私の今

 

 そして、私はというと、今は私に与えられた部屋で休んでいる状態です。

 ようやく落ち着いたことでゆったりとロッキングチェアに深く腰を掛け、なるべく安静に過ごしています。


 この部屋のある場所は、アレスが私と婚姻を結んだことで領地内に立てた屋敷の一室になります。

 まあ、新しく建てた屋敷とは言え、グレシア辺境伯様の屋敷が見える範囲に建っているので、使用人などの行き来も多く、最初にグレシア辺境伯様の屋敷の環境とそれほど差はないのですが。


 それで何故私が領軍の仕事を休んでいるかというと……


「体調は大丈夫かレミリア。あまり顔色が良いようには見えないが」


 訓練の途中で抜け出してきた様子のアレスが私のところへ来ました。小声でそう声を掛けて来たアレスは私の事を心配そうに見つめています。


「大丈夫ですよ。顔色が悪いのはただの寝不足ですし」


 残念なことに回復魔法は疲労などの症状にはあまり効果がありません。全く無いとは言いませんが、基本的に外傷への干渉が主な効果なのです。


 回復魔法が今の状態にも効いたらどれだけ万能だったか、そう思いながら私の腕の中に居る存在に視線を向けます。


 今はすやすやと眠っていますが、先ほどまで泣いていた子です。

 アレスと婚姻を結んで夫婦になった訳ですからそう言う事もする訳で、こうして子供も生まれました。


 愛しい子、ではありますが、ここまで手間のかかる物だとは想像していませんでした。


 使用人の中に居る乳母に手伝って貰うことも多いのですが、まだ生まれてから数カ月という事もあって完全に任せることは出来ないのです。

 特にこの子はよく泣く子で夜泣きも多いですね。私が最近寝不足気味なのは大体この子が原因です。

 日中ではありますが、たまにアレスもあやしてくれてはいます。ただ、騎士団の業務に影響が出ないようにと、最近の夜は少し離れた場所で寝ていることが多いです。


「俺にも、もう少し手伝えることがあればいいんだが」


 こうしてたびたび心配をして様子を見に来てくれるので、十分に嬉しく思っているのですが、アレスはこうして気にしているようです。


「良いのですよ。時々この子をあやしてくれていますから、それで十分です。それに、そろそろこの子も乳母に任せられる範囲が増えて来そうなので、もう少しの辛抱というところでしょうから」

「うーん、そうか……」


 アレスは何と言いますか、手伝いたくても手伝えない、という事が嫌なのでしょうね。基本的に夫は子育てに関わることは無い物なので、そう言った姿勢を見せてくれるだけでも十分嬉しく思うのですが、本人が気にしている以上どうにもできませんね。


「……ふぇっ――」

「あら」

「あ、っと」


 今まですやすやと眠っていたのですが、起きてしまいましたね。何が原因で鳴いているのか、すぐに確認します。ただ理由もなく泣いているだけなら良いのですが、原因があるのでしたらそれを取り除くまで泣き止みません。


「うーん。お腹が減っているようではありませんし、他には……ああ」


 お腹の方は先ほど上げたばかりなのでないでしょう、と下の方を確認したところ原因はおむつのようです。


「これは取り替えなければなりませんね」

「あ、丁度いいから俺にやらせてもらっていいか?」


 オムツを取り換えるために椅子から立ち上がろうとしたところで、アレスに止められそう提案されました。


「アレスがするような事ではないと思いますが」

「こういう機会でないと一生できないだろう? 俺もその子の親なのだからやらせてほしい」


 まあ、取り換えられるなら誰でも良いのは間違いないので、アレスがやっても問題が無いといえばそうです。ただ、今までやったことが無いアレスにしっかりできるのかが少し不安に思います。


「……わかりました。ただ、アレスは初めてですので普段手伝って貰っている乳母の方に手伝って貰いながらしてください」

「ああ、わかった」


 アレスがそう言うと私から子供を受け取り、側に控えていた乳母のところへ移動していきました。そしてその乳母は私たちの話を聞いていた様子でアレスに指示を出しながらオムツを交換しています。


 あの子が居なくなったことで重みを感じなくなったことに少し寂しさを感じながら、少しの間だけゆっくりと目を閉じ、息を吐きながら体の力を抜きます。


 それにより緊張していた体がほんの少しとは言え解れ、気持ちが楽になっていきます。


 後ろから慣れていないことであたふたしている様子のアレスの声が聞こえてきました。それを聞いて少しだけ笑声が出ます。さすがにアレスたちには聞こえていないとは思いますが、心が満たされるような気分になりました。


「レミリア。終わったよ」


 何か疲れた様子のアレスが子を抱えながらこちらに戻ってきました。

 アレスの腕の中に居る子はまだ少しぐずっている様子でしたが、先ほどよりは機嫌が良いようですね。


「ありがとうございます」


 そう言って私が子を受け取ろうとするとアレスはそれを制止してきました。


「もう少しこうしていてもいいかな?」

「私は問題ありませんが、騎士団の方は大丈夫ですか?」

「まあ、どうにかなるだろう」


 騎士団の副隊長がそんな適当なことを言うのは良いのでしょうか? そう思いましたが、本人がそうしたいのであれば良いのでしょうね。


 アレスの顔を見れば、ぐずる我が子の顔を覗き込んで嬉しそうにしています。



 私がここへ、アレスの元へ逃げて来たのは本当に正解だったのでしょう。この光景を見ているとそう思います。


 もしここ以外の場所へ逃げていたらどうなっていたか。想像できる範囲でしたら、全くいい結果になるとは思えません。

 ここへ来たのことは私にとって本当に良かったのです。


 こういった穏やかな日がずっと続いて行ったら本当に嬉しい。

 そう思わずにはいられませんね。

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