大なる「尊厳王」という存在が統治していること。住民は現在300人ほどで、これは領地を運営する人員(『職員』と呼ばれているらしい)を抜いた数であること。領地内では自由に過ごせること。そして、尊厳ある死を迎えることが保障されていること。あとは住む上での細かい注意点や、施設の使い方などの説明があった。


 どうやらまとも場所では無さそうだった。まぁ、それは手紙を読んだ時点で分かっていたことではある。そういう点では、これは自殺といっても過言ではない。人間誰しも抱える可能性がある希死念慮が、手紙をきっかけにして能動的な「自殺願望」へと変貌しただけのことだ。もし手紙の内容が真実なら儲けものだし、逆に手の込んだ殺人なら、それはそれでよいと思える。

 まるで中学生の時に好んでいた小説のようじゃないか。悪どい金持ちの享楽に巻き込まれた男女が、極限状態で殺し合いをする。そのような話ばかりを、中学生の頃は好んで読んでいた気がする。なんだか、今から死ぬかもしれないというのに、ノスタルジーを感じてしまう。もしかしたら死ぬということは、帰りたかった場所に帰るということなのかもしれない。それが故郷かどうかは別として。



………

 



 その領地は西洋の、いわゆる多くの人間が想像するところの、中世の街を守っているような塀で囲われていた。

 おそらく着いたところは正面なのだろう。いかにも2人の衛兵が守っていそうな大きな門があり、そのそばには小さな小屋があった。そこにいた職員(門番?)と案内役が話を終えて少ししてから、その門は開いた。移動中の説明など真っ赤な嘘で、死ぬとばかり思っていた俺は、門の先にある光景に目を丸くした。

 「街」がある。目に見える範囲でもそこそこの数の建物と、非常に少ないが出歩いている人もいる。少なくとも死の冷たい雰囲気は感じられず、ここには間違いなく人の営みがあると感じた。

 だが、異様な場所であることも確かだった。領地に入ってすぐに目に入ったのは名家が住んでいそうな落ち着いた雰囲気の木造平屋だったが、大通りを挟んでその向かい側には街中でよく目にする小さめのマンションが鎮座しており、奥側にはホラー映画に出てきそうな洋館が見える。そして、門から続く大通りは、そのまま大きな鳥居とその先の謎の洞窟へと繋がっていた。

なんというか、コンセプトが分からない。少なくとも「尊厳王」は自らの領地の景観に興味はないようだ。

 そんなことを考えていると、スーツを着た老人が俺の目の前にやってきた。


「◾️◾️様、ようこそおいでくださいました。既にご存知かと思いますが、ここは『尊厳王』の統治する地でございます。この場所に住まわれるからには、『尊厳王』の名にかけて、貴方の尊厳の全ては守られることをここに約束致します。付きましては、今日から貴方様がお住まいになられる住居にご案内しますので、どうかもう少しの間だけ、安寧をお待ちいただきたい」


 と、しゃがれた声でそういった。どうやら、死ぬわけではないらしい。残念に思う自分と、反対に心の底から安堵する自分もいた。

 いや、社会的な生物——人間としての俺は死んだかも知れない。だが、それは些末な問題だ。

 人が「死にたい」と感じるのは、人が簡単に自分の世界を変えるには、死ぬしかないからだ。誰だって心の奥底では死にたいとは思っていない。つまるところ、「死にたい」という感情は、現状を受け入れるしかないという諦念と、どこへもいけなくなった自分への仄かな絶望の合わさったものである。

 だが、それはもはや終わった話だ。俺は、類稀なる運と意思の力で自らの世界を変えることに成功した。本当の意味で自由になったんだ!明日から、いや今から何をして過ごそうか。やりたいことが、俺にはたくさんあったはず。なんでもやろう。悉くやってしまおう。それだけの時間と、確かな希望がここにはあるのだ。




 俺に用意された部屋は領地に入った時に見えたマンションの一室だった。住まいに関して特に期待していなかっただけに、部屋に入った時は心底驚いた。あまりに普通な外観に比べ、内装はまるで高級タワーマンションのように綺麗なものだった。もちろん本物のそれとまでは行かないだろうが、広めの2LDKは男一人暮らしには十分すぎる。しかも部屋の掃除は職員に任せていいらしい。

  部屋に入ろうとした時に、隣人がちょうど隣部屋から出てきたのであいさつをした。その時の彼の表情はとても爽やかで、くたびれた自分とは違う。絶望してここに来ているはずなのに、そのような雰囲気は一切ない。

ここなら、本当になんでもできそうな気がしてくる。

 そうだ、日記を書くことにしよう。これからの俺の人生は社会に記録されないのだから、せめて自分の手元には日記という形で残しておきたい。人間社会から逸脱して自由になった俺の希望の軌跡を、ここに残そう。








………………………………








以下記録番号A-1より抜粋




【5月19日】

 昨日は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。隣人が騒がしい人だったらどうしようかと考えていたが、どうやら両隣とも空き部屋のようだ。背負っていた荷を降ろしたような感覚が、つい先日まで忙しなく働いていたはずの私を快眠へと誘ってくれたのだけれど、そこは癖なのか、始業時間に間に合うように起きてしまった。明日はもっと寝ることにしよう。ケータイの目覚まし時計も設定したままだったし。





【5月20日】

 昨日も思ったけれど、やはりここの飯は美味い。細々とした解説は読んでいないがどうやら栄養には気を遣っているようだし、元の家での食事よりもよっぽど良いものを食べている。食堂まで歩くのが少々めんどくさいのが唯一の欠点だが、部屋に届けてもらうほど歳はとっていないつもりなので、しっかり歩くことにする。





【5月21日】

 気分も大分良くなったし、今日は散歩に行った。来て直ぐの時も思ったが、やはり変な場所だ。煉瓦造りの家や木造平家、礼拝堂に体育館……。礼拝堂と言っても教会やモスクなど色々なものがあるのだが、そのすべての建物の門に「祇園精舎」とだけ書かれた看板が立てかけられていた。意味がわからない。





【5月25日】

 今日はカフェで会った老人と話した。長年住んでいそうな印象を持ったがそういうわけではなく、割と最近ここへきたようだ。妻に先立たれ、一人娘とその家族からも相手にされず、孤独死を覚悟していたところに尊厳王からの手紙が届いたと言っていた。俺とは違う種類のものだが、絶望していたのがひしひしと伝わってくる。だが、それももう終わりだ。これからは我らが「尊厳王」の下で、もっと自由に生きていこう。





【6月1日】

 いくら社会から離れたからといって学びを忘れてはならないと思い、図書館に行くことにした。調べようとしたのは、この地に座す「尊厳王」のことについて。高校では日本史しか学んで来なかったし、いや勿論歴史上の「尊厳王」とは違うだろう。しかし、昔のフランスの王様であるということ以外知らないのも、彼の民の一人としてなんだかな〜と私は思ったのだった。

 最初こそフランス史の本なんかを真面目に読んでいたのだが、少し疲れたので読む手を止めて館内を歩きまわっていると、文学小説が置いてある場所で一人の女性と出会った。名前は◼️◼️◼️◼️※というらしい。私の愛読書を手にとっていたものだから同志かと思って思わず話しかけてしまった。長い黒髪を揺らしながら笑うその姿は恋人だった女性を私に思い出させる。話が弾んだこともあり、連絡先の交換もOKしてく



※同姓同名の人物を各地で確認済。この内捜索願を出していたものが⚫️⚫️県⚫️⚫️市⚫️⚫️区(プライバシー保護の観点により処理されました)で一件見つかったが、日記内の日付の約5ヶ月後に取り下げられている。被害届を提出した⚫️⚫️氏(プライバシー保護の観点により処理されました)曰く、「知らない人の捜索願を出していた。警察から『このような人物はどのデータベースにも存在しない』と連絡があって気づいた。」



【 月 日】

れた。まさかこんなところまできて出会いがあるとは……。ここでの生活がますます充実してきた!彼女に会った時の熱が、夜になっても体に残っている。





【7月4日】

 久しぶりに日記を書くが、これは生活が忙しくて私自身がうれしい悲鳴を上げていたからである。もっと広い部屋に引越し、荷物の搬入、家具の新調に段ボールの整理……。なんと、彼女と同棲することになったのだ!なんというか、これは自分しか見ないものとして綴らせてもらうが、日記というのは、やはり苦痛がなければ書けないのだろう。そう思わせるほどに今日までの日々は幸せだった。いや、これからもこの幸せは続くだろう。本当にここにきて正解だった!真の幸せとは、自身の行動によってのみ手に入るのだ。尊厳王万歳!私は、この機会をくださったあなたへの感謝と崇拝を、死んでも忘れないと誓います!





【9月24日】

 またもや前回の日記から時間が空いてしまったが、今回私がペンを手に取った理由は、彼女が少しの間家を離れるからだ。「尊厳王」の民は年に数日、彼の住まう王宮にて宮仕えをしなければならない。我らが王の為とはいえ、数日の間でも彼女がいなくなることに今から寂しさを覚える。そういうわけで、彼女が家にいない間何があったか語るために日記を書くことにした。





【9月29日】

 今日、やっとペンを手に取ることができた。前回の日記を見返すと恥ずかしいが、彼女と出会ってからというもの、日記を書く習慣がすっかり抜け落ちていたようだ。洗面所にある二本の歯ブラシを見るたび寂しい気持ちになる。ああ、早く帰ってこないだろうか。彼女が帰ってくる日は、ご馳走を用意して待っていよう。





【10月25日】

 まだ昼間だが、この感覚を忘れないうちにと、急遽日記を書いている。なんだか、とても気持ち悪い。体調のことではなく、部屋の雰囲気の話だ。見た目上の違いはほとんどないものの、明らかに自分以外の匂いがする。けれど、それだけじゃない。一つ前の日記を見て、私は今震えが止まらないのだ……。というのも、ある日付から前回までの期間の日記で、私は私自身が知らない人物との生活の様子を綴っているのだ。前回までの私の言う『彼女』という人物に、全くもって心当たりがない。二重人格の線も考えたが、私には昨日までの記憶がしっかりとある。前の部屋を手狭に感じ引っ越したこと、豪勢な食事を自分へのご褒美として用意したことも。なぜか一部の記憶が合っているのが、尚のこと恐ろしい。今日中に職員に言って、掃除してもらうことにした。これで違和感が消えるといいが……。部屋替えも検討しておこう。





【11月14日】

 掃除やら何やらでバタバタしていたが、私の宮仕の日がとうとう明日にまで迫る。職員によれば日記とスマホは持ち込んで良いらしいので、それに甘えることにした。今まで宮仕の内容は誰からも教えて貰えなかったが、この記録を以て、本邦公開というわけだ。なにせ一ヶ月家に帰れないのだからそれなりの不安はあるが、大丈夫だろう。いや、大丈夫に決まっている。なぜなら、王宮に住まうは我らが「尊厳王」である。何を不安に思うことがあるというのか!あすこでの日々もまた、素晴らしいものに違いないのだ。





【11月15日】

 入口がどう見ても洞穴のそれにしか見えなかったので身構えたが、内装は欧州の宮殿(といっても私も本で少し見たことのある程度だが)を彷彿とさせる、非常に豪奢な作りになっていた。宮仕の間寝泊まりするための個室や、用意された食事は、やはりこの地の普段のものより数段ランクアップしたもので、非常に快適だ。今回の宮仕で一緒になった何人かと喋る機会があったが、どの方も喜びに満ち溢れた表情で、とても幸せそうだった。今日は王宮の案内だけで、明日から本格的に宮仕が始まるというので、尊厳王のためにも早めに床に着くことにする。





【11月16日】

 今日はなんと、尊厳王に謁見した。といっても垂れ幕越しの謁見であったからご尊顔を拝むことは叶わなかったが、彼の威圧感や声の力強さなどは、まさしく王様というに相応しいものだ。しかし、なぜか謁見を終えてからの記憶が曖昧で、宮仕の内容が思い出せない。極度に緊張していたからだろうか。どうやら中々に疲れているようだ。ベッドにちょっとの時間寝転んだだけで、もう瞼が重い。脳裏には故郷の景色が浮かぶ。ここまで来て郷愁など……。





【11月17日】

 頭が痛む。薬を職員に頼んだが、一向に届かない。





【11月18日】

 昼までの講義を終え帰宅し、用意されていた甘ったるいナポリタンを食べる。目の前の彼女は笑っていて、「おいしい?」と問うてきた。効きすぎのクーラーがじんわりと喉を蝕んでいくが、俺も彼女もそれに気づくことはない。





【11月23日】

 なんだか常に微睡の中にいるようだ。頭は冷たくて、体は燃えるように熱い。こんなことなら宮仕を中断したほうがよかった。瞼を閉じれば、ひしゃげたヘッドライトが、見えていないはずの私の目を、不規則な明滅と共に照らす。ただただ不快だ。





【12月1日】

 いつも同じものを注文する。その度に笑われる。苛立つ。その繰り返し。くだらないプライドは、俺のルーティーンを崩した。あれは小腸?それとも大腸か。潰れて曲がって、全てがとろとろ。脳みそはガードレールに色をつけて、無骨な道路を活気づける。なんだ、それほど不快じゃない。





【12月3日】

 ダメだ。やっぱり帰らせてもらおう。どうにも体調が良くならない。薬はまだ届かないし、部屋の外に出ても誰もいない。勝手に出るが、決してこれは背信ではない。貴方への崇拝の心が変わることなどありえないから、どうか許してはくれまいか。





【12月5日】





【12月6日】

 思えば、俺はヒポコンデリーのきらいがあって、忘れるということを忌避し、自身をPTSDだと思い込んでは無意味に苦しんでいた。ああ、忘れてしまえば、忘れてしまえば……何を?





【12月7日】

 暑い





【12月8日】

 何も書くことがない。





【12月 日】





【11月10日】

 私の部屋から少し歩いたところに、綺麗な広場があるので、今日はそこのベンチで本を読んだ。久しぶりに腰を据えてやりたいことをやった気がする。部屋替えもしたし、新しい隣人からの誘いで、近場に住む数人で食事もした。酒は好きじゃなかったが、その日だけは浴びるほど飲んだ。途中で気絶したらしく、朝目覚めると自室の天井が目に入った。職員が運んでくれたらしい。





【 月 日】 





【 月 日】

 私の人生、決して悪いことばかりではありませんでしたが、かといって良いことばかりなのかと言えば、そうではなく。私の人生はここで行き止まりなのです。そう悟りました。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったもので、良いことがあれば悪いことがあり、また悪いことがあれば良いことがある。もはやそれに、耐えきれそうもないのです。幸福を感じる度に不幸の影に怯え、不幸を感じる度獣のように幸福をこいねがう。そんなのはもううんざりだ!どいつもこいつも、この世にはもう呆れるほどの馬鹿しか残っちゃいない!だから私は、命を捨てるのです。残った財産は、私の両親へお願





【31月21日】

 そんな目でこっちを見ないでくれ。





【54月88日】

 不可思議、という言葉が似合う女性だった 西日が、彼女の透き通るような肌を赤く染める      彼女が光に犯されていくのを

   ただ見ることし      言葉は詰まり、脳漿に溶け出していく

         かできなくて、               その様子を頭で

何度も何度も何度も何度も何度も何度も反芻して反芻して何度も何度も何度も反芻して反芻して反芻して反芻しては、果てる そ  くりかえし    まるで情けない     

恥ずかしくてたまらない         の  

          こんなこ   と誰にも言え

無理もないこんなこと子供にできるわけがなかったんだ父さん何を言って困ったこと

ないに私は本当に昔から無駄に察しのいい子供で汲み取らない方が幸せなことも感じ取ってしまってする必要のない気配りを子供らしくない振る舞いをしてしまったけれ  

どそれはダメだやはりその時その時にらしさがなければそうだ私の学生時代といえば

【反◆精◆】を育てていた学生時代であって、本当の本当の本当に心から誓って言いますが色恋などというものにてんで興味がなく、今にして思えば最近流行りのアセクシャルとかいうものだったのやもしれませんいや本当に馬鹿馬鹿しくて敵わない人として浅ましい男らしさを演じ自身を偽り違うな、自分というものは嘘をつこうが仮面を被ろうが酔って全て告白してしまおうが自分でしかなくペルソナなどというものは古臭い概念だそうだそうに決まっているああ、なんという悲しいことだ今の人たちは自分自身を偽ることができていると思いこんでいるそんなことできるわけがないのに

 雷霆の怒号と産声が聞こえる。禿頭とくとうは照らされ力は絶対的なものへ。葡萄酒ワイン片手に王権を振るい、駿馬は偉大さを背に王道を駆ける。嗚呼、素晴らしき我らが王!最初の偉大なる王!強いだけのリチャード何某とは違う!!できそこないのジョン何某とは違う!!我らが跪くのは貴方だけだ、尊厳王様!!!





【宵月朝日】

ああ、超えた










 

………………………………







 「以上が、一昨日見つかった手帳の内容だ。」

くたびれた白衣を着ている研究者といった風貌の男は、疲れたような声色でそう言った。

「『職員』として紛れ込んだウチの職員が……ああクソ、紛らわしいなこの呼び方!」

「とにかく……チッ、これが偶像型精神異常供与機構、通称『尊厳王』の摂食プロセスを分かりやすく説明してくれてる良い記録だ。胸糞悪いけどな。」

スクリーンには、記録番号Aー1の写真が映し出されている。それを神妙な面持ちで眺めていた、最前列に座っている中年男性が手を挙げる。

「どうぞ。」

「はい。質問なのですが、『摂食』とはどう言った意味なのでしょうか。とても生物だとは思えないのですが。」

「それが一切分からないから『機構』として話を進めている。食事とはあくまで尊厳王の領地に辿り着いた人間がその場から消えることを指す。なんせこの日記が見つかるまで誰も、人間が消えていることにすら気づいてなかったんだからな。」

その後もいくつかの質疑応答があり、最後にこれからの方針を決めた後会議は終了した。








救わなければerror 救わなければerror



「なんということだ。地上では、多くの死が生者によって踏み荒らされ、犯されている。」



「到底看過できない。」



「ヒトの死に尊厳を!死んでゆくものに餞を!」



「私は私の全機能を以て、遍くヒトを救って見せよう。尊厳ある死を約束する。」




 王を騙る不届者。彼の考える救世の形は、どのようにして終わりを迎えるのか。願わくばどうか、その終わりにも、尊厳が宿りますように!










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尊厳ある死 @casumarzu

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