第40話 王子の悪だくみ


 ――翌日。世の中は土曜日なのだが、宮廷騎士たちはダンジョンに集められていた。

 休日出勤を断るような人間は一人もいなかった。なにせ、昨日まで副団長だったのにいきなり孤島への追放されてしまった哀れな人間もいるのだ。いつ自分がそうなるとも限らない状況では、「喜んでお供させていただきます」と言う以外の選択肢はない。

「お前たち、気を緩めるなよ。今日と明日で一気に攻略を進めるぞ!」

「「「はい、王子様!!」」」

 王子の無茶振りに、しかし騎士たちは嫌な顔一つ見せずに剣を取る。

 ダンジョンを進んでいく宮廷騎士一行。アトラスたちがいる前では張り切って先頭に立っていた王子も、観客がいない今日は後方で騎士たちの尻を叩くだけだった。

 騎士たちは死に物狂いでダンジョンを攻略していく。

 ――結局、騎士たちは朝から十二時間以上ぶっ通しで働いていた。その結果、フロアボスの部屋の手前まで攻略し終えることができたのである。

 王子も流石に、その日の攻略はここまでと宣言して、踵を返した。騎士たちはようやく解放されると安堵の表情を浮かべながら歩いていく。だが、

「ん、待て。あれはなんだ?」

 中ボスの部屋の少し前の通路の脇に、小さな穴が空いているのを見つけたのだ。よく見ると、そこだけ周囲と壁の色が違う。

「おい、ちょっとここを掘ってみろ」

 王子が命令すると、部下たちは疲れた体に鞭を打って、壁に魔法攻撃を放った。すると、壁は簡単に崩れその先に通路が現れる。

「これは……」

 王子を先頭に隠れ通路を進んでいくと、何やら見覚えがある場所に出た。

 ――そこは別の攻略済ダンジョンだった。

そこはある女子冒険者学校の訓練場として使われており、王子は一度女学生たちへの「実践指導」の時にそこを訪れたことがあったので見覚えがあったのだ。

「ダンジョンが別のダンジョンと繋がっているとは……」

「最近≪奈落の底≫の大穴が、別のSSランクダンジョンに繋がっていたということがありました。珍しいですが時々ある現象でございます」 

 部下の一人がそう説明する。

「そうか。しかし、何かお宝でもあるんじゃないと思ったが、期待外れだったな」

 王子はつまらなそうにぼやく。

「学校側には警告しなければなりませんね。万が一SSランクダンジョンからモンスターがこちらにやってきたら、生徒たちに危険が及びます」

 部下の宮廷騎士がそう言うと、次の瞬間、王子は「そうだ!」と手を打った。

「SSランクダンジョンのモンスターをこちらにおびき寄せ、女学生たちを襲わせよう!」

 王子は無邪気にそう言った。

「練習場にモンスターが飛び込み大混乱に陥る女学生たち。それを僕が颯爽と助けるのだ」

 宮廷騎士たちは、王子の「賞賛されたい」欲の強さに呆れ果てる。しかし絶対的な人事権を持つ王子に反対できる者などいるはずもない。

「安心しろ。学生たちに危害が及ぶことは絶対にない。僕が瞬殺するからな。王子である僕がSSランクモンスターを倒す姿を見れば、学生たちのモチベーションも上がってより修行に励むに違いない。素晴らしいことだ!」

 ははは、と高笑いする王子。それに対して宮廷騎士たちは黙って頷くしかなかった。



 月曜日。ジョージ王子は、何食わぬ顔でダンジョンへ向かった。

「今日もよろしく頼むよ、アトラス君」

「はい、王子様」

 ジョージ王子はアトラスたちを引き連れてダンジョンを進む。先週攻略し終えたところまで行き着くと、そこで宮廷騎士団とアトラスのパーティはそれぞれの通路へと入っていく。

アトラスたちの姿が見えなくなったところで、王子は「ふひひ」と笑い声を漏らした。

「ちゃんと時間割は調べたかい?」

 王子の問いかけに、部下の騎士が答える。

「はい、王子様。今から30分後に女学生たちがダンジョンにやってきます」

 王子が考えた計画はこうだ。このSSランクダンジョンの中ボスを、女学生たちが練習している場所まで誘導し、事故を演出。ピンチに陥った女学生を自分が颯爽と助ける。

(女学生たちは、僕のことを神のように崇め奉るだろうな)

 この完璧な計画に、ジョージ王子は早くも酔いしれた。

「よし。では計画通りいこう」

「はい、王子様」

 王子たちはすでに攻略した道をゆっくり進んでいく。中ボスが待ち構えている部屋まで悠々到着した。

「女学生たちがちゃんと来てるか調べてくれるかい?」

 王子は部下にそう命じて、先週見つけた隠し通路へと向かわせる。しばらくして部下が戻ってきた。

「王子様。予定通り女学生たちが集まっております」

「よし。では、ボスをおびき寄せてくれたまえ」

 ジョージ王子は部下にそう命じ、自分は隠し通路の脇道に姿を隠す。

 部下たちが中ボスを女学生たちのいる場所まで誘導し、そのあとジョージ王子が颯爽と現れるという算段だ。

 部下の騎士たちがボスの間に入り、しばらくすると隠し通路に重たい足音が響いた。

 ダンジョンの中ボスは、ドラゴンゾンビだった。

ドラゴンゾンビは騎士たちに誘導され、脇に隠れた王子の横を通って、女学生のいる方へと向かっていく。

(ふひひ。モンスターに怯えた女の子たちを救うためにイケメンの王子が現れる。我ながら劇的な登場だ)

 王子はしばらく笑いをこらえるのに必死だった。

だが少ししてようやく落ち着き、いつもの「イケメン王子」の表情に戻った。そして「怯えた女の子たち」を救うために、ドラゴンゾンビの後を追いかけるのだった。


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