第39話 アトラス、うっかり王子を圧倒してしまう。


 通路を進んで行く宮廷騎士の面々。

「あいつら、王子様の人気ぶりと強さに終始ポカんとしていましたね!」

 腰巾着の騎士が王子に向かってそう言った。

「ははは。僕と仕事をした人間はみんな引け目を感じてしまうんだ。申し訳ないよ」

「しかしパラレルダンジョンと言うのは最高ですな。同じ敵と戦えば、自ら強者がハッキリしますから」

 腰巾着がそう言うと、王子は「僕はどっちが強いかなんて気にしてないさ」と白い歯を見せた。

「競うためにモンスターと戦うんじゃないよ。あくまで国民のために戦うのさ」

「さすが王子様でございます。お人柄も優れていらっしゃる」

 王子たちは何やら気分良くダンジョンを進んで行く。SSランクというだけあり、遭遇する敵も強敵ばかりだったが、そこはさすがに宮廷騎士団。比較的順調に攻略していく。

「もう出口が見えてきたね」

 王子の行く先に扉が見えてきた。

「さすが王子様。驚異的なスピードで攻略してしまいました。これは、しばらくノロマどもを待ってやる必要がありますな」

 騎士たちが高笑いする。

 その心地よい声を聴きながら王子は扉を開ける――

 だが。

 ――――王子は想定していなかった光景を目の当たりにする。

通路の先には、既にアトラスたちの姿があったのだ。

「お疲れ様です」

 アトラスは遅れてやってきた王子たちにそう声をかけた。

「な、なんだ、近道でもあったのか?」

 王子は、自分たちより早くアトラスたちが通路を攻略してしまったという事実を飲み込めず、反射的にそう聞いた。しかし、もちろんそんなわけがなかった。

「いえ、特にショートカットはありませんでした。この先のパラレル通路も2本攻略しましたが、長さは同じでしたから、おそらく全ての通路が同じ長さになっているかと」

「に、2本攻略した!?」

 王子は思わず腰を抜かしそうになる。つまりアトラスたちは、王子が一本の通路を攻略している間に、合計3本の通路を攻略してしまったのだ。

 アトラスは驚いて言葉を失っている王子に指示を仰ぐ。

「この後どうされますか?」

 アトラスたちは既に回復まで済ませており、いつでも戦える状態だった。しかし王子のパーティは休憩もなく進んできたので体力が少なくなり、バフも切れている状態だ。

 なのでアトラスの言葉には、「休憩していきますか?」という含意があった。もちろん失礼になると思って直接そうは聞かなかったが。

 だが王子もさすがにそのことに気が付いて顔を引きつらせる。

「ご、ご苦労だった。君たちが全力で攻略に当たってくれていることに感謝するよ!」

 王子が自分のプライドを保つために思いついた言葉がそれだった。アトラスたちは全力で、自分たちは手を抜いていたとそう含意させたのだ。

そしてそうなると当然「休憩が必要」などとは口が裂けても言えなくなる。

「我々はまだ余裕だ! このまま進んでいこう!」

 王子は引きつった顔に、無理やり笑みを貼り付けてそう宣言するのだった。



 夕方、宮廷騎士団とアトラスパーティ合同攻略の初日が終了する。

 午後はほとんどパーティごとに別れて攻略に当たったが、その結果アトラスたちは宮廷騎士の数倍の成果をあげてしまった。ダンジョンがパラレル構造になっていたので、戦果が一目瞭然になってしまったのである。

 ダンジョンの外に出ると、王子は羞恥心をごまかすために胸を張ってアトラスたちに告げる。

「今日はご苦労だった。君たちが我々の足を引っ張る存在でないことはよくわかった。ひとまず合格だ!」

 あくまで、自分たちはアトラスたちの力を試していたという体裁にすることでプライドを保っているのである。

「土日はゆっくり休んでくれ! また月曜から頑張ろう!」

 王子がそう言って解散を宣言する。既に定時を過ぎていたのもありアトラスたちはそそくさとその場を立ち去って行く。

 ――――残された宮廷騎士団。 

 騎士たちは冷や汗をかきながら王子の言葉を待つ。

 そしてアトラスたちの姿が完全に見えなくなったところで、王子は態度を急変させた。

「お前たちがノロマ過ぎて恥をかいたぞ!!!」

 王子は地団駄を踏み、顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。朝は白い歯を見せて笑みを浮かべていたのが嘘のようだった。

「「「も、申し訳ありません!!!!!」」」

 騎士たちは一斉に腰を90度に曲げて謝罪する。だが、そんな謝罪では王子の気分は晴れない。

「おい、副団長!」

 ――突然呼ばれた副団長は冷や汗をかく。そして案の定、衝撃的な命令が下される。

「お前は来週からエリバ島勤務だ」

「そ、そんな!?」

 突然孤島での勤務を命じられた哀れな副団長。誰がどう見ても八つ当たりだった。

「お前が間抜けだから、団員たちの気が抜けていたのだ! ≪ホワイト・ナイツ≫に後れを取ったのも、すべてはお前の不始末だ。 クビでないだけありがたいと思え」

「お、王子様! どうかお許しください!」

 副団長は王子の前で跪き土下座する。しかし王子はその頭を蹴り飛ばす。

「謝って済む問題ではないわ!」

 周囲はうつむき黙り込む。これまでも王子が何か恥をかくたびに団員が左遷をされてきた。そしてその誰一人として許されたことはないのである。それゆえ団員たちにできることは、自分が王子の八つ当たりの対象にならないことを祈るだけであった。

「我が宮廷騎士団に無能はいらん。肝に銘じろ!!」

 隊員たちを見渡してそう宣言する王子。

「「「はい、王子様……」」」

「とりあえず宮廷騎士団は明日も単独で攻略をする。アトラスパーティに後れを取ることは許されない!」

 しかもこの哀れな部下たちは、王子のプライドを満たすために休日出勤を命令されたのだった。

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