第二章 妹アンライプ!

第一話 次女ガールフレンド!


祝 1 也

 

 秀才と天才の違いを述べよ、と言われて、滑らかに答えられる人というのは、果たしてどれだけ居るのだろう。ちなみに天才どころか、秀才でも凡人でもない、ただの馬鹿であるぼくは、勿論その違いを最近まで知らなかったのだけれど ――― というか天才はともかく、秀才という言葉そのものを、ぼくはそもそも最近まで知らなかった……、だからその言葉と意味の違いを教えてくれたぼくの彼女、殿との まいは始め、ぼくのそんな体たらくを、大層キモがっていた。体たらくどころかだいらくしていたと言っても良い、ぼくが。

 ともかく、彼女が教えてくれたことを、そのままここに垂れ流すと、秀才は努力や、それに付随する行動を取った上で成り立つ、賢く、頭の良い人を指す。それに対して天才はと言うと、生まれた瞬間から既に優れた頭脳を、まさに天から授かった人を指すのだと言う。簡潔に言うと、先天性か否か、といったところだ(『先天性か後天性か』と言いたいところだったが、自己鍛錬をするという観点から、一概に秀才 イコール 後天性の優れた頭脳とは言えないところが、ポイントと言えばポイントなのかもしれない)。

 そう考えると、今の話題の流れで出たぼくの彼女、火殿 妹奈は、まさしく秀才タイプであると言える。もっとも、ぼくが妹奈のことを良く知ってから、そう思えるようになっただけで、あいつと出会ったばかりの頃、つまりあいつのことを全然知らないけれど、中途半端には知っていた頃のぼくは、普通にあいつのことを天才タイプなんだと思っていた。

 というか、そもそも当時のぼくの持論のひとつとして、『勉強が出来るか否かはセンスにのみ左右される』というものがあった。と言うのも、昔はそれなりにぼくも頑張って勉強をしていた時があった。具体的には初等部高学年辺りから、中学一年生くらいまでだったか……、その時期のぼくは、点数が伸びない自分に嫌気が差して、「これはちょっと本腰を入れて勉強してみよう、努力は裏切らないのだから!」と、夜遅くまで勉強に打ち込み、わからないところがあったら、父さんや、義理の母親であり幼馴染でもある(当時は流石にまだ義理の母親ではなかった。既に父さんとは何かしらの縁があったようだが、この頃のふたりの関係について、ぼくは良く知らない)、しまに聞いて解決するなど、意欲的に取り組んだのだが、結果は各教科でいつもより一、二問だけ、正答率が高くなっただけで、殆ど成果が見られなかった。

 どんなに数をこなしても駄目だった。

 どんなに長い期間を費やしても駄目だった。

 ぼくは努力に裏切られたのだ。

 努力という概念に嘲笑われながら初等部高学年から中学一年生くらいの期間を浪費したのだ。

 ぼくはどんなに頑張っても、未熟なまま、何も変えられなかったのだ。

 そう思うや否や、ぼくの勉強に対するモチベーションは、急転直下で落ちた。

 大堕落した。

 だからぼくは、頭の良い人間に出会っても、それがその人の努力によるもので成り立っているとは思えなかったのだ。妹奈をはじめとした頭の良い人はすべて、天か神かより、特別な頭脳を授かったのだと、割と本気で信じていた。

 ……まあ、これだけの話だったら、ぼくのこの持論は違ったかもしれない。『勉強が出来るか否かは、センスにのみ左右される』ではなく、もっとシンプルに『努力は裏切る』とかに落ち着いて、堕ち尽いていたかもしれない、そして頭の良さを、天よりの贈り物だと、本気で信じることも、あるいはなかったかもしれない。

 ぼく、ささ しゅくにあいつ ――― 笹久世 兎怜未うれみという三女の妹が居なければ。

 ある時 ――― 数学の勉強に打ち込んでいた中学一年生のある時のぼくに、当時『りつけいまいがくえんぞくようえん』の年中クラスだったあいつは、言った。

「祝也兄しゃん、ここの問題、わからないの? 兎怜未わかるけど、教えてあげよっか?」

 最初は、そういう設定のままごとか何かだと、ぼくは思った。ぼくが生徒で、兎怜未が学園の先生という設定の御飯事。

 何せ、兎怜未はまだ幼稚園の年中クラス、年齢で言えば四歳とか五歳とか、そのくらいのとしだ。流石にこのくらいになれば、滑舌や呂律もだいぶん整うはずだが、未だにぼくや妹(兎怜未から見たら姉)に敬称をつける際の『さん』が『しゃん』と崩れてしまう兎怜未は、むしろ発達が遅い子なのだな、と勝手に決めつけていた。

 だからこの時のぼくは、兎怜未が御飯事をやりたい、と年相応な態度を示してくれて、遅いながらも、我が末っ子の妹も、ちゃんと成長しているんだ、と感激しながら、その御飯事に乗っかって、「おっ! 兎怜未先生。馬鹿な祝也兄さんにどうかお勉強を教えてください」と言ったのだ。

 そしたら何と、幼稚園の年中クラスの女の子が知る筈のない、負の数とか、小数とか、分数とか、XやYとかをすらすらと書き始め、その姿にぼくが呆気に取られていたら「じゃあ一問目から解説していくけど」と兎怜未はあっという間にぼくへ回答の解説を始めようとしたのだ。

 そんな馬鹿な……、あはは、まさか、合っている筈がない。

 ぼくは心の中でそう言いつつ、兎怜未に待っているように言いつけてから、兎怜未の回答を父さんや縞依に見せに行った。

「おお、祝也。お前もやればできるじゃないか」

「ほんとですね~。でも全問正解だなんて、ひょっとして、答えを写したんじゃないの~?」

「む、そうなのか縞依くん」

「ワタシに聞かれましても困りますよ~、ただしさん」

 おとまんざい(重ねての忠告だが、当時このふたりの間には、まだ婚姻関係は結ばれていない)を尻目に、ぼくは幼稚園に通っている自分の妹に頭脳で負けているのかと、落胆する思いで自室へ戻ると、とどめとばかりに部屋で待っていた兎怜未は言った。

「勉強をサボって何処に行ってたの、馬鹿な祝也兄しゃん。馬鹿でみにくい豚しゃんな祝也兄しゃんのために、天才の兎怜未が教えてあげるから、早く座りなさい。尤も、何で勉強なんてしているのかが、兎怜未にはわからないけど……、だって勉強なんてしなくても、こんなの簡単にわからない?」

 この瞬間だった。

 ぼくの『勉強が出来るか否かは、センスにのみ左右される』という持論が完成したのと、勉強に対するモチベーションが皆無になったのは……、そして。

 笹久世 兎怜未が、天才であると知ったのは。

 

富 2 港


「おーい!」

 どうしたのでしょう。

 なつ休みちょくぜんのある日、学えんでのこと。

 おひる休みに、さいきんしゅみになった、としょしつでのどくしょをしに、ろうかをとことことあるいていると、うしろから、だれかをよぶ、だれかのこえがきこえてきました。しかしわたしは、そのこえにはんのうしません ――― なぜなら、学えんで、わたしのことをよぶ人なんて、先生くらいしかいません。そしていまのこえはというと、きいたかぎりでは、先生のこえらしくない、いいかえるなら、わたしとおなじような、子どものこえだったのです。

 大かた、わたしよりまえをあるいているどなたかにむけて、うしろのかたはこえをかけているのでしょう ――― そうおもったわたしは、そのままふりむくこともなく、そしてあゆみもとめずに、まえへすすんでいたのですが、

「おいって、むしするなよ」

 その子はわたしのかたをつかんで、むりやりふりむかせてきました。このらんぼうさ、わたしは、とっさにごうがくんたちのかおを、おもいうかべましたが、はたして、それはごうがくんではなく、そもそも男の子でもなく、

 いちちゃん!

 でした。

 佐々ささなが 一夜ちゃん。

 わたしの、たったひとりのおともだち。

 一夜ちゃんとおともだちになってからは、こうしてときどき、学えんの中でもあうように、そしてはなしかけてくれるようになりました、そのはなしかけかたは、やっぱりらんぼうだと、いわざるをえませんが。

 くわえていうと、一夜ちゃんは、わたしのもとへくるとき、はしったのか、すこしだけ、いきをきらせているようすでした。

 だめだよ、一夜ちゃん。ろうかははしらず、あるくところだよ!

 わたしは一夜ちゃんにそうちゅういをします。たとえおともだちだからといって、わるいことをしても、なにもいわない、というのはだめです。むしろちゅういしておしえてあげる、それがおともだち、というものだと、わたしはおもいます。

「あ、ああ、それはすまない……、で、でもおまえこそ、わたしがよんでいるのにむしするなんてひどいじゃないか、そのままだとおまえ、ほんとうに気づかずにいってしまいそうだったから、やむをえず、はしってよびとめたんだ」

 そ、そうだったのですね。

 つまり、一夜ちゃんがろうかをはしったげんいんをつくったのはわたしということになります……、なら、わたしもあやまるべきでしょう。

 そうだったんだね、わたし、学えんでよびとめられることがほとんどなくて、わたしじゃないだれかをよんでいるとおもって、むししちゃったの、ごめんなさい、一夜ちゃん。

「い、いやべつにそんな、しっかりおじぎしてまであやまらなくてもいいんだが……、けっきょく、はしってしまった本人であるわたしが一ばんわるいのだし」

 いいながら、一夜ちゃんはこまったかおでほっぺをかきます……、ん?

 あれ……、一夜ちゃん、またケガしてるよ?

「ああ……、これか? いや、大したことはないさ」

 これも、わたしと一夜ちゃんがおともだちになってからのことですが、一夜ちゃんはたまに、からだのどこかに、きずをつくるようになりました。たしかに、一夜ちゃんのいうとおり、そのきずじたいは、いずれも大きなものではありません、むしろ目をこらしてみて、ようやく見つけられるていどの大きさでしかないのですが、もんだいは、そのきずのばしょでした……、いままでは、うでや足といったばしょばかりだったので、一夜ちゃんはよくころぶ人なのかな、くらいにしかおもってなかったのですが、こんかいはそうではありません。

 そう、ほっぺ。

 ひだりのほっぺに、小さくですが、ちがついていました。

 だからわたしはあわてていいました。

 大したことない、じゃないよ! どうしたらそんなところ、ケガするっていうの?

 わたしはなぜか、ちょっかんでおもいあたることがありました。

 だれかとけんか……、したの?

「っ……、そ、そんなことはない、おまえがしんぱいすることじゃない」

 ……ほんとう?

「……ああ」

 これもちょっかんですが、たぶん一夜ちゃんはうそをついています。

 しかしどうじに、一夜ちゃんがうそをついてまでそのきずをかくそうとする、ということは、わたしにはそのことにかんして、ふかいりしてほしくない、とかんがえているともとれるような気もしました。

 だったらわたしは。

 …………わかった。でもはなしたいことがあったら、ちゃんとそのときはいってね?

 一夜ちゃんにそういうだけにとどめておきました。

「……ああ」

 一夜ちゃんはすこしあいだが空いたあとに、うなずきました。

「…………そうだ、もうすぐでなつ休みになるが、お前は何か予定があるのか?」

 空気がどんよりしたのをきらってか、一夜ちゃんはすこしむりやりにわだいをかえてきました。

 ううん、とくにはないかな。おとうさんも、おかあさんも、いそがしいし。

 おとうさんはおしごと、おかあさんは……、わかりませんが。

「そ、そうか……」

 それだけいうと、一夜ちゃんはなにかをかんがえるようなかおをして、うつむきます。

 そしてそのまましばらくたったあときゅうに、もじもじしだしたとおもったら、

「もし、おまえがよかったらなんだが……、わたしと、あそぶか?」

 一夜ちゃんは、そういいました。

 いままでも、だれかにあそぼうとさそわれたことはありました。

 けしてこんかいが、はじめてというわけではありませんでした。

 なのに。それなのに。

 どうしてでしょう。

 どうしてこんなに……、うれしい気もちになるのでしょう。

 うん、うん……、あそぶ、一夜ちゃんといっしょにあそびたい!

「あ、ああ……、おまえにしてはめずらしく、大きいこえだな、すこしおどろいた」

 でも……、よかった、と一夜ちゃんはホッとしたようすで、そういいます。

 なにしてあそぶ? なにしてあそぶ? わたしのおうちではあそべないけれど、一夜ちゃんのおうちにいってみたいな! いっしょにアイスとかすいかとかたべたいな! あ、すいかといえばすいかわり、すいかわりといえばうみだよね! うみにもいってみたいなあ、わたし、じつはうみって見たことないんだよね、となりまちにいかないと、うみないもんね、あ、じゃあとおいし、わたしたちふたりだけじゃあ、見にいけないかあ、ざんねん。でもプールならきんじょにもあるよね! せっかくのなつ休みなんだし、やっぱりおよぎたいよね! あ、でもあそんでばかりじゃだめだね、なつ休みのしゅくだいもやらなきゃ……、じゃあしゅくだいもいっしょにやろ! あとはね、あとは……、うーん、やりたいことがたくさんありすぎて、ぎゃくにおもいつかないよぉ ―――

「……富港」

 ん?

「おちつきなさい」

 そういう一夜ちゃんは、なんだか先生のように見えました、さっきこえをかけてくれたときは、そんなこと、ぜんぜんおもわなかったのに、ふしぎなこともあるんですねえ。


祝 3 也


「はあ……、ったく。どうしてこんなことに」

 週末。

 突然だが、ぼくは今、珍しく都会にいる。

 いや、都会というのは少し違うのか……、都市部にいると言ったほうが正しい気がする。ここ、啓舞の街は面積だけで見るなら、結構大きい街なのだが、本当の意味で大きい街、つまるところ人が賑わい、跋扈ばっこする領域は、電車が通っているここ周辺くらいのもので、あとはぼくの家があるところみたいな、所謂いわゆる『閑静な住宅街』が大半である。まあ元々静かな場所が好きなぼくからしたら、割と気に入っている街ではあるのだが、ではなぜそんなぼくが、一番静かにひっそりと暮らせる筈の週末に、わざわざやかましい都市部まで出てきたのか、読者の皆様はおわかりになるだろうか?

 ……まあ結論からさっさと言うと、デートである。

 ……何だかまた、読者諸君から、非難の視線を感じなくもないが、ちょっと待って欲しい。

 またぞろ、笹久世 祝也のリア充アピールのコーナーか、と思われては、それこそたまったものではない。

 確かに『デート』という行為は一般的に、交際している、或いは交際間近の男女が色々なところにお出かけをして、その関係性を深める行為であり、その渦中にいるふたりは幸福なことこの上ないだろうが、その話を聞かされる立場となる他の人間からしたら、羨ましい、恨めしいことこの上ないイベントの筆頭として挙げられる、ある意味では呪いの単語なのかもしれないが、ちょっと待って欲しい。

 これから皆様は、その例から逸脱した珍しい『デート』を見ることが出来るのだから。

 つまりが、今から展開されるのだ……、厳密にはまだデートが始まっていないので、他の人間が、実際にそのデートを目撃したら、もしくはその話を又聞きしたら、どういう反応を示すかは未知数ではあるが、それでも少なくとも、『当事者同士が不幸になる』という点については、デートが始まる前である現時点で、もう既に確定している。

 当確している。

 まあそれは一旦置いておいて話を一瞬変えるけれど、ぼくには彼女がいる。だから普通、今から行われるデートというのは、その彼女とぼくとが織りなす、嬉し恥ずかしの、それこそ他の人間が怒り狂いそうな典型的なデートというものが展開されてしかるべきなのだが、残念ながら先述したように、このデートは普通ではない。

 逸脱していて、常軌を逸している。

 では一体、此度のデートのどの辺りが、常軌を逸しているのかと言うなら、大きくわけてそれはふたつ挙げられるのだが、いずれも実はそんなに難しい話ではない、それこそまた結論から言ってしまっても、きっとわかって頂ける。

 しかしそれはあくまで、このデートのおかしい点が共有、共感出来る、というだけで、それ以外のことはきっと、理解も納得も出来ないだろう。事実、本人であるぼくですら事態の処理が、ここに着いてからもいまだに出来ずにいる。どうしてこんな状況になっているのか、それこそ秀才の妹奈に、ことの発端から、筋道を立てて、情報を整理して、ゆっくり丁寧に教えて欲しいくらいだ。

 そう、そもそもず此度のデートの相手がぼくの彼女 ――― 火殿 妹奈ではない。

 それがこのデートのおかしい点、その一である。

 そう言うと、お前は彼女がいる身で、他の女とデートをするのかこの浮気者、と罵られそうなくず行為であるが、その辺りの事情も後々に説明するのでここもまだ待って欲しい。先におかしい点、その二を ―――

「お待たせ……」

 お、丁度良いところに。

 いや、丁度悪いところに、かな。

 いっそ最悪のタイミングと言っても良いかもしれない。

「待った?」

 

 相手の女は、馴染み深い、むしろ聞き飽きるくらいに聞いたその愛称でぼくを呼んで、そう訊いてきた。

 そうだ。

 このデートのおかしい点、その二。

 デートの相手が、自分の実の妹で、次女の笹久世 菜流未なるみであること、である。


祝 4 也

 

 では順を追って、ここに至るまでの経緯を整理してみよう。

 ぼくも振り返ることで、冷静になりたいし。

 先ずは前回のあらすじ、である。

 ……本当は誰かに頼りたい気持ちが、具体的にはぼくの彼女であり、本来デートをするべき相手である筈の妹奈に頼りたい気持ちがやっぱりあるが、ぼくのでは、それを叶えることは出来ない。

 なぜならぼくは今、妹たち以外からは、存在が認知されない状態だから。

 ひとりで考えて、整理して、推理して、結論を出すしかないのだ。

 しかしここで、妹たち以外に存在を認知されないというなら、その妹たちを頼れば良いじゃないか、という意見があるかもしれないが、生憎あいにくぼくは、妹たちが嫌いなのだ。

 長女、笹久世 未千代みちよ

 次女、笹久世 菜流未。

 三女、笹久世 兎怜未。

 三姉妹とも ――― 三まいとも、嫌いなのだ。

 だからこいつらに頼るというのは、極力避けたい話だ……、特に今回はその妹のひとりであるやつが、問題の火種であった以上、他の妹に助力を求めるというのは、なおのこと避けたい。

 ……とは言いながらも(此度のデートはさておくとして)、ぼくが元の状態に戻るためには、どうやら妹たちの助力が必要不可欠であることが、のちに判明する。と言うと、やや難解な誤解を読者に与えかねないが……、まあ、わかりやすく言うと、ぼくが三愚妹の悩みを解決することで、ぼくの状態が元に戻るのだ。だから、どちらかと言うと、むしろぼくが妹に助力する形にはなるのだが、そもそもぼくにとっても、あいつらが居なかったら、あいつらに悩みがなかったら、永遠に元には戻れないということと相成るので、あいつらに助けて貰っているという表現も、あながち間違ってはいないと言えよう……、なんて、この現象が起こる前のぼくだったら、絶対にそんなことは思わなかっただろうな、と思うと、自分の心象の変化っぷりに、少し笑えてしまうが、では何故、嫌悪していた妹たちに、そこまで心の余裕が出来たのか、と言われれば、ひとり目に助けることとなった二番目の妹 ――― 笹久世 菜流未との物語の影響であると、認めざるを得まい。

 こいつを最初に助ける上で、ぼくは自覚してしまったのだ。

 ぼくの妹は、ぼくの誇りなんだと、自慢の妹なんだと、自覚させられてしまったのだ、と。

 ともかく、すったもんだありながらも、ぼくは次女の菜流未の悩み事を、一応は解決してみせた。

 さて、ではそうなると、前述したように、ぼくの状態は少なからず回復に向かう筈だ。まあとはいえ、流石に完全には復活しないだろう、ハッピーエンドは、三愚妹全員の悩みを解決してからだ、という漠然とした予感はしていて、じゃあまあせめて、透明人間のままでも良いので、みんなが『笹久世 祝也』という男子高校生がこの世界の何処かに実在する、という認識を持ってくれるくらいには回復して欲しいな、くらいに希望を持っていたのだが ―――

 さて、ではここからが皆さんにとっては新しい展開、ぼくにとってはまだ過去の話である。言うなら、今回のあらすじ、である。


「えーと……、つまり」

 ぼくの存在が回復した影響で発生した、あの大惨事があった日の夜。

 ぼくと三愚妹は、いつものようにリビングにある、大きな四角状のテーブルを囲むように座り、作戦会議を開催していた。ちなみに大惨事の中心人物のひとり、ぼくの父さんであるところの笹久世 忠と、ぼくの形式上の母で、幼馴染の笹久世 縞依は夜勤なので、現在この家には、ぼくと三愚妹しかいない。

「祝也兄さんの目論見では、菜流未姉さんを助けたことで、物理的存在の回復ではなく、戸籍情報的存在の回復が先に為される筈だったんだけど、実際には真逆の回復が為された、ということだね?」

 先ず、頭が良い三女の兎怜未が、今朝の出来事を整理するようにして発言した。

「しかし、不思議ですね……、ドラマとかでもしばしば、こういう設定のお話って聞きますけれど、そういう物語は大体、ご自身の肉体的存在の回復って、終盤や最後の最後でようやく元通りになるイメージですものね……」

 次に長女の未千代が、芸能人視点な意見を出す ――― そう、こいつは普段、モデルの仕事もこなしている、ハイスペックな妹なのだ。とはいえ、あまりテレビ業界のほうへの進出はしていなかったと記憶しているけれど……。

「そこはやはり、ドラマと現実では、勝手が違うということなのでしょうか」

「いや、多分そういうことじゃない」

 ぼくは、未千代の意見を、しかし否定した。

「……と、仰いますと?」

「おれも確信をしているわけじゃないが、多分、最初に菜流未を助けた影響なんだと思う」

「あたし……、を?」

 菜流未は小さい声で、赤く俯いた顔を少しだけ上げながら、呟いた。

 ……こいつがらしくない振る舞いをしているのは当然、朝の出来事のせいなんだろうが、そういつまでも恥ずかしがられていると、こっちもやりづらい、この会議でも、全然意見を発さないし、ようやく口を開いたと思ったら、文字数にしてたったの四文字という始末である。

「そして加えて言うなら、姿かたちの回復、兎怜未が言ったところの物理的存在の回復だって、完全には回復してないんじゃないかとも思っている」

「え……、そうなのシュク兄?」

 かと思えば、今度は心配するような上目遣いでぼくを見つめる菜流未(まあ不安を煽るような言い方をしたぼくが悪いな、これは)。

「いや、まあ具体的にどの辺りが回復していないんだ、と示すことは出来ないんだが……、まあだから確信しているわけじゃないって、最初に言ったろ?」

 そう、鏡の前で自分の部位をくまなく見たり、昼間の学園で、田中にも見て貰ったりしたが、外見はごくごく普通の男子高校生だった(何なら下のほうも、田中と一緒に確認して貰いたかったのだが、なぜかあいつは断固拒否した。別に同性なんだから、ぼくは気にしないのに……、あれ、同性、だよね?)。

 そしてなんと、妹以外への声による干渉や、直接触ることも、当然のように可能となっていた。

「それで、祝也兄さん、情報よりも外見が先に戻った理由というのは何だと言うの?」

 少し話が脱線したところを、兎怜未が元に戻した。良いナビゲーションである、議論が白熱すると、この中で一番脱線させるのも兎怜未であることは、汲むべき事情かもしれないが、どうやら今のところ、その兆しは見えていないので、放置しても問題ないだろう。

「それはお前たちの性格、だよ」

「…………」

「あたしたちの……、性格? ?? どゆこと?」

「……なるほどね」

 勿体ぶっても仕方がないのでさっさと言ったら、見事な三者三様の反応が見られた。

 ぼくの語りを邪魔してはいけないと、或いは続きを促すようにと、沈黙を貫く未千代。

 足りない頭脳で必死に考えているが、どうやら答えには辿り着いていない菜流未。

 そして、ぼくのひと言ですべて把握したかのように頷いている兎怜未。

「菜流未の性格は、明るくて、困っている奴が居たら放っておけないし、他人をどんどん巻き込んでいく人気者、そしてぼくと喧嘩をするときも、いつも殴り合いの喧嘩だ。ひと言で言うなら外交的な性格……、そんな菜流未を助けたら、自分の外面が回復した」

「……ということは」

「そうだ菜流未、反対に、内向的な性格である兎怜未を助ければ、ぼくの内面、つまるところ情報の回復が為されるんじゃないかってことだ」

「なるほど! ……でもそうなると、ミチ姉は何担当なの?」

「未千代は多分、ぼくの残りの存在力を担っているんだと思う」

「残り……、ですか?」

 未千代が右の親指と人差し指で顎を挟みながら首を傾げるという、如何にもな思案顔で訊いてきた。

「そう、普段の、ぼくたちの前にいる未千代は、どちらかと言うと内向的だが、メディアの露出だったり、ぼくとふたりでいる時だったりの未千代には、外交的なイメージがある」

「なるほど……、だから先程祝也さんは、外見の回復も、完全ではないかもしれないと仰っていたのですね。外見と中身で足りないその部分は、私を助けることで完全になる、と」

「ま、でもこれもさっき言ったように、今のところ外見で決定的に欠落している所は見当たらなんだけれどな」

 ついでに言うと、この推理、如何にもぼくが自分で考えて導き出したような風を装っていたが、実は昼間の学園で、田中から聞いた推理だったりする。

 頭脳だけで言うなら、菜流未以上に悪いぼくが、独力で思い付くわけがないだろ、こんな推理。

「さて、じゃあとりあえず差し当たっては、次に兎怜未の悩みを解決していこうと思うんだけれど……、何か悩んでいることはないか、兎怜未」

「いやいや流石に直球過ぎるよ、祝也兄さん……」

「デリカシーのなさ、というか空気の読めなさは相変わらずだね、シュク兄」

「祝也さん……」

 え、ちょっと、下ふたりはともかく、未千代までそんな目で見ないでよ。

「じゃあ馬鹿なシュク兄にアドバイスしてあげるけれど、あたしにもそうしてくれたように、一旦時間をおいてから、マンツーマンで悩みを聞いてあげるのが、スマートなやり方ってもんじゃないの?」

「馬鹿じゃないやい!」

 逆パターン。

 ぼくの周りの人間は、何かしらぼくとの恒例のやり取りを、逆パターンでやりたがるなあ。

 ……まあでも、そうだ。

 悩み、というのはことほか、照明落とし気味な、もっと言えば闇に近い内容であることが多い。だからあまり大勢の前で告白したくない、というような考えは、菜流未の一件でよくわかった。逆に言えば、大勢の前でも話すことに支障がない悩みというのは、所詮その程度の悩みであると、闇のない悩みであるということであり、その悩みを解決したところで、存在の回復に繋がるかと言われれば、正直怪しいと評定せざるを得ない。

 田中は出来るだけ早く、兎怜未の悩みを解決するように言っていたが……。

 まあ、しかし今はやはり放っておくのが、正しいのだろう、菜流未の時と同じように、兎怜未が自分で打ち明けたくなったら、打ち明けてくれれば良い ――― 長期戦になるのは元より覚悟の上だ……、ひとりの悩みを解決するだけでも、既に結構長期戦だったし。

 それに。

 本当のところを打ち明けると、兎怜未の悩みについては、少しばかり心当たりがある ――― これも今日の学園で、田中から聞いたことなのだが、それを差し引いても、とっかかりのとっかかりは、前にも気付いていた。

 そう、兎怜未は、ぼくが菜流未の悩みを解決しようと動いていた時から、しばしば学園を休むようになっていた。そのことと今日の田中の情報を合わせれば ―――


「やあ」

「……よう」

 ぼくは早朝の例の一件を経た直後、半ば追いやられるように我が家である筈の家から逃げてきて、そのまま啓舞学園高等部へと足を運んだ、すると待っていたかのように、田中が校門前に立っていた。

「事実、待っていたさ。こうして直に顔を見るのは、そして声を聴くのは初めまして、だね」

 笹久世 祝也くん。

 そういう割には、まるで絶対にぼくが笹久世 祝也であると確信しているように、田中は言う。

 まあぼくからしたら、存在が消える前は普通にお互いを知った状態で、つまり初めましてではないので、この田中の挨拶には、余計頭が混乱した。

「でも実際は初めましてではない。何だか改めて不思議な体験をさせて頂いたよ、先ずはそのことを、究極アルティメット情報通インテリジェンス いん=いえすの名において、感謝するよ」

 ぼくが混乱していると、田中はぼくの考えていたこととは違う意味で初めましてを否定していた。

「何でぼくが笹久世 祝也だってわかったんだ?」

 こいつに一の疑問をぶつけると、五にも十にもなるような回答を返してくれちゃうので、あまりこいつに対して疑問をぶつけるようなことはしたくないのだが、こいつの推理力、洞察力は並ではないので、そう言った鬱陶しさを差し引いても、ついつい訊いてしまう。

 或いはそれももしかしたら、十二年もの間、ぼくと同じクラスになり続けたという奇縁がある、究極アルティメット情報通インテリジェンス いん=いえすこと、田中のテクニックのひとつなのかもしれなかった。

 相手に疑問を呈させる話術、とでも言うのか。

「なに、別に大したことじゃないさ。なんて言ったって僕は究極アルティメット情報通インテリジェンスの通り名を持っているんだ」

 多くを答える代わりに、ちゃんとこちらにもわかりやすい回答をくれることが多い田中にしては珍しく、何だかわかりにくい回答である。

 何なら、はぐらかされた気分にすらなった。

「そしてその特性は我が学園、私立啓舞学園に特化したものであるというわけで」

 ああ、何だまだ続きがあったのか。

「啓舞学園の制服を着用していながら、見慣れない顔がこの校門に近付いてきたからね、そりゃあ笹久世くんだと推理するのは、何も不自然じゃないだろう?」

「いやいや、それって何だ、つまりお前は、啓舞学園に通っているすべての学生の顔を覚えているってことなのか」

 そんなの、不自然以外の何者でもないのだが。

「いや、流石に全学年全員というわけではないが、それでも高等部に限って言えば、全員、と言ってしまっても良いかな」

「充分過ぎるわ」

「まあそれともうひとつ、理由があった」

 もうひとつの理由?

「そもそも僕にはわからないことがあった。なぜ笹久世くんは、自身が大変な目に遭っているのにも関わらず、自分の妹を助けるようなことをしているのだろう、と、なぜ我が身を投げうってまで、妹の悩みを解決することに尽力しているのだろう、と。そこで僕は色々と情報を集めてみたら、どうやら彼女たちの悩みを解決することが、君の身体の回復にも繋がるということだった」

 おい、こいつまた自分のポリシーのサラッと破っていないか。

「僕は、学園に関与した情報を掌握しているのであって、他人のプライバシーを侵害してしまうような個人情報は、掌握していないよ」と言っていたのは他でもない、田中本人である。

「そして君は見事、此度の菜流未さんの一件を、解決に導いた ――― だからある程度予期出来た、君の存在に、何かしらの変化が起こることを」

 しかしまさか、いきなりここまでの存在力の回復が起こるとは、予想していなかったけれどね、と田中。

 確かに。

 父さんで既に確認は出来ていたが、田中と接することで、改めて実感を得ることが出来る……、しかし、ちゃんと確認せねば、ぼくの気は収まらなかった。

「……ぼくの声、聞こえてるか?」

「ああ、先程から、普通にやり取りしているじゃないか」

「ぼくの姿、ちゃんと見えているか?」

「ああ、それも大丈夫だよ」

「本当か? 実は何処か一部分だけ透明になっていたりしないか?」

「していないって。というかそれはそれで、恐怖映像じゃないか」

 まあ、そうか。

「何なら今から更衣室にでも移動して、ぼくの全身をくまなく確認して欲しいんだけれど」

「へっ⁉」

 え?

「いや、だってぼくたち男同士なんだから、別に全裸を見ることくらい問題ないだろ?」

「い、いやいやいやいや! だ、だだ、ダメに決まってるでしょっ!」

 え、何そのウブな女の子みたいな反応。

 とは言え、ここで確認を疎かにしたくない、やるなら徹底的に検証すべきだ。

「いや、そこを何とか頼むよ!」

 そう考えたぼくは、田中に多少強引に詰め寄るように、その肩を掴みながら懇願したのだが。

「きゃあああ!」

 ばちん。

「うぎゃっふ」

 思いっきりビンタされた。

「ああ! ご、ごめん、笹久世くん、つい」

「い、いやこっちこそ詰め寄るようにして悪か……った……、あれ」

 今ぼく、普通に田中に触ったよね?

 そして普通に田中からビンタされたよね?

「まさか、物理的干渉も出来るようになったのか、ぼくの身体」

「た、確かに、言われてみればそうだね。今まで物体には出来ても、人間への干渉は、物体を通してでないと、不可能だったんだよね?」

「ああ、そうだった筈だ」

 ではこうなるといよいよあとは、田中にぼくの全裸を見て貰って、真に外見に問題がないかを確認して欲しいのだけれど……。

「と、とともかく! 服を着た状態で外見上に問題がないなら、日常生活にも支障がないんだし、別にくまなく確かめる必要はないから、大丈夫だよ!」

「んー、まあ、それもそうだな、何か、抜け落ちているような感覚がある気もするんだが……」

「ほっ、良かったあ……」

 何やら、心の底から安心している田中だった。

「ちなみに、ぼくが誰かわかるか?」

「ん? いやそれは勿論、笹久世 祝也くんだって先程も ―――」

「ああいやいや。すまん、これは訊き方が悪かったか、お前は事情が違うからな、何て訊けば良いのか……、ぼくが、私立啓舞学園に通う高校三年生の男子で、笹久世家の長男である笹久世 祝也であることは、他の人たちは認知出来ているのか?」

「ああ、そういうことか、つまり外見の存在は回復したけれど、名前や立場の回復がどのような調子かってことだね」

 ぼくの訊き方の悪い質問でも、田中は自分の言葉として落とし込んで、整理してくれた。

「僕にしては、えらく簡潔に答えてしまうが、それに関しては、どうやら以前と変わっていないようだよ」

「まあ……、そうだろうな」

 これも、今朝の父さんの反応で何となく察してはいたが、改めて突きつけられると、先程とは対極で、気分がどうしても落ち込む。外見だけが回復し、中身の情報だけが回復していないという今の状況は、ある意味で、一番心に来るものがある。

 まるで、神か何かに、お前の代わりは、肉体さえあれば、誰にでも出来るのだ、と言われている気分になる。

「……これはあくまで、僕の推理なんだけれどね」

 そんなぼくの鬱屈した雰囲気を察してか、田中はある話を聞かせてくれた。

 笹久世 菜流未という外交的な性格の妹を救ったから、ぼくの外見が回復したのではないか。

 だから、次は笹久世 兎怜未という、内向的な性格の妹を救えば、ぼくの情報が回復するのではないか。

 そして、ぼくが何か抜け落ちている感覚を覚えるのは、バランス型と言える笹久世 未千代を救うことで、解消されるのではないか、と。

「……なるほど、辻褄は合うな、その推理」

「そう、だから差し当たっては、次に笹久世 兎怜未さんを、君は助けてあげたほうが良いんじゃないかな、尤も」

 尤も?

「もしもこの推理が、全くの出鱈目でたらめで、的を射たものでなかったとしても、君は兎怜未さんを、出来るだけ早く助けてあげるべきだと思う」

「どうして?」

「……ある情報をキャッチしたのさ」


「……さん? あの……、祝也さん?」

「え? ……ああ、すまん、ぼうっとしていた」

 いかんいかん、少し考え過ぎていたようだ。今は会議に集中しないと。

「で、今は何の話だっけ?」

「祝也さんの状態を戻す算段を擦り合わせる会議はひと先ず終了し、今後の私たちの身の振り方をどうするかの会議ですよ、特に今朝のことは、祝也さんと菜流未さんしか、その場にいらっしゃらなかったので、先ずは祝也さんから今朝起きたという惨事の詳細を、私と兎怜未さんに展開して頂きたかったのですが」

 ああ、なるほど。そういう盤面か。でもそれなら菜流未に訊いても良かったんじゃないか、と奴のほうに目を向けてみたが、菜流未の奴、ぼく以上に呆けた顔であっちの世界にトリップしてしまっている……、だから未千代は、まだマシだったぼくのほうに説明を求めたのか。

「んーと、だな……」

 とりあえずぼくは今朝のすったもんだを、ふたりに話した ――― そもそもぼくの存在が回復したことに初めて気付いたのが、父さんに「君は一体誰なんだ?」という発言からだったということ、しかしどうやら情報としてのぼくはまだ回復していないようだから、父さんからしてみれば、早朝から見ず知らずの男子高校生が我が家にいる、ということになり、相当怪しまれたんだけれど、菜流未の咄嗟のフォローで何とか首の皮一枚繋がった、ということ……、そんなところである。

「まあその『フォロー』ってのが、新たな問題を孕んじまったんだがなあ」

「では菜流未さんのフォローというのは、具体的に、どういったものだったのですか?」

 ……こればかりは正直、答えたくない。もし正直に言ったら、こいつら多分固まったまま動かなくなるぞ。

 てかぼくの口から言うのは、シンプルに恥ずかしい。

「シュク兄を、あたしの彼氏だって、お父さんに紹介したの」

 と、ぼくが言いあぐねていると、意外や意外、菜流未がその真実をあっさりと開示した。

「…………はい?」「…………え?」

 おお、予想通りというか何というか、未千代と兎怜未は、それぞれ声を発して固まった。

 だから言いたくなかったのだ、特に未千代はマジでこの後どういう行動に出るか、未知数過ぎて怖い。

「だだだだ大丈夫ですよ祝也さん確かに咄嗟に言い訳をするのだとしたらそれくらいしかないですものね私だって同じ立場に置かれたらそう言って誤魔化していたと思います大丈夫です私動揺なんてこれっぽっちもしていませんわ」

「句読点なし&語尾がおかしくなってる奴を動揺していない、と取るのは難しいなあ」

「まあ兎怜未の計算でも、そういった局面は、問題点である祝也兄さん本人がパパに何を言っても説得は出来ないだろうから、中間に位置する菜流未姉さんが、不自然でない、かつ一応納得のいく、『自分の彼氏』であると弁明して、ふたりの間を仲介するのは、至極合理的な判断だったと言えるよ」

「ちょっとウレミン⁉ さも冷静に分析した上で発言してる感じを出してるけれど、大好きな牛乳を口に含んだまま発言しちゃってるよ⁉」

 菜流未の指摘通り、兎怜未の白兎のパジャマが、牛乳でえらいことになっている。

 また珍しい、兎怜未が大好きな牛乳を飲んでいる途中にも関わらず、それを忘れて発言するなんて。

 未千代だけでなく、兎怜未も動揺しているのか?

 うーん、だとすればを言うのはやめておいたほうが良いか?

「あ、あの~、それでまだ、この話には続きがあるんだけど……」

「お、おい菜流未……、そのことはまた日を改めたほうが……」

 なんだなんだ?

 さっきまでずっと顔を赤くして俯いていただけだったくせに、急に饒舌になりやがったな、菜流未のやつ。

 まるで姉と妹に手柄を誇示するかのように。

「な、なんですか……、この際ですから、今すべて聞いておきます」

「兎怜未も。大丈夫、覚悟は出来ているよ」

 覚悟してまで聞くことなのか……?

「わ、わかった、お前らがそう言うなら、話すぞ……?」


「……認めん! 私は認めないぞ!」

 父さんは、菜流未からの爆弾発言に、しばらく呆然としていたが、いざ我に返ると開口一番にそう言った。

「こんな早朝から人さまの家に上がり込むような非常識な男との交際など、お父さんは認めないぞ、菜流未!」

「え⁉ え、えーっと……」

 父さんの、いつにない剣幕を前に、菜流未はたじろいでしまっていたが、それでも何とか反論しようと、口を開く。

「た、確かにシュクに ――― じゃなくて、えとえと……、祝也センパイは、デリカシー全然ないし、いっつもあたしのこと嫌いって言ってくるし、取っ組み合いの喧嘩ばかりしてるし、馬鹿って言ってくるし、というかあたしより馬鹿だし、どうしようもないサイテーで変態なシスコンゴミ野郎だけれど」

 わーいフルボッコだあー。

「いざって時は、あたしを助けてくれるし、たまにとても優しくしてくれるの……」

 ……いや庇ってくれてる(のか?)ところ申し訳ないんだが、それダメ男に引っ掛かる女性のあるある文言だと思うんですけど。

「…………ふむ、では菜流未がそこまで言うのなら、試させて貰おう」

「「試す?」」

 てか今ので説得されかかっちゃうのか、父よ。

「縞依くん」

「は~い」

「うわ! 居たのか」

 神出鬼没過ぎるだろ、この女。

「今週末、君と菜流未は都市部へお出かけしなさい。その様子を、うちの縞依くんがチェックする。縞依くんがお似合いのふたりだと判断したら、君たちの交際を認めよう」

「……へ?」

 それって……つまり。

「あら、デートってやつ~? お熱いね~、お若いね~」

 ……お前だって、ぼくのひとつ上なだけじゃんか。


「とまあ、こんな感じなんだけれど……、あ~あ」

 また固まってらあ。

「そんな……、私ですら、しっかりとした『デート』という名目のお出かけは、したことがありませんのに……、まさか一番祝也さんと縁遠そうだった菜流未さんが、先にその偉業を成し遂げてしまうなんて」

 細かい注釈になってしまうかもしれないが、まだそれは成し遂げられてはいないがな。

「…………」

 ……と、ここでは沈黙の兎怜未。例の如くショートしてしまっているのか、それとも、ぼちぼちおねむの時間なのか、はたまた別の理由か。

「本当は私も、おふたりが何かしでかさないか、当日は監視をしたいのですが、生憎今週末はどうしても外せないお仕事が入ってしまっているのですよね」

 そいつは重畳ちょうじょう。もし縞依だけでなく、未千代までそのデートを監視するなんて言い始めたら、もうそれは一種の刑罰である。

 というかある意味、縞依以上に見られたくない、こいつには。本当にどうなるかわからないからな、色んな意味で。

「……兎怜未も週末は、ちょっと出かける用事があるから」

「え?」

 これまた珍しい、兎怜未は元々積極的に外出したがる奴ではないので、このデートにも、多分ついてこないだろうとは予感していたが、まさかその理由が、別の目的のために外出するからだとは。

「うーん、ウレミン、それ大丈夫? ひとりでおでかけなんて、今までしたことないでしょ? その日はやめておいて、後日あたしかミチ姉が付き添ったほうが ―――」

 流石に異常だと思ったのか、菜流未も三女の言葉に心配そうな声を上げたが。

「うるさい!」

 …………。

 静寂。

 兎怜未の口から、聞いたことのない声量で放たれたそれは、菜流未だけでなく、ぼくや未千代までも静寂に包んだ。

「いつまでも、子供扱いしないで」

「な、なによ、心配してあげただけなのに……」

「ま、まあまあふたりとも、落ち着いてください、ね?」

 次女と三女の突如として勃発したかつてないギスギスとしたムードに、長女がたじたじになりながら仲裁に入る。

「おいおい、流石に今のはないんじゃないか、兎怜未。ついさっきまでワイワイ楽しく話してたのに、どうして急にそんな不機嫌そうな態度を取るんだよ、それもぼくに対してならいつものことだとして飲み込めるからともかくとして、菜流未に対してそんな態度を取るなんて、今までなかったろ」

「……もう寝る」

「お、おい、兎怜未!」

 かくして、この日の会議は、兎怜未の退場によってぶつ切りに終わってしまった。

 ……そして、この時のぼくはそう発するだけで、兎怜未をそれ以上引き止めなかった。

 とてとてとリビングを後にして、寝室へと向かう兎怜未を放置してしまった ――― この日だけでなく、デートが行われた週末まで。

 その選択を、ぼくはこの後、田中の最後の言葉を思い出しながら、深く後悔することとなる。

 

「君の三番目の妹である笹久世 兎怜未さん……、どうやら彼女がここ最近、同じクラスの者から、軽いいじめのような被害に遭っているらしいという情報を、ね」

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妹ハッピーエンド! 狭倉 千撫 @hazakura_sis

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