後始末と想い ※オグラン侯爵視点

 

 

 屋敷を出て、徒歩である場所へ向かう。


 今から向かう場所までの距離を考えれば馬車を使うべきだろうが、今は歩きたい気分だ。


 屋敷に勤めていた者たちは全員屋敷には居ない。

 昨日の段階で解雇していたのだ。当然渋る者もいた。しかし、ある程度の金を握らせればどうとでもなる。さらに言えば我が家に勤めていた物は全て貴族出身だ。再就職先などどうとでもなるだろう。


 前日の夜に来た第1王子にああ言ったが未練が無い訳ではない。しかし、それ以上に生きる気力がないのが現状だ。


 これ以上生きていても辛いだけだ。


 妻は私の全てだった。

 最初に会った時はまだ私が騎士になりたての頃だったか。アレンシア王国へ遠征の訓練に行っている際に怪我をしてしまった私を、偶然居合わせた妻が対応してくれたわけだ。

 一目ぼれだった。どうしても一緒に居たいと思ってしまったわけだ。

 当時の私は運が良かったのだろう。それから色々と画策し、婚姻までこぎ着けることが出来た。


 しかし、私を満たす者はもう既に居ない。一時期は慰めとして後妻を作るよう進言してくる者もいた。おそらく、聖女として扱われているレミリアに近付くためだったのだろう。

 しかし、妻は妻であって、他の誰でもない。どんな者であっても妻の代わりにはならない。



 朝早く、薄暗い時間に屋敷を出てから時が経った。

 歩いている内に空は徐々に明るくっていき、今では太陽が真上にある。


 レミリアは既にグレシアの子息の元に居ると大分前に連絡が来ている。当然国には報告していないが、国も既に知っているだろう。


 第1王子の問いに対して私はいくつか嘘をついていた。


 レミリアの婚姻に対して、私はしっかり許可を出している。前例があるとはいえアレンシア王国からすれば他国の話だ。ガーレット国が適用した例は前例としては使えないうえ、片方とはいえ親が生きているのだ。婚姻の許可を出さなければ正式に婚姻を認めるのは困難だ。

 ああ、だが、これに関してレミリアは知らないだろう。グレシア辺境伯には、なるべく私が関わっていることを伏せるようにと伝えてあるからな。


 リーシャの方もそうだ。どうでもいいという風に言ったがそんな訳はない。いや、確かに自ら火中に入って行くようなことをしているのだ、どうあっても自業自得だとは思う。

 しかし、あれでも私と妻の間に生まれた子だ。どうなってもいいとは一切思っていない。


 故に、屋敷を出る前にいずれ訪れるであろう王宮の者たちへ向けた書類を用意した。内容は単純、レミリアの亡命やリーシャが第2王子の婚約者になった経緯などを私の策略だったとするものだ。


 最後なのだ、馬鹿な娘を庇うことくらいしても良いだろう。



 

 どれだけ歩いたろうか、屋敷のある王都を離れ近くの村を過ぎ、森の近くまで来た。


 場所で言えばガーレット国内ではあるもののアレンシア王国に近い場所だ。国境の柵を見ることも出来るが、国境門は近くにないため国境を越えることは出来ない。


 ここに妻の墓がある。

 派手な墓ではない。大きな墓でもない。目立たないようひっそりとした墓だ。

 この下に最愛の妻が埋まっている。


 その事実を意識しただけで胃の中のものを吐き出しそうになった。


 本当ならば、母国であるアレンシア王国内に墓を建ててやりたかった。自国の不始末で妻を殺しておくながら罪をかぶせようと祖いたガーレット国内に墓など立ててやりなくはなかった。

 しかし、遺体を国外へ持ち出すことは許可されなかった。


 これでも私はこの国の貴族だ。今はどうでもよいが、当時の私は上からの指示に逆らうという選択は出来なかったのだ。


 しかし、この墓がここにあることを国には報告していない。


 国が把握している妻の墓は騎士団の殉職者の墓地だ。

 軍事行動中に亡くなったものたちは皆ここに入れられる。はっきり言ってゴミ捨て場のような所だ。

 表向きは殉職者を追悼し後世に伝えるための場所としているが、他の墓地から隔離されている所を見れば、誰でもガーレット国が自国の騎士の事を道具としてしか見ていないことがありありとわかる場所だ。


 そんな場所に妻を入れることは出来ない。当時のそう意思を固め私は妻の遺体をこの場所に運んできたのだ。


 ついでに殉職者の墓地にある妻の墓には馬の骨が入っている。今考えてもなかなかに皮肉の効いた行いだろう。


 妻の墓の前に立つ。今回は別に墓参りに来たわけでも花を添えに来たわけでもない。


「ようやく私の役目が終わった。娘たちは巣立ち、オグランの家名は必要なくなった。聖女と婚姻を結んだという特例で侯爵を継げた身だ。先に繋げる気もないし、元の家へ戻ることも出来ない」


 今頃は第1王子が屋敷に訪れている頃か。執務室の中意外に何もなくなった屋敷に何を思うか。


 相当驚くだろうことは予想できる。

 その姿を想像してほんの少しだけ愉快な気持ちになるが、その姿を見ることは叶わないだろう。それどころか、次に会うこともないはずだ。


 元からこうすることは妻が亡くなったあと、暫くして気持ちが落ち着いてから決めていたことだ。


 本当はすぐにでも後を追いたかった。しかし、妻が残した娘が居た。娘たちが家を出るまでは投げ出すわけにはいかなかったのだ。


 だが、その枷はもうない。


「君は怒るだろうな。そんなことをするなと言うだろう」


 懐から小さなガラス瓶を取り出す。ほんの少しだけ入った液体がガラス瓶の動きに対して揺れる。


「これでようやく君の元へ行ける。怒るなら私がそちらに行ってからにしてくれ。喜んで受け入れよう」


 ガラス瓶の中に入っている液体を一気にあおる。


 呑み込んだ液体が喉を焼く。それにより激痛が体中に走るが、それ以上に開放感があった。


 ようやくこの暗い世界から抜け出せる。


「待っていてくれ」


 あと少しでそこへ行けるから。出来るなら盛大に叱って欲しい。


 _____


※オグラン侯爵は妻一筋の男。他には何もいらないと常々思っていたほどに。

 しかし、自分が生きるための糧がいきなり理不尽に奪われたことによる絶望は凄まじい物でした。何度も死ぬことを考え、自殺未遂もするほどに。それほどに妻の存在は大きかったのです。

 そのため、そんな妻を雑に扱かった国には強い恨みを持っていました。


 _____


 これにて追加閑話の更新は終わりになります。

 同時に今作の更新も最後になります。

 本編完結後もこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございました。


※最後にリーシャの話を入れるべきか悩んでいます。もしかしたら、近い内に書くかもしれません。

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妹に婚約者を奪われた。まあ、色ボケ婚約者だったので構わないのですが、このままでは先が不安なので、私は他国へ逃げます にがりの少なかった豆腐 @Tofu-with-little-bittern

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