第43話 王子、瞬殺

 †


 翌日、アトラスは決闘場にやってきた。

 ここに来るのは≪ブラック・バインド≫のギルマス・クラッブと決闘して以来だった。

「まさかまたここに来るとは……」

 アトラスはため息交じりにそうつぶやく。

 ギルド隊員の性(さが)として、アトラスは約束の30分前に王宮に到着していた。

 すると入り口のところで、前回の決闘をセッティングした人間が姿を現した。

「アトラスさん!」

「お、王女様!?」

 アトラスは、突然王女が現れたことに驚く。

「お久しぶりです!」

 ルイーズは明るい声で駆け寄ってきて、アトラスの手を取った。突然手を握られて困惑するアトラス。

「お、王女様……ど、どうしてここに」

「うちのダメ王子がアトラスさんに決闘を申し込んだと聞いて。これは応援に行かないと思って!」

 王女は脇に抱えていたカバンから、何やら旗を取り出す。そこには「あとらす・ふぁいと」の文字が刺繍されていた。

「えっと、王女様は私の応援を?」

 アトラスは思わずそう聞き返す。ルイーズ王女とジョージ王子は兄妹である。だから当然王女は、ジョージ王子を応援するとばかり思ったのだ。だが、それはアトラスの勘違いだった。

「まさか。あのダメ王子を私が応援するわけがありません」

 王女が冷たい声でそう言い放ったので、アトラスは驚いた。

(まぁ、二人は異母兄妹だ。普通の兄妹とは事情が違うのかもしれないな)

 アトラスはひとまず自分を納得させる。

「王子相手だからって手加減はいりませんからね!」

 兄のことを応援するどころか、兄の敵であるアトラスに容赦は不要だと念を入れるルイーズ。

「わ、わかりました……」

 アトラスはおずおずそう返事をするのだった。


 †


 アトラスは王女からの激励を受けた後、決闘場に入った。

 そこには宮廷騎士の面々もいた。アトラスが彼らを見渡すと決闘の件を伝えてきた副団長と目が合う。すると副団長はぺこりと頭を下げてきた。アトラスは、遠目にわかるほど申し訳なさそうな表情を浮かべている副団長を見て、お互い大変だなという気持ちになる。

「諸君、おはよう!」

 少し待っていると、王子が颯爽と会場に現れる。すると宮廷騎士たちが表情を引き締めた。

「アトラス君。今日は君の本当の力を計らせてもらうよ」

 なぜか上から目線で言う王子に、騎士たちは内心苦笑いする。先日アトラスに助けてもらったことは完全になかったことになっているようだ。

「王子様。時間より早いですが、始めますか?」

 副団長はダメもとで伺いをたてる。くだらないことでアトラスを呼び出していることが申し訳なさすぎて、せめて早く終わらせようと思ったのである。

 だが、ジョージ王子は首を横に振る。

「まぁ慌てるな。約束の時間に始めよう」

 ジョージはちらっと観客席の方を見た。それを見て、副団長は全てを察する。

「それは失礼しました」

 ――例によって、この決闘のことは王子の自作自演により、ファンたちに漏らされていた。

 “ファン”が“自然と”集まってこないと、王子は満足しないのである。

 すると。会場に女子の一団が入ってくる。ジョージはそれを見るや否や、わざとらしく素振りをはじめ、様子を伺った。

 だが次の瞬間、思わぬことが起こる。

「――アトラス様!!!!」


「「へ?」」


 ジョージもアトラスも、思わず女子たちの方を振り返る。

 見ると女子たちは、「アトラス様!」とか「ファイト!」とか書かれた横断幕を持って、それをこちらに掲げていた。そして、よく見ると、彼女たちは先日ジョージの“自作自演”のせいでボスに襲われかけた冒険者学校の女学生たちだった。

 それを見て王子は副団長の首根っこを捕まえて、建物の中に入っていく。

「おい、どういうことだ! なぜあいつのファンがいる!」

 王子が詰め寄ると、副団長はオロオロしながら答える。

「申し訳ありません。おそらく守衛たちがいつも通り王子様のファンだと勘違いしたのだと思います」

「バカ言え! そもそもなぜあんな冴えない男にファンがいるのだ!?」

 心底バカバカしく理不尽な理由で詰められる副団長。

「い、一時の気の迷いかと……。お、王子様がお強いことを証明すれば、きっと目を覚ますでしょう」

 そう言うと、王子は副団長を離す。

「確かにその通りだ。あんな冴えない男に夢中になっているようでは人生の時間を無駄にしている。目を覚ましてやらなければ」

 王子はそう言って、決闘場の方へ戻っていく。そしてアトラスに対峙して言った。

「それでは始めようか」

 王子が宣言すると、アトラスは気持ちを切り替えて「はい」と返事をした。

 アトラスが剣を抜くと、

「アトラス様ぁ!!」

「頑張ってください!!」

 そんな黄色い声援が跳んだ。

 それを聞いて王子は舌打ちする。だが「勝てばよいのだ」と思い直し、逆に挑発的な口調でアトラスに告げた。

「これはお前の力を測るための決闘だ。だから念のためではあるが、手加減は不要だぞ? 思いきりぶつかってきてくれ」

 と王子は胸を張ってそう言う。それに対して、アトラスは、

「へ?」

 思わず間抜けな返答をする。

(……本気で戦っていいのか?)

 アトラスは半信半疑のまま、剣を取る。

 王子様が「本気を出せ」というのだからその通りしなければいけないと思う一方で、本当に王子様を倒してしまってよいのかと、心の中で葛藤するアトラス。だが結論が出る前に、その時が来てしまう。

「それでは――――試合、開始!」

 副団長がそう宣言した。

 するとその直後、

「うぉぉぉぉッ!!!!!!!」

 ジョージ王子は、雄叫びをあげながら渾身の力で突進してくる。

 それに対して、アトラスは「本当に本気出していいのか?」という迷いから、一瞬判断が遅れた。

 その結果、王子の攻撃に対応が間に合わず、もろに攻撃を食らってしまう。

 そしてこれまたいつもの癖で反射的に“倍返し”を発動してしまう。

(あ、やっちまった……!)

 次の瞬間、王子はそのまま自分の攻撃の倍の攻撃を受けて後ろに吹き飛ばされた。

「――ぐぁぁッ!!!」

 そんな情けない声とともに放物線を描いて飛んでいく王子。次の瞬間、地面に叩きつけられ、駄目押しのダメージを受ける。

「……勝者……アトラス」

 副団長が申し訳なさそうにそう宣言した。

「アトラス様!!」

「きゃぁぁ」

 女学生たちは、吹き飛んでいった王子になど目もくれず、アトラスに黄色い声援を送るのだった。

 カッコいいところを見せようと、アトラスに決闘を申し込んだジョージ王子だったが、文字通り秒殺されてしまい言葉を失っていた。

「……な、なぜ……だ」

 王子はもう周りを気にすることさえできず茫然自失になる。その様子に、言われた通り戦って勝っただけのアトラスも申し訳ない気持ちになった。

「流石アトラスさんです!」

 と王女ルイーズがアトラスに拍手を送りながら歩み寄ってくる。兄である王子を心配にする様子はまったくない。

「あの、……やっぱりまずいことしちゃいましたかね?」

 アトラスが小声でそう言うと、ルイーズは首をブンブン横に振る。

「ぜんぜん、そんなことないです! 実力を発揮しただけで責められるはずがありません」

 王室の人間である王女にそう言われて一安心するアトラス。

 しかし、話はその後妙な方向に行く。

「それよりもアトラスさん。今日の夜はお時間ありますか?」

 突然予定を聞かれて驚くアトラスだったが、ルイーズの勢いに負けてつい「は、はい……」と答えてしまう。

「ならよかった!!!」

「えっと、何かご用が?」

 聞くと王女は元気に答える。

「ぜひ王宮で夕飯を食べましょう! 会わせたい人がいるのです!」

「会わせたい……人?」

 アトラスが聞くと、ルイーズは満面の笑みで微笑むのだった。


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